第6話
前線に近いところで町の警備隊の臨時要員として参加していたニコロは、その日の戦いが終わった後、魔法騎士団の陣営に呼び出された。気が進まなかったが、王城の魔法騎士団から町の警備隊の隊長に直々に命令が下り、隊長に恐縮しながら頼まれると、行かざるを得なかった。
「ずいぶん元気になっているじゃないか。五年前にくたばったかと思っていたが…」
魔法騎士団の隊長リヴィオは、現れたニコロが健康も魔力も取り戻していることに驚きながらにこやかな笑顔を見せた。かつてそんな顔を見せたことなど、滅多になかった。
「死にかけていたところを、この町の人に救われたんですよ」
ニコロがリデトの警備隊の上着を着ているのを見て、小さな町の警備隊員とはずいぶん格下だとリヴィオは失笑した。
「あれだけ魔力が回復していたら、王都でも充分通用するだろう。また雇ってやってもいいぞ」
王城の魔法騎士団への誘いだ。当然くらいついてくるだろうと思っていたが、
「お断りします」
ニコロの即答にリヴィオは眉間にしわを寄せ、不快を現した。
今の魔法騎士団では、今日のようにコントロールもおぼつかない若造が家の爵位を笠に着て、大きな顔をしている。前線に出向くのはわずかな時間、たった一撃でいかにも大仕事をしたかのように振舞う。あんな扱いにくい若輩者の貴族よりも、前線に送っても不平も言わず、それでいて魔力が高いニコロのような魔法使いこそ自分の隊の戦力になり、使い勝手が良い。しかし、かつて急激に魔力を落としたことを考えると、その魔力をどこまで信用できるかわからない。
正式に雇うべきか迷う程度の相手、そんな輩から先んじて断られたことがリヴィオには面白くなかった。
「この私の誘いを断ると?」
「また死にかけて、捨てられてはたまりませんからね」
「あの時は雇用期間が終わっていたじゃないか。おまえは自由だったろう、そこに残ろうと、王都に戻ろうと」
かつて魔力の尽きかけたところを、脅し、追いつめて魔力を吐き出させ、王都に連れて帰りもしなかった魔法使い。しかしあの時はいいタイミングで雇用期間が終わっていた。自分に咎はない。
その物言いにニコロは歯ぎしりしたが、ぐっと抑えて笑みを見せた。
「ええ、ここに残れてよかったと思っています。今更王都に戻りたいとは思いません」
この男はどう見ても団に忠誠を誓いそうにない。だが、今はその力が必要だ。
リヴィオがもう一つ懸念していたのは、こんな片田舎の警備隊に所属する魔法使いが、王都の魔法騎士団以上の活躍を見せることだった。
今日の竜巻の魔法は見事だった。かつて以上に魔力が充実している。ニコロの力がこの戦を優位に導いてくれるのはいい。しかし、その成果は魔法騎士団のものでなければならない。
「ではこの地での一時雇用としてもいいだろう。魔法騎士団の一員として力を借りたい」
「既に地元の警備隊員としてこの戦いに参加していることはご存じでしょう。このまま助力は惜しまないつもりです」
「わからない男だな。この戦いにおいて、活躍するのは王都の魔法騎士団であるべきだと、そう言っているんだよ。…そういえば、おまえはここで結婚したと聞いている。これからも平和に暮らしたいだろう? 奥方も無事に」
モニカのことをちらつかされ、ニコロは息を飲んだ。
ここで頷けば今後も同じ脅しに屈しなければいけなくなるのはわかっていた。
今モニカは軍の支援活動に参加している。多くの見知らぬ兵が出入りする中では敵意を持つ者が近づいても気づくことなく、攫われたところで誰も気が付かないかもしれない。
モニカには手を出されたくない。その思いがニコロを揺さぶった。
「一時、…雇用、なら」
簡単に脅しに屈する小心者の平民。ニコロの回答にリヴィオはニヤリと笑みを浮かべた。
「では、一月だ。一月の間は我々の指示に従ってもらおう」
五年前の戦いとは違い、隣国の援助がない蛮族は士気が低い。この戦いはあと五日もかからないだろう。一月あれば次の遠征地にも連れて行き、魔力が落ちないなら継続交渉を、力を保てないならそこで雇用を打ち切ればいい。
雇用契約を結ばされたニコロは、家に帰ることが許されなかった。代わりに手紙をモニカに届けてもらうことになり、ニコロはモニカが読みやすいよう、わかりやすく文字を一文字づつ離し、優しい言葉で手紙を書いた。
ひとつきだけ おうとの まほうきしだんに はいる。
しんぱいせず まっていてほしい。
きっと おまえのところに かえる。
しかし、モニカの元に届いた時、その手紙は別の誰かが書いたものにすり替えられていた。
この町に退屈している。
王都の魔法騎士団に誘われた。戦いが終われば王都に向かう。
追いかけられては迷惑だ。
片手間で書いたような、乱雑な文字。
モニカはその手紙に目を通した後、強く握りつぶした。
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