第13話 あ~しがバッチシ気持ちよくさせてあげるから

「って事があったわけ」

「えぇ……」


 昼休みである。


 アゲハ達から風流の話を聞き、昇太は困った声を上げる。


「朝からずっと見られてると思ったら……。そういう事だったんだ……」


 チラリと視線を上げると、遠くの席で風流が虫メガネ越しにジィ……っと昇太を観察している。


「あの探偵女に事件認定されたら厄介よ。本人が納得するまで探偵ごっこをやめないんだから。周りが止めても聞きやしない。全く、面倒な事になったものね」


 うんざりと溜息を吐き、憂鬱そうな顔で静が弁当をつつく。


「うーん……」


 昇太も浮かない顔である。


 日本一の興信所という事で御栖眞探偵社は有名だ。


 昇太だって知っている。


 TVでもCMを流したり、警察に協力して事件を解決する捜査番組を放送したりしている。


 数年前には御栖眞探偵社を題材にしたTVドラマなんかも放送していた程だ。


 周りの目を盗んでアゲハ達と学園の敷地内でパコりまくっている昇太としては悪夢でしかない。


 もしもバレたら三人仲良く地獄行きだ。


「それで……どうなの? 御栖眞さんの推理力は……」


 こうしている間も風流はお弁当を食べながらジィ……っとこちらを観察している。


 読唇術でもあったらどうしようと思い、昇太は口元を隠して囁いた。


「ん~。ぶっちゃけ微妙。勘はいいけどそれだけみたいな。例えるなら途中式のない答案みたいな感じ」

「それはそれで凄いんじゃ……」

「答えが合ってればそうだけど。あの女の場合、大抵ただの考えすぎ、深読みレベルの誇大妄想よ。探偵脳って言うのかしら。なんでもない事を勝手に事件にしちゃうタイプね」

「……でも、今回は正解なわけでしょ?」


 間の推理をすっ飛ばしてズバリ真相を当ててきたのだ。


 昇太としてはかなりマズい状況に思える。


「そうだけどさ~。数学のテストだって答えだけ書いてもマル貰えないじゃん? 探偵が周りを納得させるには答えに至る推理と証拠が必要なわ~け。そういう意味じゃ風流ちゃんが勝手に騒いでる分にはバレる心配ないと思うけど」

「……そっか。ならよかった……」


 昇太はホッと安心するが。


「良くないわよ! このままあいつに監視されてたらおちおちセックスも出来やしないじゃない!」

「静さん!? シィーッ! シィーッ!」


 慌てて昇太は人差し指を立てるが。


「平気よ。ちゃんと小声で話してるでしょ? それより、昇太君こそ大袈裟過ぎ! あの女、めっちゃ怪しんでるじゃない!」

「ご、ごめんなさい……」


 そちらを見ると、風流は中腰になって机から身を乗り出し、ムムムッ! という顔で虫メガネを覗いている。


 昇太はなんでもないよ! という顔で笑ってみせたが、上手く出来ずに頬が強張った。


 それを見て、風流がポケットから取り出した手帳になにやら書き込む。


「うぅ……。なんかやだなぁ……」


 と呟きつつ。


「……とりあえず、僕とのエッチは暫く控えた方がいいんじゃないかな?」

「そんなぁ!?」


 ガビンと静はショックを受け、慌てて表情を取り繕う。


「……わ、私は別に平気だけれど。昇太君はそれでいいの?」

「平気だと思うけど……」


 そもそもちょっと前までゴリゴリの童貞だったわけだし、こんな状況でリスクを冒してエッチをする程性欲オバケではない……と思う。


 静は不満そうだったが。


 納得いかない顔で唇をキュッと噛み、助けを求めるようにアゲハを見る。


「あ、アゲハちゃんはイヤでしょ? 昇太君とセックス出来ないなんて!」

「そりゃ嫌だけど、こうなっちゃったら暫くは我慢するしかないっしょ。あ~しだってバレたら困るし、昇太君にも迷惑かかっちゃうじゃん」

「それはそうだけど……」

「なに静? あ~しと寝てる癖に、そんなに昇太君とエッチしたいわけ~?」


 アゲハがニヤニヤしながら静の耳元で囁く。


 甘い吐息に静はゾクリと身震いし、ポーッと頬を赤らめた。


「……そ、そういうわけじゃないけれど」


 と、催したみたいに尻をもぞもぞさせる。


 そんな様子が妙にエッチで、昇太の相棒はムムッ! と軽く起立する。


 こんな時に! と思うが仕方がない。


 勃起は生理現象だ。


 昇太の意思ではどうにもならない。


「か、勘違いしないでよね! 時々昇太君とした方がアゲハちゃんとのセックスが良くなるっていうだけ! ただそれだけよ!」

「わ、分かったから、興奮しないで……」

「興奮なんかしてないわよ!?」

「いや静、そっちの意味じゃないから」

「あぅ……」


 そっちの意味だったのだろう。


 静が真っ赤になって俯く。


「安心して。昇太君の分もあ~しがバッチシ気持ちよくさせてあげるから」

「アゲハちゃん……」


 ウットリする静に向かい、アゲハがこっそり卑猥なハンドサインを見せる。


「昇太君から盗んだこの手業でね!」

「アゲハちゃん!?」

「アゲハさん!?」


 思わず二人で赤くなり、大きな声を出した。


「あははははは! 冗談じゃん!」


 ケラケラと屈託なくアゲハが笑う。


 風流のみならず周りの視線を集めるが、アゲハはまるで気にしていない様子だ。


 まぁ、これだけでバレる事はないだろうが。


 流石は昇太を体育倉庫に拉致ってエッチしただけあり、度胸が据わっている。


 褒めていいのかは分からないが。


 頼もしいと言えば頼もしい。


「……でも、どうしよっか。いつまでもこのままだと流石に僕も息苦しんだけど……」

「大丈夫だって。風流ちゃん案外飽きっぽいから。他に面白そうな事件見つけたら迷宮入りっしょ。いつものパターン」

「そうなんだ……」


 それを聞いて昇太は安心した。


 本音を言えば二人とエッチ出来ないのは少し残念だが。


 風流が飽きるまでくらいは我慢できるだろう。


 なんて思っていたら。


 不意に風流が立ち上がり、ツカツカとこちらにやって来る。


「怪しいね。実に怪しい。さっきからボクに内緒でなにを話しているんだい?」

「べ、別になんでもないですけど……」


 オドオドしながら昇太は答えた。


 へっぽこ探偵だと聞いてはいても、こんな風に真正面から尋問されると困ってしまう。


 そんな昇太を守るように、グイっとアゲハが肩を抱き寄せる。


 柔からかな感触と甘い匂いに包まれて、机の下の相棒が硬度を増す。


「風流ちゃんの話だし。妙な疑いかけられてるから気を付けなって言ってたの」

「そうよそうよ! 私達はただの友達なの! 変な誤解をするのはやめてちょうだい!」


 アゲハの肩に隠れつつ、静も援護を行う。


 風流は意にも介さず、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 そしていかにも探偵めいた勿体付けたポーズを取り。


「なるほど。それなら話は早い。ズバリ聞こう。昇太君、君は二人と性行為を行ったか――い!?」


 ゴチーン!


 慌てて飛んできた風流の友人が拳骨をお見舞いする。


「ご、ごめんね昇太君!? 今のは忘れて!? この子も悪気があるわけじゃなくて! ちょっと探偵脳なだけだから!?」

「もう風流! いい加減にしなさいってば!」

「うわぁーん! らんちゃんがぶったぁあああ! ボクの灰色の脳細胞が~!」

「あんたが悪い!」


 友人に腋を抱えられ、ズルズルと連行されていく。


「ばいば~い」


 アゲハはヒラヒラと手を振って。


「べー!」


 っと静が舌を出す。


 昇太は困り顔でホッとしていた。


 嘘が下手なのはアゲハ達の件で嫌と言う程身に染みている。


 あんな風に堂々と尋問されたら、誤魔化せる自信なんか全くなかった。

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