第7話

 戦いはその後三日で勝負がつき、蛮族は退却した。壁の内側は被害が少なく、リデトには再び平穏が訪れた。

 リデトに派遣されていた援軍の兵達はそれぞれの故郷に帰って行ったが、ニコロは戻って来なかった。

「やっぱり華やかな王都が良かったのか」

 町の者は突然警備隊を抜け、魔法騎士団と共にこの町を離れたニコロに、妻よりも都会の暮らしを取った男だと冷たい反応を示した。


 あれから一度も家に戻らなかったニコロ。自らの意思で出て行ったとしか読めない手紙。

 周りの者が悪口を添えて同情を寄せてもモニカはあいまいに返事をするだけで、いつも夫が留守にしている時と変わらない生活を送っていた。

 しかし、それは上辺だけだった。

 ただ待っているだけでは、もう戻って来ないかもしれない。ニコロ自身の意思がどうだろうと。

 モニカは自分の限られたつてに手紙を書き、協力を願い出た。

 一通は王都の友人へ。

 一通は亡き父の友人へ。

 一通は領主ロッセリーニ辺境伯へ。



 ニコロがいなくなって一月後、モニカに呼び出しがかかった。夫ニコロのことで、至急王都にある魔法騎士団に来るようにとのことだった。

 いつ呼び出されてもいいよう準備は整っており、手早く身支度を済ませると迎えに来た馬車に乗り込み、王都へと向かった。

 五日も馬車で揺られる旅は決して快適ではなかったが、早く王都につき、ニコロの様子を知りたかったモニカは弱音を吐くことなく、馬車のスピードを緩めようかと問いかけられてもうなずくことはなかった。


 馬車の中で、同行する騎士からニコロは体調を崩し寝たきりになっていると聞いた。王都の魔法騎士団はニコロから魔力を絞り出すためにまたしても空腹を強要したのだろう。過度に食事を抜かれ、衰弱している可能性が高い。果たして間に合うだろうか。

 王城に着く直前、モニカは家からここまで同行してくれた騎士が信頼できる者だと判断し、一通の手紙を渡した。

「これを魔法騎士団長様にお渡しいただけますか」

 手紙を見た騎士は、その差出人の名に目を見開きモニカと目を合わせたが、余計なことは口にせずこくりと頷いた。



 馬車を降りると、騎士団に勤める友人のジャンニがモニカを出迎えた。

「久しぶりだな、モニカ。元気にしてたか?」

「私は変わりないわ。夫の具合はどう?」

「おまえが結婚したと聞いて驚いてるんだ。あのニコロって男、本当におまえの夫なのか?」

「でなければ、様子を見てほしいなんて頼まないわ」

 少し冷やかし気味に聞いてもモニカはにこりともしなかった。ジャンニは救護室へと案内しながら状況を伝えた。

「おまえから手紙をもらった時、夫君は遠征に出かけてたんだ。戻って来たところを見に行って驚いたよ。ひどく痩せこけて、まともに歩けずふらついていた。すぐに救護室に運びはしたけれど、正直に言ってあまりいい状態じゃない。飲み食いもできず、どんどん弱っていく一方だ」

 やはりニコロは不当な扱いを受けていた。モニカは満ちてくる怒りをゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせながら、先導するジャンニについて行った。


 ベッドに横たわるニコロはひどく衰弱していた。五年前は一年かけてやつれていったのに、今回はほんの一月で体を起こすことさえできない。短期間でこれほどまでのやつれようは普通ではありえない。絶食だけでなく、無理な魔法の発動そのものがニコロの体力を奪っているのだ。


 救護室の職員が申し訳なさそうに説明した。

「遠征から戻って来てから食べ物をほとんど口にしていません。水分を取るのがやっとで、時々うわごとであなたの名を呼ぶので、最後に一目だけでも」

「縁起でもないことを言わないで」

 モニカの怒りの声は大きく響き、周囲にいた騎士達を驚かせた。今日は特に事件もなく、暇にしていた騎士達は何事かと集まって来た。

「夫の部隊の責任者はいらっしゃる? お話を伺いたいわ」

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