いじめられっ子が元女子校のお嬢様学校に入学してめちゃくちゃモテる話

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 まるで天国

 (最高だ! まるで天国じゃないか!)


 高校生になって一週間。


 小鳥昇太ことり しょうたは休み時間の教室でそんな事を思っていた。


 周りが全員綺麗で可愛いお嬢様ばかりだからではない。


 そんな事は全く全然考えていない……と言ったら流石にちょっと嘘になるが。


 最大の理由はやっぱりこれだ。


 イジメられていない。


 これに尽きる。


 昇太はいまだに小学生と間違われるような幼顔のチビ助である。


 そのせいで物心つく頃からずっとイジメられてきた。


 高校生になったら絶対イジメられたくないと思い受験したのがここ、私立愛聖学園高等部である。


 元々愛聖は由緒あるお嬢様学校、つまり女子校だったのだが。


 多様化だかLGBTだかSNSで炎上しただとか、なんやかんやあったらしく、今年から試験的に共学化する事になったのだ。


 もちろんこれには賛否があり、男子の定員はかなり少ないと言われていた。


 天敵の男子がほとんどおらず、周りがみんなお上品なお嬢様ばかりならイジメられる事もないかもしれない。


 そう思って昇太は愛聖を選んだのである。


 お陰でこの通り、昇太はイジメを受けずにいる。


 それどころか、クラスメイトの全員から無視に近い扱いを受けている。


 見方によればこれもイジメの一つと言えるのかもしれないが、昇太はそんな風には思わなかった。


 バカにされたりからかわれたり、悪戯されたり殴られたり。


 そういうイジメを受けるくらいなら無視された方が万倍マシである。


 むしろ昇太はこのような平穏こそを望んでいた。


 だからこその(最高だ! まるで天国じゃないか!)である。


 ただ、一つだけ誤算があった。


 今年入学した男子が昇太一人だけだったのである。


 愛聖は高等部だけでも1000人を超えるマンモス学校である。


 男女比で言えば約1対1000。


 愛聖は幼稚園から大学まで一貫教育を行っている。


 大半の生徒は敷地内の寮に住んでいて、ほとんど男子と無縁の生活を送っているのだ。


 そんな所にたった一人、庶民の男子が入学して来たら、戸惑うのも当然だ。


 多分愛聖のお嬢様達は、昇太という異性とどう接していいか分からずにいるのだろう。


 実際、目があえば笑顔で会釈くらいはしてくれる。


 無視と言うよりは、積極的に話しかけてこないだけなのである。


 昇太も自分から話しかけたりはしないので、結果的にお互いに無視するような形になっている。


 それでいいと昇太は思っていた。


 周りはみんな美人のお嬢様ばかりである。


 対する昇太は冴えないチビの庶民だ。


 こちらから下手に関わって下心があると思われたくない。


 苦労して手に入れた念願の平穏なのだ。


 愛聖のお嬢様達の不興を買うようなリスクは避けたい。


 彼女なんか必要ない。


 友達だっていらない。


 ただ何事もなく、平和で穏やかな学校生活を送りたい。


 それだけが昇太のささやかな望みだった。


 そんなわけで昇太は席を立った。


 おしっこである。


 途端にクラスのお嬢様達は緊張の糸が解けたようにドッと息を吐いた。


「ふぅ~、やっといなくなった! これで自由に話せるね!」

「もう! 昇太君可愛すぎだよぉ~!」

「本当! 男子が入って来るって聞いた時はどうなる事かと思ったけど、あんなに可愛い子なら大歓迎!」

「ね! ね! ね! 思ってた男子のイメージと全然違うし! むしろあたし達より可愛くって女の子っぽくない?」

「頬っぺたなんか赤ちゃんみたいで思わず触りたくなっちゃうよね!」

「わかるぅ~!」

「学園でたった一人の男の子と同じクラスになれるなんてラッキー!」

「これで自由にお話出来たら最高なんだけどな~」

「ダメだよ! ただでさえあたし達、昇太君と一緒のクラスでズルいって思われてるんだから! 抜け駆けなんかしたらどうなる事か!」

「同級生は勿論、上級生のお姉さま方にも怒られちゃうよねぇ……」

「そういう事! しばらくは様子見ないと!」

「たかが男子一人入ってきただけでみんな騒ぎすぎっしょ」


 鼻で笑う様に言ったのはお嬢様学校には似つかわしくない金髪の黒ギャルである。


「そりゃアゲハちゃんはいいよね~。外で男子と遊びまくってるんだから」

「みんなと違ってあ~しは大人だし? ヤリまくりの遊びまくりってわ~け。アハハハ」

「「「きゃ~!」」」


 得意気に笑うアゲハに、クラスのお嬢様達は黄色い悲鳴を上げる。


「それでそれで! 今度はどんな男と遊んできたの?」

「ん~。大学生とクラブでウェ~イみたいな?」

「そ、その後は!」

「決まってんじゃん。勿論アレっしょ」


 ニヤリと笑うと、アゲハが片手で作った輪っかに人差し指を抜き差しする。


「「「キャーキャーキャー!」」」

「ねぇねぇ、どんな感じ? 勿体ぶらずに教えてよ~!」

「だ~め。みんなにはまだ早いし? あ~しみたいなワルになったら可哀想じゃん?」

「もう! いっつもそれ!」

「あたし達だってもう高校生だもん! いい加減教えてよ~!」

「そうだよ! 聞く権利くらいあるはず!」

「ダメダメ。そーいうのは人に話すもんじゃないし」

「とか言って、本当は全部嘘だったりして」

「はぁ!? そんなわけないし! 遊びまくりのヤリまくりだし! 変な事言うと怒るからね!」

「ご、ごめんてば! ただの冗談でしょ?」

「冗談でも言っていい事と悪い事があるし!」

「あ! みんな! 昇太君戻って来たよ!」

「解散解散! こんな所見られたら、昇太君に幻滅されちゃうよ!」


 スッキリした昇太が席に戻る。


 クラスメイトのお嬢様達はお上品に机に向かってお澄まし顔だ。


 昇太の周りにいたような、下品な話題でキャーキャー騒いでいるような子は一人もいない。


(やっぱり愛聖のお嬢様は庶民とは違うなぁ~)


 こんな人達ならイジメなんて卑劣な行為とも無縁だろう。


 なんて思っていたら。


(ひぇっ!?)


 一人の女子がじぃっとこちらを見ている事に気付いた。


 お嬢様学校には似つかわしくない、金髪ツインテールの黒ギャルである。


 見た目で判断するのはいけない事だが、いかにもイジメっ子タイプという雰囲気である。


 昇太は慌てて俯いた。


 チラリと視線を上げると、相手はもうこちらを見ていなかった。


 

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