第15話
ライエではリデト以上に余所者に警戒心があるのか、モニカはなかなか仕事を見つけることができなかった。辺境騎士団の給料は良く、モニカが仕事をしなければ生活が成り立たないわけではなかったが、家事を済ませると何もすることがないのは手持ち無沙汰だった。
ライエでは仕事を斡旋する商会があると聞き、余所者はそこを通さないとなかなか仕事に就けないと言われた。商会に登録すると仕事を斡旋してもらえたが、手数料を取られたうえ、短いものはその日だけ、長いものでも一週間もないような臨時の仕事ばかりで、長期の仕事は昔から街に住む人に優先的に回っているようだった。
時々見かけた同年代の女性から声をかけられた。
「なかなかいい仕事が見つからないわねぇ」
メアリと名乗ったその女性も、街で定職を得ることを希望しながら短期の仕事しか回って来ないと嘆いていた。
「まだライエに来て一か月なんだけど、なんだか仕事を見つけるの、絶望的。あーあ、夫の稼ぎじゃ心もとないってのに…」
「求人の貼り紙を見て応募しても、なかなか採用されないものね」
同じ悩みを持つ者同士、つい気軽に愚痴をこぼした。
「ここに来て長いの?」
「ライエには四か月ほど。商会に来たのは二か月前からよ」
「それでも短期の仕事なのね。…やっぱり既定の手数料だけじゃダメなのかも」
それは、求人担当への賄賂をほのめかしていた。実際そうした金らしきものをやり取りしているところを何度か見かけたことはあった。
「私は結婚して引っ越してきたのよ。あなたは?」
「夫の仕事で」
「結婚して長いの?」
「四年目、かしら」
「お子さんはいないの?」
気にしていることを言われて少し胸が痛んだが、こくりと頷くと、
「それじゃあ、賄賂でも渡して早く仕事見つけなきゃ。いつ離縁されたっておかしくないでしょ?」
その言葉はモニカの心に強く突き刺さった。
「よく四年も我慢してくれてるわね。早い家じゃ子供ができなくて一年で見限られることだってあるんだから。お互い、傷が浅いうちよ」
それから二週間もしないうちに、メアリは定職についていた。
定職を得るための裏の手を使ったのだろう。噂通りに効果があったようだが、そのこと以上に、メアリの残した言葉がモニカの心に新しい傷をつけていた。
望んで子供を作らない訳ではなかった。ニコロは何も言わず、他に家族もいないために誰からも急かされることも追い立てられることもなかった。そこに「世間の常識」を突きつけられて、それが突然すぎて、気にしながらも後回しにしていた自分を責められたように思えた。
この地の役に立たなかっただけではない。ニコロの妻としての責務さえも果たせていない。自分の無力さが嫌になった。
半分諦めながらも自分でも仕事を探し、時々仕事を受け、何もすることがない時には足を延ばして少し遠い森に出かけ、薬草や木の実を探し、自分で使う分だけを摘み取った。
街の北にある森に自生している、地元ではギマと呼ばれている木の実を見つけた。昔はよくギマを使って日持ちするお菓子を作っていた。モニカ自身は食べたところでおいしい以外何もわからなかったが、魔力が若干回復するらしく、兄が魔力を使った後好んでつまみ食いし、時々作ってほしいとリクエストしてきた。
あの日も出立の前に何とか兄に会うことができ、ギマのお菓子を手渡した。少しでも魔力を補うことができるように。
「ありがとう。じゃ、行ってくるよ」
そういって、笑顔で受け取った。それが兄を見た最後の姿だった。
「また来てるな、あの人」
鍛錬の休憩中に、団員の誰かが林の中を通るモニカを見て言った。
「先月も見かけたな。あの裏には領主様一家の墓くらいしかないのに」
「誰かと密会でもしてるんじゃないのか? 意外と領主様とか、さ」
下世話な隊員たちの妄想に、近くにいた小隊長が鋭い目で睨んだ。
「領主様は奥様と王都に行かれている。…あまり下世話なことを言うもんじゃない」
小隊長に叱られた隊員は首をすくめた。
一緒にいたニコロは、水を飲みながら見覚えのある背中が遠ざかるを見ていた。
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