第17話 ボクの貧相な身体を押し付けられて興奮してるんじゃあないだろうねぇ

「ふふん。論戦は探偵の得意分野さ」


 風流は得意げに呟くと昇太の隣に並んだ。


「そんなに嫌そうな顔をしないで欲しいね。さっきも言ったけど、ボクはただ、昇太君と話がしたいだけなんだ」

「……そんな事言って、御栖眞さんの推理を証明する為の証拠を集めたいだけなんでしょ」

「それもある。なんてったってボクは探偵だからね。それはそれとして、個人的に昇太君と仲良くなりたい。さっきも言ったけど、この二つは矛盾しないよ」

「……御栖眞さんはそうかもしれないけど。僕からしたらそんな人と仲良くなんか出来ないよ」

「それでも君は上辺だけでもボクと仲良くしておいた方がいいんじゃないかな? あまり邪険にすると、それはそれで怪しいだろう?」


 悪びれないどころか楽し気に風流は言う。


 昇太はいい加減うんざりしていた。


「……ああ言えばこう言う」

「探偵とは――」

「そういう生き物なんでしょ。もういいよ。それで、話って何?」

「君もボクとの付き合い方が分かってきたみたいだね」


 嬉しそうに風流は言うと。


「これと言った話は特にないよ」

「……はぁ?」

「普通、話がしたいと人が言う場合、他愛もない世間話で交友を深めたいだけで、なにか具体的な用がある事は稀なはずだ」

「普通の人ならそうだろうね」


 昇太には珍しく嫌味を吐いた。


「誉め言葉だと受け取っておこう」


 ニヤリとして風流は返し。


「ボクと準備運動をしないかい?」

「……なに、急に」

「普通のお誘いだよ。昇太君はいつもアゲハ君達と準備運動をしているだろ? 正直言って羨ましい。ボクも君と準備運動がしたい」

「え~……」


 昇太が嫌がると、風流はねだる様な目をして身体を擦りつけてきた。


「たのむよぉ~」

「わ、分かったから、くっつかないでよ!」


 ドキッとして、思わす昇太は言ってしまった。


 タイプは違えど、風流だって美少女である事には変わりない。


 こんな風に迫られたら焦ってしまう。


 童貞を卒業したからと言って、いきなり女の子に耐性が出来るわけではないらしい。


 むしろエッチを経験した事で、女の子の持つ魅力に対して敏感になってしまった気さえする。


 何も知らない無垢のままなら、女の子は皆等しく神秘のヴェールに包まれたブラックボックスだ。


 だが今は、アゲハや静とエッチした経験がある。


 彼女達の産まれたままの姿を目にし、普段は嗅がない匂い、聞けない声を耳にした。


 その経験が神秘のヴェールを薄く透けさせる。


 果たして、風流の産まれたままの姿はどんなだろうか。


 昇太の意思とは関係なく、彼の生まれ持った男性的な第六感が彼女の裸を想像してしまう。


 バカバカバカ! 僕のバカ! こんな時に何を考えてるんだ!


 このままでは、男子用のタイトな短パンがもっこりしてしまう。


 昇太は慌てて数学の授業について考えた。


 そんな昇太の気持ちも知らず、風流は「やったやった!」と飛び跳ねて喜んでいる。


 それを見て、他の女子達が「いいないいな」と羨んだ。


 アゲハ達も見ていて、「昇太君はあ~しのなのに!」とか、「なによ昇太君! 私とセックスしてるくせに、あんな貧相な探偵女なんかに鼻の下を伸ばすなんて!」と内心で思いつつ、面白くなさそうな顔をしている。


 もちろん昇太はそれどころではなく、周りの反応など見えてはいなかったが。


 そんなわけで二人で準備運動を始める。


 座り込んだ昇太が開脚し、後ろに回り込んだ風流がグッと背中を押す。


 それだけなら普通のストレッチなのだが。


「み、御栖眞さん!?」


 いきなり後ろから抱きつかれ、昇太は声を裏返らせた。


 風流は後ろからぴったりと抱きついて、グイグイと身体の前面を押し付けるようにして昇太の背中を押している。


「なんだい昇太君?」

「なんだいじゃなくて!? くっつき過ぎだよ!?」

「ボクは非力なタイプの探偵なんだ。こうでもしないと君の背中を押せないよ」

「だ、だからって……」


 ぐりぐりぐりぐり。


 押し付け、擦りつけ、捻じ込むような動きである。


 じんわりと、背中から腰にかけて風流の体温を感じる。


 体温だけじゃない。


 身体の形もいやと言う程伝わって来る。


 見た目はあんなに華奢なのに、風流の身体はしっかりと女の子の柔らかさを宿している。


 肉感的なアゲハ達と違い、か細く儚い新芽みたいな柔らかさ。


 胸だってしっかり当たっている。というか、明らかにわざと当てている。


 一見すると平らだが、こうして密着されるとむにっとした確かな膨らみを感じる。


 特大サイズのアゲハや静のそれとは全く違う。


 小さいからこその存在感と弾力があった。


 まるで風流の胸が「ボクはここにいるよ!」と健気に主張しているようである。


 それだけでもマズいのに、背中の下の方には風流のか細い太ももやブルマに包まれた下腹部なんかがゴシゴシギュウギュウ触れていて、絹よりもきめ細やかな感触を与えている。


「どうしたんだい、昇太君。まさかとは思うけど、ボクの貧相な身体を押し付けられて興奮してるんじゃあないだろうねぇ」


 捕まえた虫を指先で弄ぶように耳元で風流が囁いた。


 明らかにわざと、全部承知の上といった口調である。


 それで昇太は気づいた。


 これが風流の目的なのだ。


 自分の身体を使い、昇太を興奮させて証拠を掴もうという魂胆なのだろう。


「そんなわけ、ないでしょ……」


 昇太は必死に歴史の授業を思い出して意識を逸らした。


 そうしなければ、あっと言う間に短パンの前が膨らんでしまいそうだ。


「……そうか。一応ボクも女の子なんだけどなぁ……。やっぱりアゲハ君のようにはいかないか……クスン」


 そう言う風流があまりにも悲しそうなので、つい昇太は言ってしまった。


「そ、そんな事ないよ! 御栖眞さんは十分魅力的だよ! 今だって、必死にエッチな気持ちにならないよう我慢してるんだから!」

「なるほど。それを聞いて安心したよ。上手く行くか不安だったけど、この作戦は有効みたいだ」


 嬉しそうに囁くと、一層激しく身体を擦りつけて来る。


「や、やめてよ御栖眞さん!?」

「イヤだね。色気なんか無縁だと思っていたけれど、ボクでも男の子を興奮させる事が出来ると知れたんだ。むしろ余計にヤル気が出て来たよ。それとも、昇太君が特別なのかな? 幼児体系の子供おっぱいに興奮する変態的性癖の持ち主とか?」

「ち、違うよ!」


 多分……。


 実際興奮しているので自信はないが。


「ははは。面白いね。こうやって昇太君を誘惑するのは実にいい気分だ。冴えた推理で犯人を追い詰める至福の時間に勝るとも劣らない甘美さがある。さぁ、大人しく男性器を膨らませて自分が女の子と性行為を行っているスケベ人間だと状況的自白をしたまえ」

「ちょっと! 風流ちゃん! さっきからなにやってるし!?」


 流石に見咎めたのかアゲハが注意する。


「見ての通りストレッチだよ」

「嘘つけし! 明らかに昇太君の事エッチな気持ちにさせようとしてるじゃん!」

「言いがかりはやめて欲しいねと言う事も出来るけど、仮にそうだとして何が問題かな? アゲハ君だっていつも似たような事をしているじゃないか」

「はぁ!? してないし!?」


 アゲハの顏が赤くなった。


 実際、アゲハは準備運動の際、必要以上に昇太の身体に触れていた。


 それについて昇太は何度か注意したことがあるのだが、「だって昇太君可愛すぎて悪戯したくなっちゃうんだもん!」と聞きやしない。


 正直に言えば昇太も満更ではなかったのでそれ程強くは止めなかったが。


 そんな事があった後は不思議とQOHクオリティーオブエッチが増すのである。


 ちなみに静も似たような事をしている。


 むしろ静の方がその手の悪戯は多いくらいだ。


 ともあれ風流の指摘は事実である。


 クラスメイトも薄々それは感じていて、「やっぱり二人はエッチしてるのかなぁ……」みたいな疑惑の目を向けてきている。


「してないってばぁ!?」


 アゲハの叫びも広い体育館に虚しく響くだけだ。


「ボクだってそう思いたいよ。だからこうして疑惑の検証を行っているんだ。昇太君に性的な誘惑が効かないのであれば、当然エッチにだって興味はないはずだ。違うかい?」

「……違わないけど」


 渋々アゲハは認めた。


 だが、それこそが風流の仕掛けた罠だった。


 今の風流の発言はただの詭弁で、例外なんか幾らでも考えられる。


 しかしアゲハは場の雰囲気に負けて認めてしまった。


 この瞬間、昇太が性的に興奮したらアゲハとエッチした事になるという不条理な敗北条件が確定してしまった。


 恐るべし探偵脳である。


「なら邪魔をしないでくれ。ボクは昇太君の為にもあらぬ疑惑を払拭しようとしているんだからね」


 勝ち誇って言うと、風流はエッチな準備体操を続けた。


 これでもかと身体を擦りつけ、露出した肌と肌を触れ合わせる。


 それとなく指先を昇太の肌に触れさせて愛撫めいた刺激を与える。


 風流は処女である。


 性的な行為については漠然とした知識しかない。


 それなのに、なんとなくどうやったら昇太をエッチな気持ちにさせる事が出来るのか感覚で理解出来た。


 まるで昇太という存在がその反応によって無言のヒントを与えているかのようだ。


 本人は気づいていないが昇太は非虐体質だった。


 だからずっとイジメられてきたのである。


 男子の場合は攻撃的な本能が刺激される。


 女子の場合は性的な加虐心が掻き立てられる。


 事実、風流を含め、この場にいる全員が昇太に対して言葉に出来ないムラムラとした感覚を覚えていた。


 当の昇太はこれでもかという程ムラついていた。


 ただでさえブルマ姿の美少女達に囲まれているのだ。


 その中で、公然と風流に誘惑されている。


 ムラつかないわけがない。


 それでも相棒は奇跡的に沈黙を守っていた。


「……まさか昇太君。こうなる事を予見して、事前に自慰を行ってきたのかい?」

「知らないよ! そんな事聞かないで!」


 昇太の反応は自白と同じだった。


 風流の言う通り、昇太はこんな事もあろうかと、休み時間にトイレでガス抜きを行っていた。


 学校でそんな事をしてはいけない事は昇太だって分かっている。


 だが仕方ない。


 アゲハ達とエッチしている事が周りにバレるよりはマシである。


 なんにせよ、ガス抜きをした事で相棒は普段よりも冷静である。


 危うい状況ではあるが、耐えられない程ではなかった。


 どうにかして耐えなくちゃ!


 昇太の意思は固かった。


 ピンチはチャンスという言葉もある。


 風流の誘惑に耐える事が出来たなら、彼女にかけられた事実でしかない容疑を晴らす事が出来るかもしれない。


 勿論、その程度の事で引き下がる探偵ではない。


「ふむ。なら、こんなのはどうかな?」


 面白がるように言うと、風流は皆に言い放った。


「もしかすると、貧相な身体のボクでは正しい検証が出来ないかもしれない。より確実に昇太君の潔白を証明する為に、みんなの力を貸してくれないか」

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