第2話 短い平和
「う~ん。今日も平和だったなぁ~」
人目がない事を確認すると、昇太はグッとチビた背を伸ばした。
女子の前では気を張っているので肩が凝る。
ともあれ放課後、昇太は家路を歩いていた。
と言っても、昇太が住むのは学園の敷地内にある男子寮である。
今回の共学化にあたって特別に作られた建物だ。
そこに昇太は一人で住んでいる。
当初の予定ではもう少し男子を入れるつもりだったのか。
あるいは来年以降の男子の為か。
一介の生徒でしかない昇太が知る由もない。
確かなのは、そこは昇太にとって誰にも邪魔されずのびのび過ごせる聖域であるという事だけだ。
文句を言うほどではないが、校舎から少し遠いのがネックである。
男子寮は女子寮や学校施設から離れた僻地にポツンと立っている。
愛聖の敷地は広大で、周囲は林に囲まれている。
その一部を切り拓いた奥に建っているのだ。
体育館の裏手を通ると、男子寮に向かう林道の入口が見えてくる。
「――うわぁ!?」
突然昇太の足が地面を離れた。
何者かが後ろから昇太を抱えて走っているらしい。
顔のすぐそばで大きな膨らみがゆっさゆっさと揺れている。
苺みたいな甘い香りが昇太を包む。
相手の顔は胸が邪魔でよく見えない。
制服を見るに愛聖の女子らしい。
「マジ!? 昇太君軽すぎじゃん!?」
「その声は、相沢さん!?」
聞き覚えのある声はクラスメイトの相沢アゲハだ。
休み時間に目が合った、要注意人物のギャルである。
「嘘!? 昇太君あーしの名前覚えててくれたの!?」
「そりゃクラスメイトだから……。って、そうじゃなくて!? なにやってるの!?」
「しぃっ!? おっきな声出さないで! バレちゃうじゃん!?」
「バレたら困るような事するつもり!?」
「二人っきりで話したいだけ! お願いだから静かにしてて!」
「誰かぁ!? たすけ――むぐっ!?」
アゲハが大きな胸を押し付けるようにして昇太の口を塞いだ。
「ん~!? ん~!?」
昇太はパニックになった。
制服越しとは言えおっぱいをむぎゅ~! っと口に押し付けられているのだ。
息が出来ないと言う程ではないが、吸い込む空気は全ておっぱいフィルターを通っている。
甘い匂いは濃くなって生々しさを増していた。
「ちょっと!? くすぐったいし!? 吸わないでよ!?」
「ん~!? ん~!?」
頭を振って否定するが伝わった様子はない。
仕方なく昇太は無抵抗を選んだ。
凄まじい勢いでズボンを突き破ろうとする相棒を内股になって隠す。
程なくしてアゲハは何処かの扉を開け、分厚いマットの上に昇太を転がした。
ガチャンと重そうな扉が閉まり、カチリと鍵がかかる。
どうやら体育倉庫の中らしい。
「ふぅ、とりあえずここなら大丈夫かな」
「な、なにこれ……。ぼ、僕をどうするつもり!?」
昇太は半泣きになっていた。
いじめっ子に弱みを見せたら負けである。
本当は泣きたくなんかないのだが、過去のトラウマを思い出して泣いてしまった。
あんな事、こんな事、思い出したくもない辛い記憶。
お嬢様学校に入ったらイジメられずに済む?
そんな甘い事を考えていた過去の自分を殴りたい。
いじめっ子はどこにだっている。
逃げ場なんかどこにもないのだ。
「ご、ごめんてば!? 泣く事ないでしょ!? あ~しはただ、昇太君と二人っきりでお話したかっただけなんだってば!?」
アゲハは慌てていた。
まるで、意図せず小さな子供を傷つけてしまったような顔だ。
「……だからって、こんな風に拉致する事ないでしょ!?」
「こうでもしないと話せないの! 昇太君は知らないと思うけど、うちの生徒全員昇太君の事狙ってるんだよ?」
「狙ってるって……なにを……」
まさか、命ではないだろうが。
「仲良くなりたいって言うか、興味津々みたいな? みんなで牽制し合ってて接近禁止状態みたいな感じ」
「いやいや、そんなわけないでしょ……」
「そんなわけあるんだって! じゃなきゃあ~しだってこんな事しないし!」
「でも……。僕、普通の男の子だよ? ううん、普通以下だよ……。ちっちゃくて弱虫で、仲良くなりたい理由なんか一個もないと思うんだけど……」
「そうなの?」
アゲハがキョトンとする。
「あ~し、他の男子とか知らないからよくわかんないんだけど。昇太君は普通に可愛くて良い感じじゃない? みんな良いって言ってるし。普通以下って事はないと思うんだけど」
「そ、そうかなぁ……」
「そうだよ! てかあ~しもイイ感じだと思ってるし! だからもっと自信持ちなよ!」
アゲハがグッと親指を立てる。
ニッと笑った口元に悪意の色は見当たらない。
「あ……ぁりがとう……う、うぅ……」
「ちょ!? だからなんで泣くし!? いきなり拉致ったのは悪かったって言ってるじゃん!? それとももしかして、どっか怪我させちゃったとか!? だったらマジごめん! すぐ保健室連れてくから!」
サワサワとアゲハが昇太の身体を調べる。
昇太はドキッとした。
アゲハの手は柔らかく、すべすべで、温かかった。
「そ、そうじゃなくて……。嬉しくて……。アゲハさんって良い人なんだね……」
「いや、いきなりクラスメイト体育倉庫に拉致るのは良い人じゃないっしょ」
「あははは……。そうかもね」
真顔で言われて、何故だか昇太は笑ってしまった。
アゲハは恥ずかしそうに小さな唇を尖らせる。
「ちょ! 笑う事ないじゃん!」
「ごめんなさい……。それで、話ってなに?」
「そうそう! 大事な話! っていうかお願い? 昇太君にど~しても頼みたい事があるわけ!」
「頼み事? 僕に出来る事なら頑張るけど……」
こんな風に女の子と話すのはほとんど初めての昇太だ。
それでつい、安請け合いのような言葉を言ってしまった。
「マジィ!? 超助かるんだけど! 昇太君にしか出来ない事だよ!」
嬉しそうにアゲハは言った。
「みんなに内緒であ~しとエッチして欲しいわけ!」
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