第16話 詭弁

 このままでは困るので、昇太は二人に事情を話した。


 かくかくしかじか。


 風流にかけられた容疑を晴らす為、周囲に自分がエッチな事に興味のない真面目君だとアピールしなければいけない。


「そういう事なら早く言ってし!」

「もう! なんで言わないのよ!」


 そしたら二人に怒られた。


 と言っても、昇太が一人で抱え込んでいた事に対して怒っている様子だが。


「あ~し達友達じゃん!」

「どうにかしないと困るのは私達も同じなのよ?」


 ナチュラルに繰り出された友達発言に昇太は危うく泣きそうになった。


 いじめられっ子歴=ほぼ年齢の昇太である。


 いつも周りは見て見ぬふり。


 だから誰かを頼るなんて発想は出てこなかった。


 静の言い分だってその通りだ。


 改めて確認するまでもなく、昇太がエッチ認定されたら二人の立場だってまずい事になる。


「そういう事ならあ~し達も力になるし!」

「安心しなさい。またあの探偵女が訳の分からないことを言ってきたら私が華麗に論破してあげるわよ」


 内弁慶の静が風流に言い返せるかは疑問だが。


 そう言ってくれるだけで心強いのは確かである。


 そして迎えた体育の授業。


 一年一組の美少女達はブルマ姿で体育館に集まっていた。


 なんという目の毒眼福


 ピッタリとしたブルマは普段スカートで隠された乙女の魅力を鮮やかに映し出す。


 そこにあるのは多種多様なお尻の形と根元から露出した眩しい程に煌めく太もも。


 大きな尻に小さな尻、丸い尻に平らな尻、ムチッとした肉感的な桃尻にキュッと引き締まった美尻。


 そこから伸びる太ももの形も十人十色だが。


 ただ一つ共通点を上げるとすれば、全てが等しくエロいという事だ。


 まったく、ブルマとは恐ろしい服である。


 死神の鎌が魂を刈り取る形をしているように、ブルマは男心を刺激する形をしている。


 毎度の事ながら、目のやり場に困って昇太は足元に視線を向けた。


 重ねて言うが、昇太にやましい気持ちはない。


 神聖なる学び舎で、クラスメイトの女子を視姦しようなどと言う不純な気持ちはこれっぽっちもありはしない。


 とは言えだ。


 昇太の意思とは関係なく、それが見えてしまったら不純な気持ちになってしまう。


 ルーヴル美術館の名画を前に万人が心を動かされるのと同じでる。


 本質的に、美しエロさとは暴力的な物なのだ。


 本人の意思を無視して働きかけ、内面に抗いがたい影響を与える。


 だから昇太は見ないようにした。


 見てしまったら、否応なく相棒が反応してしまう。


 そして探偵とは、犯人役が不都合なタイミングを目聡く見つけて話しかけてくる生き物である。


「どうしたんだい昇太君。そんな風に俯いて、なにか良い物でも落ちているのかな」


 分かり切っている癖に、ニヤニヤしながら風流が問う。


 昇太は顔を上げなかった。


 風流は貧相な身体つきをしている。


 背は低く、胸は薄く、四肢は細く、尻も小さい。


 だからエロくない、可愛くないと言えばそんな事は全くなく、むしろその逆だ。


 性の匂いを感じさせない無垢の色。


 そこに宿る背徳的な性の匂い。


 そんな矛盾した色気を宿している。


 話は風流に限った事ではない。


 昇太にとっては、この場にいる全ての女子が太陽のように直視し難い存在だ。


 背の高い子、背の低い子、胸の大きな子、小さい子、太った子、痩せた子、ボーイッシュな子、女の子らしい子、地味な子、派手な子、エトセトラ。


 色々な女の子がいるが、可愛くない、魅力的でないという子は一人もいない。


 小鳥昇太はそんな感性を持つ男の子だった。


 それはそれとして、昇太はギクリとした。


 周りの反応はともかくとして、風流は今まで的確に昇太の心情を見抜いてきた。


 口を開けば失言を引き出され、すっかり苦手意識を植え付けられている。


 なんて返そうか……。


 俯いて困っていると、小麦色に焼けたムチムチの太ももがパンパンに張ったブルマの尻と共に昇太の前に飛び出した。


「ちょっと風流ちゃん! 昇太君に絡むなし!」

「あなたが変な言いがかりをつけるから、疑われないよう女の子を見ないようにしてるんでしょう!」


 後を追うように、新雪のように白く眩しい太ももがアゲハの背後に重なる。


 約束通り、二人が助けに来てくれたのだ。


 不甲斐ないと思いつつ、正直昇太はホッとした。


 それに、これは自分だけの問題ではない。


 変に見栄を張って事態を悪化させるよりは、素直に二人に助けて貰った方が良いのだろう。


「もう風流! いい加減にしなさいってば!」


 騒ぎ気を聞きつけ走が駆け寄って来る。


 これまでならばそれで終わりだったのだが。


「みんなはいいのかい? このまま二人に昇太君が独占されちゃっても」


 突然の発言に、一瞬時が止まる。


 居心地の悪い静寂の中、昇太は硬質化した空気にピシリとヒビが入る音を聞いた気がした。


 端的に言って空気が変わった。


 たった一言で、風流は周りを味方につけた。


 そう言い切るにはまだ早いが、彼女の不利に傾いていた天秤が大きく上向いたのは確かだった。


 アゲハ達もそれは感じているらしい。


「は、はぁ? 独り占めなんかしてないし!」

「そ、そうよそうよ!」


 反論は言い訳じみて体育館に拡散する。


「そうは思えないね。事実として、君達は昇太君にベッタリじゃないか。今だって、ボクが話しかけているのを邪魔してきたわけだし」

「そ、それはだって、風流ちゃんが変な事言いだすからじゃん!」

「アゲハ君は日頃から不特定多数の男性と性的交友を持っている。これは君自身が証言している事実だ。そんな君が昇太君と急に仲良くなった。名探偵でなくてもなにかあったんじゃないかと勘繰る場面じゃないかな?」

「そ、それは……」


 アゲハは言葉に窮した。


 言われてみればもっとも過ぎる話である。


「……ちょっとあなた。それ以上アゲハちゃんの事を悪く言うのは許さないわよ」


 代わりに前に出たのは静だった。


 普段人前ではオドオドしてアゲハの後ろに隠れ気味だが、今は怖い顔で風流を睨んでいる。


 風流は臆しもしなかった。


「誤解しないでくれたまえ。別にボクはアゲハ君の事を悪く言ってるわけじゃない。事実を言っているまでだ。個人的に言えばモテモテのアゲハ君が羨ましいくらいさ」


 これが見え見えの嘘なら静も怒る事が出来たのだろう。


 だが、風流の口ぶりはそれこそただの事実という感じで嫌味もない。


 仕方なく。


「……ならいいのだけど」


 と静も引き下がる。


 その間にアゲハは復活し。


「それとこれとは別の話じゃん!」

「その通りだけど、この話を持ち出したのは君達だよ」


 あっさり言い返され、会話の主導権を握られる。


「ボク達が抱いてる疑念と君達が昇太君を独占している事実は別問題だ。とは言え、もし君達が昇太君と肉体関係にあるのならそうとも言えなくなるけど」

「ボク達って、勝手に周りを巻き込むなし!」


 アゲハは言うが、外野は沈黙でもって風流に同意する意思を示した。


 歯止め役だった走すらも風流の話に聞き入っている。


 気が付けば空気が焦げ臭い。


 一触即発の気配である。


「ま、待ってよみんな!? 僕の為に喧嘩しないで!?」


 こんなのは昇太も望んでいない。


 慌てて止めに入るのだが。


「喧嘩なんかしてないよ。探偵として、確かにボクは君達の関係に疑念を持っている。同時にボクは、クラスメイトとして昇太君と仲良くなりたいとも思っている。この二つは矛盾しない。だからどうしたと言われれば、ボクも昇太君と話させて欲しいという事になる」


 こちらは幾分見え透いていた。


 昇太に近づき、証拠を引き出す為のレトリック。


 だが、だからこそ阻止できないムードが出来上がっている。


 ここで風流の邪魔をしたら、それこそ二人が昇太を独占していると見なされるだろう。


「……好きにすれば」


 渋々アゲハが引き下がる。


 チラリとこちらを見て、ぽってりとした口元が申し訳なさそうに「ごめん」と囁いた。

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