第13話
「じゃあ、行ってくる」
「お肉ばっかり食べちゃだめよ。ちゃんと野菜も食べてね」
「わかってるよ」
「行ってらっしゃい」
今日もモニカに見送られ、ニコロは仕事に出かけた。今回の仕事は四日間、領内の北の町エイデルまでの護衛だ。
あの後、ニコロは表向きは魔力が枯れ、魔法は使えなくなったことになっているが、実はすっかり元に戻っている。このことは辺境伯だけには知らせたが、他の者には秘密にしていた。
ニコロの魔力が弱まる理由。それが「満腹」だからではないことにモニカは早くから気付いていた。
モニカは自分自身には魔力はないが、人の持つ魔力に敏感だった。
ニコロの魔力はちょっと特殊で、植物、それも根の部分の影響を受ける。
最初にタンポポコーヒーを含ませた時の劇的な魔力の回復。その時はタンポポが効いたのかと思っていたが、色々食べさせているうちに大根、人参、ラディッシュ、ビーツ、サツマイモ、白ごぼうなど、根の野菜を口にすれば体をめぐる魔力は満ちていき、質も高くなることがわかった。日に当てて緑になる部分は効きめは緩やかになり、大根なら下の方、ジャガイモよりはサツマイモの方が効果が高い。比較しながら試しているうちに、ニコロの魔力の根源は根だということを確信した。
それを利用したのが、王都での食事だ。
食事の時、根の素材は体力の回復を促せる程度に抑えると、思った通りニコロの魔力を低く保つことができ、魔力は戻らなかったと魔法騎士団の目を欺くことができた。
腹が満ちると魔力が落ちる。それは満腹になるほど食べる時は大抵飲み会で、大盛りの肉を出されると好物なのをいいことに肉しか食べないからだ。偏った食事が魔力の発動に影響していたのだ。
食べる物を与えられなかった時は、ひもじさから草の根まで食べていたために、あんなにやせ細りながらも魔力を発動していたが、不足する力を命を削って絞り出していたのだろう。そんな状態で魔法の発動を繰り返せば体力は持たず、あっという間にやせ衰えてしまう。その結果、一か月であれほどまで衰弱し、危うく命を落とすところだった。
食事はバランスが大切。
肉も、根も、根じゃないものも、しっかりと食べること。
モニカがニコロに約束させていたのは、そんな当たり前のことだった。
いつからか、リデトには時々闇色のローブをまとった魔法使いが現れるようになり、町を荒らす者達を竜巻や風の魔法で追い払った。町に住む者はその魔法使いが誰であろうと感謝を忘れず、その正体を無理に暴くことはなかった。
その日も事件が起きた。旅の荒くれ集団が店に因縁をつけ、飲み食いした金を踏み倒した挙句、大暴れして店を壊しだした。警備隊が駆け付けると一斉に逃げ出したが、突然足元を吹き抜けた風に足を取られ、男達だけがバタバタと倒れていった。
警備隊に捕まった男たちは、詫びて支払いをするか、一週間外壁修理の労働奉仕をするか二択を迫られ、渋々ながら詫びを入れ、飲食代と店に与えた損害の金を支払った。
「ふうっ」
そんな事件があった場所から少し離れた所で、闇色のローブのフードを取ったニコロが水を飲んでいると、通りの角から顔をのぞかせる子供達と目が合った。
「あ、黒い魔法使い、やっぱりニコロじゃん!」
「ほんとだぁ。父ちゃんが言ってた通りだった」
「あはははは、ばれたかぁ」
知り合いの子供だったこともあり、笑うだけで口止めしなかったニコロに、子供達は闇色の魔法使いの正体を得意げにしゃべりまくった。秘密は「解禁」になったとみなされ、その話はあっという間に町中に広まった。
「あなたって人は…」
仕方がないと笑うニコロに、モニカは呆れて溜息をついた。
せっかく秘密にしていたのに、その秘密は一年も持たなかった。
リデトの魔法使いニコロ。その名が広がるにつれ、モニカの不安は深まっていった。
いつ王都の魔法騎士団がまたこの地を訪れるかわからない。交わした契約が必ずしも守られるわけではない。約束など、たった一枚の紙で覆ってしまう。ニコロがまたいなくなってしまったら。手の届かないところに行ってしまったら…
ニコロはこのまま自由な職に就いているより、しっかりとした後ろ盾がある定職に就いた方がモニカも安心できるだろうと思い、ずっと誘われていた辺境騎士団に入ることを決意した。
「王都には行かない。約束する。俺は、おまえのいるここを守りたいんだ。おまえと一緒に暮らす、この地を」
ニコロの言葉に強い決意を感じたモニカは、不安は消せないながらもニコロが決めた道を進むことを止めなかった。
「でもお願い。…生きていて。例え逃げてもいい。いつだって、生きて、私の所に戻って来て」
ニコロは大きく頷き、わずかに声を震わせるモニカを抱き締めた。
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