第14話 僕が守らなきゃ

 そういわけで、愛聖の迷探偵こと御栖眞風流に粘着される日々が始まった。


 と言っても、思っていた程困った状況にはなっていない。


 授業中は流石に風流も動けないし、休み時間はガッチリアゲハと静が守ってくれる。


 先日の一件もあり、風流の友人達も彼女が暴走しないよう目を光らせてくれている。


 彼女に出来る事と言えば、遠巻きにこちらを監視して、虫眼鏡越しにジィ……っと見つめるくらいである。


 それだって最初はイヤだったが、人間の適応力とは大したもので、暫くすれば慣れてしまった。


 そもそも、学園に一人だけの男子である昇太は、日常的に愛聖の女子達に監視されているようなものである。


 そう考えれば、今更一人増えたくらいなんて事はない。


 そんな感じで一日が経ち、二日が経ち、三日が経った。


 このまま事態が進展しなければ、いずれは彼女も飽きるだろう。


 そんな風に思い始めた頃、昇太の中で奇妙な変化が起きた。


 エッチしたい。


 相棒が疼くのである。


 アゲハと初エッチしてから風流に目を付けられるまでの間、昇太はあんな場所やこんな場所でアゲハや静とエッチしまくっていた。


 それこそ、毎日と言っても大げさではない頻度である。


 エッチの内容だって濃厚で、慣れ親しんだソロプレイが児戯に思えるような、あんなことやそんな事をしまくっていた。


 それが突然出来なくなった。


 昇太は平気だと思っていたが、彼の予想に反して相棒は寂しがった。


 人間の適応力とは厄介な物で、一度上がったQOSLクオリティーオブセックスライフを下げるのは難しいらしい。


 もちろん昇太も理性では相棒を律しようと頑張っている。


 だが、空腹を消す事が出来ないように、昇太の意思とは関係なく性欲は襲ってくる。


 アゲハと静が二人でするようになり、昇太とする頻度が減った時はこんな風には感じなかった。


 心のどこかで、いつでも出来るという余裕があったのかもしれない。


 だが、出来ないと思うとしたくなってしまうのが人間のサガである。


 わずか三日で昇太は欲求不満に陥っていた。


 どうやらそれはアゲハ達も同じらしい。


 向こうは女の子同士でヤッているのだが、なにやら昇太とのエッチでしか補給できない肉体的、精神的な栄養素があるようで、その事について恥じらいながらメッセージを送って来る。


『風流ちゃんの目を盗んでコッソリやっちゃわない?』

『なんで私達があんな探偵女の為に我慢しなくちゃいけないのよ!?』


 昇太も同じ気持ちだが、ここで誘いに乗ってしまっては風流の思うつぼである。


 事が公になれば三人仲良く地獄行きだ。


 ヤリたい気持ちをグッと抑えて断るのだが、二人は納得しない。


 いや、もちろん二人だって今昇太とエッチをするリスクは分かっている。


 だから表面上は引き下がるのだが、やっぱり納得出来ない気持ちがあるのだろう。


 あわよくば昇太を誘い出せないかと、エッチな自撮りを送って来るのだ。


 ブラチラ、パンチラ、太ももアップ。


 内容はどんどん過激になり、お互いに撮り合った半裸のセクシーポーズなんかも送られてくる。


 最終的には二人でエッチしている最中らしき画像だ。


『昇太君も一緒にどう?』

『大丈夫。バレやしないわよ』


 これには危うく昇太の理性も崩れかけた。


 二人とエッチしたいのは昇太だって同じである。


 むしろ、二人みたいにエッチ出来ない分昇太の方が辛いまである。


 アイドル級の美少女二人にこれ程求められて応えられない状況も辛い。


 なんにしたってエッチしたい。


 でも出来ない。


 昇太に出来る事は右手で必死に相棒を宥める事だけである。


 だが満たされない。


 全く、全然、これっぽっちも。


 むしろ虚しく、余計に渇くだけである。


 二人とエッチして昇太は知ってしまった。


 ソロプレイとマルチプレイは本質的に全く異なる物である。


 お菓子がご飯の代わりにならないように、ソロプレイはマルチプレイの代わりにならないのである。


 あぁ、たった三日でこんな事になってしまうなんて!


 昇太は自分が恐ろしかった。


 だが、世の中にはこんな言葉もある。


 男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ。


 そこはかとなく誤用である。


 ともあれ四日目の朝。


 今日も昇太はシコシコと朝のガス抜きを行い、鬱屈とした表情で教室に向かった。


 そうしなければ、欲求不満に陥った相棒が見境なくキレ散らかしてしまう。


 まったく困った相棒である。


「おはよう昇太君。最近顔色が優れないみたいだけど。なにかあったのかな?」


 待ち構えていたのだろう。


 通学路の途中でひょっこりと風流が現れた。


「……別に。なんでもないですけど」

「それならいいけど。てっきりボクのせいで性行為が出来なくて欲求不満になってるんじゃないかと心配してたんだ」


 昇太の心臓がドキッと跳ねる。


 本当に彼女はみんなが言うような迷探偵なのだろうか?


 そんな不安が首をもたげる。


「……まさか。そんなわけないでしょ。たった四日で」

「おや? おかしいなぁ。それじゃあまるで、それ以前は性行為を行ってたみたいじゃないか」


 昇太の心臓が凍り付いた。


 ハッとして口を塞ぐが、これでは自白しているようなものである。


「……いや、その、今のはそう言う意味じゃなくて……」


 涙目になって意味を成さない言い訳を吐く。


 今のは完全に失言だ。


 ムラムラしすぎて注意力が散漫になっていたらしい。


 仕方ない。


 イラついた相棒が昇太の頭から血液を持って行ってしまうのである。


 頭の中はエッチの事ばかり。


 これでは注意力が落ちても仕方がない。


「ふふ。安心したまえ。残念ながら、今の発言は録音していなかった。他に誰が聞いてるわけでもなし。証拠にはなりそうにないね」


 余裕たっぷりに風流が華奢な肩をすくめる。


 彼女の中では、昇太がアゲハ達とエッチを行っているのはほとんど確定しているらしい。


「……そんな風に僕を追い詰めて。御栖眞さんは何がしたいんですか……」

「愚門だね昇太君。ボクは探偵だよ? 探偵の本文はただ一つ、謎の解明だ」


 風流が芝居がかった仕草で人差し指を立てる。


「それともう一つ。今回は今までと違って、真相の証明にも力を入れて行こうと思ってる。ボクももう高校生だからね。いつまでも迷探偵(笑)じゃあ格好がつかないだろう?」

「……探偵ごっこなら他所でやって下さい。お願いだから、僕を巻き込まないで……」

「それは出来ない約束だ。だってボクは探偵だから。それに昇太君。君は潔白なんだろう? なにを恐れる事があるんだい?」

「……わかってるくせに」

「そう。ボクは全部お見通しだ。でも、周りはそうじゃない。ここで君に御栖眞探偵社の社訓を送ろう。この世に真実なんてものは存在しない。あるのはただ、大勢が真実だと認めた推理だけだ。どういう意味かわかるかな?」

「……なぞなぞに付き合う気分じゃないです」

「君にも勝ち目があるって意味さ」


 励ますように風流が言う。


 もっともそれは、ゲームを投げた対戦相手を鼓舞するような励ましだったが。


 何故そんな事をするのか。


 意味が分からず昇太は言葉を待った。


「アゲハちゃんも言っていただろ? ボクが騒いでるだけじゃあ推理は真実になり得ない。ボクの推理が真実になる為には、周りが納得するだけの証拠を示す必要がある。現実は推理小説程甘くはないからね。ボク一人でこれをやるのは結構骨が折れる」

「……そうですか」

「そうなんだよ。だから君も頑張りたまえ。そうでないと、ボクも張り合いがないだろう?」


 誘うようにニヤリと笑うと、風流は不意に明後日の方角に視線を向けた。


「時間切れかな。それじゃあボクは失礼するよ」

「あぁ!? 風流ちゃん! な~に朝っぱらから昇太君に絡んでるし!?」


 登校中のアゲハが見咎め、陸上部もかくやという速度で駆けて来る。


 その頃には、風流はポテポテと走っていなくなっていたが。


「全く! 油断も隙もないんだから! 昇太君! 大丈夫? 変な事言われなかった?」


 転んだ子供を心配する母親のような顔で昇太を覗き込む。


「……ぅん」


 昇太は多くを語らなかった。


 言った所で、アゲハに無用の心配をさせるだけである。


 アゲハは美少女だ。


 可愛くて優しくて元気でエッチで友達思いで見栄っ張りでヘンテコで――


 そして、こんな自分を認めて受け入れてくれた初めての友達である。


 彼女の事を守りたい。


 いや、守らなければ。


 ふと唐突に昇太は思った。


 そして、それが出来るのは自分だけなのだと気づいた。


「……アゲハちゃん」

「なに?」

「……僕、頑張るから」


 決意と共に昇太は思った。


 もしかすると風流は、昇太に挑戦状を叩きつけに来たのかもしれない、と。 

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