第15話 あの陸上女のパンツに欲情していたわね?

「え、なにを?」


 突然の決意表明にアゲハは怪訝な顔をした。


 顔を合わせるなりそんな事を言われたら誰だって変な顔になるだろう。


 その辺は適当に誤魔化して、とにかく昇太は頑張る事にした。


 でも何を?


 風流の話を聞いた感じでは、自分がアゲハ達とエッチをしていると周囲に思わせなければいいようだ。


 言い換えるならば、昇太は周りに、自分はエッチなんか全然興味のない真面目君だと思わせればいいのだろう。


 そうすれば、いくら風流が騒いだって真に受ける者はいなくなる。


「これだ!」


 そうと決まれば、早速昇太は気を引き締めた。


 苛立つ相棒を叱りつけ、ピンと背筋を伸ばして授業に集中する。


 休み時間にクラスメイトの女子達があちらこちらで無防備な姿パンチラを晒していてもこっそりチラ見したりなんかしない。


 いや、勘違いしないで欲しい。


 今までだってわざと盗み見たりなんかしていないのだ。


 だが、男の悲しいサガというか、視界の端で女子が無防備な姿になっていると、昇太の意思とは関係なく、ほとんど反射に近い動きで視線が吸い寄せられてしまうのである。


 全ての男子は生まれつき、女子の無防備な姿に対するオートエイム機能を備えているのである。


 これを理性の力で抑え込むのは簡単な事ではない。


 それこそ、くしゃみやしゃっくりを意思の力で止めるようなものである。


 それは流石に難しいので、昇太は休み時間も教科書を広げて勉強に打ちこんだ。


 物理的に視界を制限してしまえばオートエイムも発動しない。


 この作戦は二重の意味で上手く行った。


 一つは前述のオートエイムの阻害。


 もう一つは、周囲に昇太が真面目君だと印象付ける効果があった。


「見て見て! 昇太君ってば休み時間も教科書開いて勉強してるよ!」

「まっじめ~!」

「あんな子が隠れてこっそりエッチしてるなんて絶対あり得ないよね!」


 そんな声に昇太は内心でグッと拳を握る。


 そうとも。


 普通に考えて、昇太みたいな男の子が入学早々クラスの女子とエッチしているなんて誰が思う?


 前提からして、この戦いは昇太が有利な立場にあるのだ。


 事実を指摘されて焦ってしまったが、冷静になってドジを踏まないよう気を付ければ切り抜けられる筈である。


「なるほどね。そういう作戦か」


 風流が昇太の隣にやってくる。


 まるでチェスでも楽しんでいるような様子だ。


 昇太は無視して勉強を続ける。


 風流はちょっとムッとして、周りに聞こえるようにわざとらしく言ってきた。


「真面目ぶって、僕は性行為なんか興味ありませんって周りにアピールする作戦だろう?」

「僕はただ、愛聖のレベルが高いから置いて行かれないように復習してるだけだよ。出来れば邪魔しないで欲しいんだけど」


 顔も上げずに昇太は言う。


 風流はニヤリとして。


「普段からそうしているならともかく、昨日の今日でいきなりというのは怪しいねぇ?」


 痛い所を突かれて昇太の手が止まった。


 確かに、風流の言う通りちょっと露骨過ぎたかもしれない。


 これではかえって疑われる事になるかも……。


 なんて心配していたら。


「こら風流! 昇太君の邪魔しちゃダメでしょうが!」

「いだい!?」


 風流の友人の六条走りくじょう らんが風のように駆けて来て彼女の頭に拳骨を見舞った。


 陸上部に入っているようで、寮に帰る途中に校庭を走っている姿をよく見かける。


 ショートヘアにスラリとした長い手足、全体で見ればアンバランスに見える程太く鍛え上げられた太ももが印象的な女の子だ。


「だって走ちゃん!?」

「だっても明後日もないの! ごめんね昇太君! 気にしないで勉強続けて!」

「やだやだやだぁ! ボクは昇太君と崇高な探偵バトルの最中なんだ! 邪魔しないでくれよぉ!?」

「はいはい。遊びたいならあたしが相手してあげるから」


 申し訳なそうに謝ると、走が風流の首根っこを掴んで引きずっていく。


 窮地を救われ、昇太はホッと安堵した。


 これで安心して勉強に集中できる。


 ――と思いきや。


「きゃぁ!?」


 突然走が悲鳴を上げた。


 驚いてそちらを見ると、風流が走のスカートを思いきりまくり上げている。


 発育不足で子供っぽく見える風流に比べれば、走は少し大人っぽく見える。


 雰囲気で言えば年の近いお姉ちゃん系だ。


 そんなイメージに反して、走の下着は可愛かった。


 流行りの小さくて可愛いキャラクターがプリントされた子供用みたいな綿パンだ。


 そこからカモシカのような長い脚がスッと伸びている。


 鍛え上げられた太ももは腰回りよりも膨らんでいる。


 正直言ってミスマッチだ。


 だがそれがいい。


 とてもいい。


 とてもエロい。


 ありがとう。


 感謝の念すら湧いてくる。


 その美しさに、可愛さに、エロさに、不覚にも昇太は見惚れた。


 仕方ない。


 だってこんなに素晴らしいのだ。


 見惚れない方が失礼だろう。


「ほら! ほらほらほら! 昇太君がガン見してる! 真面目な振りなんかしてもボクの目は誤魔化せないぞ! やっぱり君は羊の皮を被った狼なんだ!」


 こちらを指さし、鬼の首でも獲ったように風流が言う。


 本性を暴かれて昇太は焦った。


「ち、ちが――だってこんなの、卑怯じゃないか!?」

「ふふん! 知らないのかい? 探偵とは卑怯な生き物なのだよ! はっはっは! これぞ動かぬ証拠だ!」


 風流は得意げに無い胸を張るのだが。


「なにしてんのよ!?」

「いだぁあああい!?」


 真っ赤になった走がゴチーン! と特大の拳骨を風流に見舞った。


「な、なんで叩くの!?」

「叩くに決まってるでしょ!? このバカァ! 昇太君の前でなんて事してくれてんのよ!?」

「し、仕方ないだろ!? これも昇太君が性行為を行うに足るスケベ人間だと証明する為だ! 喜びたまえ、走ちゃんのお陰で昇太君の有罪が確定した!」

「するわけないでしょ!? あんな事されたら誰だってビックリしてこっち見るっての!?」


 走の言う通り、クラス中の視線が二人に集まっていた。


 注意深く観察すれば、昇太のように目の色を変えて走のパンツに注目している者は他にいないと分かる。


 だが、そこまでの観察力を持つ者は風流以外にはいないらしい。


 それで昇太は認めた。


 やはり風流は名探偵だ。


 そう名乗れるだけの推理力と観察力を備えている。


 だが悲しい事に、周りの理解が追いつかない。


 風流からすればこの程度の証拠でも犯人と確信するには十分なのだが、名探偵ではない普通人からすればなに言ってんだこいつは? である。


 この恐ろしさは犯人側に立たないと理解出来ないだろう。


 とりあえず昇太は走に便乗してその通りだと頷いておいた。


 もはや二人は昇太どころではないという様子だったが。


「っていうか、やるなら自分のパンツ見せなさいよ!」

「やだよ恥ずかしい。いだぁい!? また叩いた!? ボクの灰色の脳細胞が減っちゃうよ!?」

「あんたの迷惑な探偵脳なんか減った方が世の為よ! もう! 今日と言う今日は許さないからね!」

「あ、先生!」

「え?」


 走が余所見をした隙に風流が脱兎の如く逃げ出した。


「あぁ!? 風流! 待ちなさいよ! 運動不足のあんたが足であたしに勝てるわけないでしょ!」


 風流を追って走が教室を飛び出す。


 後には昇太含め、茫然とする一年一組の生徒達が残された。


「………………とりあえず助かったのかな」


 ホッとしたのも束の間、昇太は背後に気配を感じた。


 振り返ると、なんだか面白くなさそうな顔をしたアゲハと静が立っていた。


「ど、どうしたの二人とも。怖い顔して……」

「昇太君さぁ」

「あの陸上女のパンツに欲情していたわね?」


 声を潜めつつ、ムスッとした様子で二人が言う。


 一緒にエッチした仲である。


 風流程の観察眼を持たなくても、雰囲気で二人には分かってしまうのだろう。


「そ、そんな事ないけど……」


 昇太は露骨に目を逸らした。


「嘘ばっかし!」

「私達には分かるのよ!」

「ふ、二人とも落ち着いてよ! たかがパンツでしょ!?」

「じゃあなんで嘘つくし」

「昇太君だってやましいと思っているから嘘をついたんでしょう?」

「そ、それは、まぁ、そうなんだけど……。そもそも怒られるような事なのかなと……」


 上目づかいで顔色を伺うと。


「よくわかんないけどムカつくの!?」

「よくわからないけど腹が立つのよ!?」

「ごめんなさい! 僕が悪かったです!?」


 そう言われたら仕方ない。


 取り合えず昇太は謝った。


 次の休み時間、二人からムスッとした顔でスカートをまくり上げたパンモロ自撮りが大量に送られてきた。


 昇太は困った。


 トイレに行きたいのにこれでは立つ事が出来ない。

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