第3話 脱童貞

「………………はぁ?」

「はぁ? ってなんだし!」

「……いや、はぁ? は、はぁ? だけど……」


 昇太は困惑していた。


 だっていきなり、「みんなに内緒であ~しとエッチして欲しいわけ!」だ。


 そんなの誰だって困惑する。


「一応確認したいんだけど、そのエッチって、あのエッチ?」

「どのエッチ? あ~しの知ってるエッチ以外のエッチがあるんなら教えて欲しいけど」

「だからその……」


 昇太は困った。


 クラスメイトの女の子、それも一応お嬢様にエッチについて説明するのだ。


 そんなの誰だって困る。


「お、おしべとめしべがくっつく感じの……」

「?」


 不思議そうにアゲハが首を傾げる。


「もしかしてそれ、比喩のつもり?」


 真っ赤になった昇太が小さく頷く。


「じゃあそのエッチ。あ~しの女性器に昇太君の男性器入れるや~つ」


 アゲハが左手で作った輪っかに人差し指を出し入れする。


「や、やめてよ!? っていうかダメ! ダメだよ! いいわけないでしょ!?」

「え、なんで? さっきはいいって言ってくれたじゃん!」

「僕に出来る事なら頑張るって言ったんだよ!」

「出来るっしょ! それとも昇太君、まだ精通してないとか?」

「してるよ! チビだからってバカにしすぎ!」


 ここだけの話だが、小5の頃には既に精通していた昇太である。


「小さいからバカにしたわけじゃないし。昇太君が出来ないって言うからでしょ? 精通してるんなら出来るじゃん」

「物理的にはそうだけど!? そういう理由じゃなくて!? アゲハさんとは出来ないって事!」

「嘘! 昇太君のおちんちんやる気満々じゃん!」


 ビシッとアゲハが昇太の股間を指さす。


 昇太のズボンは見た目にそぐわぬ巨大なテントを張っていた。


「こ、これはだって、生理現象だもん!?」


 半泣きになって股間を隠す。


 女の子に勃起を指摘されたのだ。


 泣きたくなる程恥ずかしい。


「だからなんで泣くし! あ~しが魅力的って事でしょ? 良い事じゃん!」


 軽蔑されると思ったのだが、アゲハは喜んでいるらしい。


 見た目通りそういう子なのだろうか?


 さっきは昇太以外の男なんか知らないと言っていたのだが。


「た、確かにアゲハさんはすっごく魅力的だけど……。そう言う意味じゃなくて……」

「じゃあどういう意味?」


 アゲハがくびれた腰に両手を当てて胸を張る。


 ただでさえ窮屈そうな胸がピンと張り詰めて、大きな胸がこれでもかと強調された。


 とてもではないが見ていられず、昇太は視線を逸らした。


「だ、だって僕達、ただのクラスメイトで、恋人でもないし……」

「いーじゃん別に。あ~しは全然構わないけど」

「僕が構うの! そういうのはもっと大事な人とするものでしょ!?」

「あ~しはそうは思わないけど。昇太君はあ~しとはしたくないわけ? ……だったら無理にとは言わないけど……」


 アゲハが悲しそうにしょんぼりした。


 それでつい、昇太は言ってしまった。


「そ、そういうわけじゃないけど……」


 昇太だって男の子だ。


 それも思春期の。


 エッチな事には興味津々!


 しかも相手はビックリする程可愛い金髪黒ギャルのお嬢様だ。


 エッチしたくないなんて言ったら大嘘になる。


「じゃあいいじゃん! 意味わかんない! なにがダメなの?」

「逆に聞くけど相沢さんはなんで僕としたいの? 恋人でもなければ話した事もない、ただのクラスメイトなんだよ!? それで急にエッチしたいとか言われても怖いよ! なんか裏があるんじゃないかって思っちゃうでしょ……」

「じゃあ、あ~しがエッチしたい理由説明したらエッチしてくれる?」

「……約束は出来ないけど。何もわからないままじゃ無理だと思う……」

「じゃあ言うけど、絶対誰にも言わないでね? 恥ずかしい秘密だから」

「だったら猶更言わないよ! っていうかむしろ知りたくないよ!?」


 昇太を無視してアゲハは語り出した。


「実はあ~し、学校では遊び人のギャルって事で通ってるの。たまたま家が近くてさ、寮暮らしじゃないレアなパターン。そんで外で男の子捕まえてヤリまくり~みたいな?」


 昇太の目が点になった。


 小さな口がぽっかり開き、そこから勝手に言葉が飛び出す


「ダメだよそんなの! 相沢さん! もっと自分の事大事にしないと!」

「ご、ごめんなさい……」


 ビックリしてアゲハが謝る。


「謝らなくていいから! とにかく、そんな事しちゃだめだよ! 色々危ないし! 相沢さんはまだ高校一年生なんだよ! そんな事してたらその内悪い大人に捕まって絶対大変な事になっちゃうよ!」

「お、落ち着いてよ! 心配してくれるのは嬉しいけど! 今の話、全部真っ赤な嘘だから!」

「……えぇ? なんでそんな嘘……」

「そんな顔しないで!? あ~しだってバカだって思ってるし!」

「じゃあなんでそんな嘘ついちゃったの?」

「だってみんながアゲハちゃんモテそうだよね~とか言うから……」

「……いや、ちょっと意味が分かんないんだけど」

「モテそうだよね~とか言われてモテないですとは言えないじゃん!?」

「いや、でも、だからって……」


 遊び人のふりをする必要はないと思うのだが。


「あ~しだって最初からヤリまくりの遊び人設定じゃなかったし! 見栄張ってる内に小さな嘘が重なっていつの間にかこんな事になっちゃったの!」

「う~ん……」


 はっきり言ってバカである。


 そんな事、面と向かって言えないが。


「……あ~しの事バカだって思ってるでしょ」


 顔に出たのか、アゲハがジト目を向けて来る。


「まさか! 全然!?」

「絶対嘘! 顔見れば分かるんだからね!」

「だってぇ!?」

「ああ! 本当にバカって思ってたんだ!?」

「えぇ!? そんな引っかけアリ!?」

「う~! まぁ、実際バカなのは否定しないけど……」


 勝手に認めて指をイジイジする。


「最初は普通にエア彼氏とデートしてる様子を話して聞かせるだけだったんだよ? みんなも喜んでくれて、別に誰も傷つかないし、だったら別にいいかな~? みたいな感じだったんだけど……」

「……けど?」

「……みんながさ、もう手は繋いだの? とか、キスは? とか聞いてきてさ……。ちょ~期待してるわけ。そしたらあ~しも展開進めるしかないじゃん?」

「……まぁ、そうだけど」


 なんとなく話の流れが読めてきた。


「だったら同じ相手と付き合ってればよくない? なんで遊び人設定になっちゃうの?」

「チッチッチ。分かってないなぁ~昇太君は。少女漫画の基本は山あり谷あり修羅場アリっしょ! 普通に幸せな惚気話とか聞かせてもウケないよ?」

「えぇ~……そうかなぁ……」

「そうなの! それでまぁ、最初の彼氏とは別れる事になっちゃって。そしたら次の彼氏作らないとじゃん?」

「……もういいよ。大体分かったから……」


 そんな事を繰り返している内に恋愛模様がインフレして遊び人キャラになってしまったという事なのだろう。


「それでなんで僕とエッチする話になるの?」


 そこが昇太には理解出来ない。


「だってあ~しらもう高校生だし。雑な作り話じゃ周りも納得してくんないじゃん? 昇太君とエッチしたら、あ~しの嘘にも深みが出るっしょ!」

「そんな理由じゃエッチ出来ないよ!?」


 キッパリと昇太は言った。


「なんでし!? 理由話したらエッチしてくれるって言ったじゃん! 昇太君の嘘つき!」

「嘘なんかついてないよ! 勝手に改変しないで!」

「そうだっけ?」

「そうだよ! ちゃんと思い出して!」

「じゃあ次は昇太君がダメな理由説明して!」

「説明してって……普通にダメでしょ……」

「普通とか意味わかんないし。そんな説明じゃ全然納得出来ないんだけど!」

「だって僕達まだ高校一年生だよ!?」

「だからなに? 生物学的にも歴史的にも法律的にも。十三歳以上でお互いに合意があったらオッケーっしょ?」

「僕は合意してないんだけど……」

「そこだよ問題は! エッチが良いとか悪いとかじゃなくて! 昇太君がなんであ~しとしたくないのかって事! 一応昇太君もあ~しの事は魅力的だって思ってくれてるんでしょ?」

「そういう話じゃなくて! 道徳に間違ってるって話!」

「じゃあ道徳的にどう間違ってるのか説明してよ!」


 ムッとした様子でアゲハが言う。


「そ、そんなに怒らなくてもいいでしょ……」

「だって! あ~しと昇太君がエッチする事が道徳的に間違ってるなんて言われたらなんかムカつくじゃん! 道徳的だよ!? そもそもあ~し道徳の授業とか価値観の押し付けっぽくて好きじゃないし!」

「いや、言いたい事は分かるけど……」


 昇太だって別に道徳の授業が好きなわけじゃない。


「そもそもアゲハさんはそれでいいの? 初めての相手が僕で……。そういうのってもっと大事な人の為にとっとく物だと思うんだけど……」

「そういう考えもなんかキモくて嫌~い」


 アゲハが親指を下に向けて舌を出す。


「き、キモイかなぁ……」

「だってそういうのって女の人は処女大事にしましょうね的な話じゃん。男子は童貞大事に取っておきましょうねとは言わないでしょ? っていうか、むしろさっさと捨てちゃえ的な世界観じゃん」

「……そ、それはそうだけど……」

「でしょ? じゃああ~しが昇太君としてもおかしくないじゃん!」

「そう言われるとやっぱり違う気がするんだよなぁ……」

「なんで?」

「だって僕、こんなだし……」

「どんなだし!」

「……チビだよ?」

「可愛いくない? むしろデカかったら怖いし!」

「……イケメンじゃないし、男らしくもないんだよ?」

「可愛いじゃん! むしろイケメンとか男っぽい方が怖いし!」


 大真面目に告げるアゲハの顔をじっと見つめる。


「………………もしかしてアゲハさんって悪趣味?」

「も~! なんでそんなにネガティブなわけ!? あ~しは普通に昇太君の事良いじゃんって思うし! てか思わなかったらこんな事頼まないし!? あとは昇太君の気持ち次第なわけ! ヤルの! ヤラないの! どっちなの!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!? まだ色々と問題が――」

「待たない! いくらここが穴場だからってグズグズしてたら危ないし! 今すぐ決めてさぁ決めてさっさと決めて!」

「だから、その、僕は……」


 そんなに急かされたらまともな思考なんか出来っこない。


 普通に考えたらこんな事は許されない。


 絶対にダメで間違っている。


 しかし、それを説明する上手い理由が出てこない。


「僕は、なに? あと3秒! 3、2、1」

「やりません!?」


 昇太は叫んだ。


 やりたくないと言ったら大嘘になる。


 むしろめちゃくちゃヤリたい気がする。


 というかヤリたいに決まっている。


 相棒なんかこれでもかというくらいヤル気満々だ。


 だからこそやってはいけない。


 理由なんか分からないが、ここでアゲハの誘いに乗ってしまったら何かが終わる気がする。


「これでも?」


 アゲハがひょいとスカートの両端を持ち上げた。


 真っ白い純白のパンツに、ピンク色の小さなリボンが蝶のようにとまっている。


 その眩しさに昇太の理性は燃え尽きた。


「やっぱりヤリます!?」

「そう来なくっちゃ!」


 発情した犬みたいに飛び付かれ、昇太はマットに押し倒された。

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