僕にかけられた呪い


「僕は佐藤が大切だ。」


この言葉は本音だ。なんの嘘もない。


前の僕にとって、佐藤がどのような存在だったのかは分からないけど...


幼馴染との思い出を覚えていない今の僕には、学校生活で佐藤と過ごした日々が1番の思い出だった。


「せ、先輩!わ、わた、しも...先輩のことが!1番大切です!私は、翔太先輩が好きです!」


そう言う彼女の顔は、熱があるのではと思うほど、真っ赤になっていた。


多分、照れやら、恥ずかしいやらの感情を押し殺して、頑張って僕に気持ちを伝えてくれたんだと思う。


それだけ、僕のことを慕ってくれている。


そんな事実に、僕の心は、今までにないくらいたかぶっていた。


今すぐ僕も佐藤のことが好きだと伝えて、付き合いたい。付き合っていろんなことを佐藤と共有したい。そんな考えが頭を支配する。


佐藤と付き合ったら、きっと、毎日、いままで以上に楽しい生活になる。


学校ではお昼に一緒に弁当を食べたり人気のないところで少しいちゃついてみたりして..


休日は、一緒にいろんなところに出掛けて、いろんな思い出を作って、家に帰ってからあれ楽しかったねって話をして..



佐藤と一緒にいれば、白黒だった僕の人生は、鮮やかに色づいて、価値が何倍にもふくれあがる。


でも...


「...ごめん。僕は、佐藤の気持ちには答えられない。」


「ぇ...?」


佐藤の表情が一気に凍りつく。そんな彼女の表情からは困惑という感情がこれでもかというほど伝わってくる。


「......僕は、佐藤に最後の感謝を伝えるためにここに来てもらったんだ。」


なぜ僕が佐藤を呼び出したのか。

その理由を端的に伝える。


「さ、いご?」


「そうだ。これで最後だ。」


今も困っている佐藤に、さっきと同じことを聞き間違えでないと教えるために繰り返す。



「は、はは。ハハハ...冗談だよね?先輩、もしかして急に恥ずかしくなっちゃったのかな?だから嘘ついてるんだよね?やだなぁ。一瞬信じちゃったよ。こういうの冗談でも笑えないならもうやめてね!」


ついさっきまで、明るく話していたとは思えないほど、明らかに悪い方へ変化した顔色。


それでも佐藤は、笑顔で明るく、僕の発言は冗談なのかと聞いてきた。でも、表情を取り繕うのは難しいのか、どこか顔が引きつっていた。


「......。」


そんな佐藤の問いに、僕は沈黙で答えた。


「......冗談、じゃないんですか?」


僕は無言で頷いた。


僕が冗談で言っているわけでないとやっと分かったのか、佐藤が無理やり作った笑顔は一瞬で壊れていった。


偽物の笑顔が完全に壊れ、最後に残ったのは、少し見ただけで「絶望感」「焦燥感」「悲壮感」がよく伝わってくる、そんな顔だった。


「分かりません。なんで......なんでなんですか!?私何かしました?先輩とお別れしないといけないようなこと、何かしました!?」


「してない。」


「なら、ならどうして!!」


焦り、悲しみ、絶望していた佐藤の感情は、いつのまにか、急に訪れた理不尽な別れに対する怒りへと変化していた。


「...僕は、石崎翔太ではあっても、前の石崎翔太じゃない。」


「記憶失くしたからですか?だとしたら、たった1人との思い出が消えただけで人が完全に変わることはありません。先輩が言ってることは間違ってます。」


静かに諭すかのような彼女の声には、やはりどこか怒りの感情を含まれている。その圧からか、僕の唇はチャックをされたかのようにピタリとくっついて離れない。


どう話せば佐藤は納得してくれるか。どう話せば佐藤を怒らせないか。その案を見つけてはこれじゃないと捨て、見つけては捨て、見つけては捨てをただひたすらに繰り返す。


その間、ほんの数秒の静寂が訪れる。


それが、僕は数分のように感じていた。


長い間、ピリピリしている空気を肌で感じているせいか、変な汗をかき始める。



「沈黙は肯定、ですよ?」


佐藤が言葉にせずとも、これが最後の確認であることはよく伝わってきた。もう、納得させると怒らせないの両方を取ることができないのは明白だった。



一度、息を大きく吸い、思いっきり吐き出す。


...覚悟は決まった。



「佐藤。君が言ってることは多分、間違ってはない。僕が京子のことを忘れても、全てが変わったわけじゃない。この想いも、きっと、記憶が無くなる前の僕にも芽生えていたものだと思う。」


「じゃあいいじゃないですか。私も先輩が好きです。私は、記憶が無くなる前の先輩も、記憶がなくなった後の先輩も、どっちもを愛してるんです!相思相愛じゃないですか!なのになんで!?」


今、僕は佐藤が好きで。

佐藤は僕のことを好きでいてくれて。


確かに、普通だったら、付き合う流れだろう。でも、僕の状況は普通じゃない。


「......これは、僕の思い違いかもしれない。」


「......?」


「多分、記憶を失う前の僕は、京子のことが、好きなんだと思う。」


「っ!」


僕の考えを聞いた瞬間、佐藤は明らかな動揺を見せた。もしかして、予想が当たっていたのだろうか。


「僕は、京子と絶縁した。その理由は、僕たちが一緒にいることは、記憶を取り戻した後の僕にとっても、京子にとってもよくないと思ったからだ。でも、これは僕の独断だ。だから「責任を取ると?」......。」


黙り込んだ僕を見て、佐藤はハハッと乾いた笑い声を出す。


「責任を取る必要なんてないですよ、先輩。翔太先輩と京子先輩が絶縁するのは当たり前ですよ。だって、京子先輩は、翔太先輩に暴力を振るってたんですから。ね?」


最後の「ね?」から、『私の言ってることは間違ってないでしょ?』と言う圧を感じる。


実際、彼女の言っていることはごもっともだった。力で縛られてるカップルなんて、いつか壊れて当然だ。


「確かに京子は、僕が自分の思い通りに動かないと、暴力を振るう。それは許されるべきじゃない。破局するのも当然だ。でも、そんなものが勝手な独断で壊していい理由にはならないんじゃないか?」


「歪なもので縛られてるのなら、無理やりにでも引き離すべきです。もし放置していたなら、先輩は今頃も傷ついてます。そんなのは間違ってます。」


「佐藤の言うとおりだと思う。だから、京子と絶縁することを決断した。」


「で?それが、私の気持ちに応えられないこととどう関係するんですか?責任なら取る必要ないって分かりましたよね?だって、先輩は正しいことをしたんですから。」


あのまま行けば、京子は、歪な愛しか知らないままだった。僕と離れれば、新しい恋を見つけて、少しずつ、普通の恋愛を知っていって、いつか、普通のかわいい女の子になれると思った。だから絶縁した。


多分、間違ったことはしてない。佐藤の言うとおり、正しい選択だったのかもしれない。


でも...


「正しいことをした。だからって、2人、傷ついた人がいる。その責任を取らないってのは間違ってると思う。」


記憶がなくなる前の僕。京子。僕の言う、間違っていない行為は、佐藤の言う、正しい行為は、その2人の気持ちを確実に傷つけている。それも、恋心という大切な気持ちを。


それを、正しい事をしたからって理由でスルーするのは、僕には許せなかった。


「馬鹿なんですか、先輩。なんかのヒーローにでもなったつもりですか?全てのことに責任を取ってたら、キリがないですよ?責任の取る取らないの取捨選択ぐらいするべきですよ。」


容赦のない正論が僕の心に突き刺さる。


「でも、僕は———」


「なら先輩は、ひとつひとつの行動全てにちゃんと責任を取れるっていうんですか?」


「っ...」


佐藤からの問いかけのせいで、僕が言おうとしていた言葉が一瞬詰まる。それでも、なんとか声を絞り出す。


「確かに、全部は無理だ。でも、取れる責任は取るべきだ。だから———」


「自分が好きな人との絶縁を取ることで、責任を取ろうとした、と?」


「...そうだ。」


僕が言おうとしたことを、全て先回りして言ってくる。まるで、僕の考えがわかっているかのように。


「やっぱり馬鹿ですよね、先輩って。」


先回りした上で、僕を正論と言う武器を持って罵倒する。


僕の心をタコ殴りにする。


本当に僕のことが好きなのだろうかと疑ってしまうほどに、僕の心を遠慮なく殴ってくる。


「1人で傷つき、1人で落ち込む。それなら、先輩が傷つくことは悲しいですが、私がとやかく言う事はできません。だって、それは先輩の権利ですから。だから、それがたとえ、間違ってるとしても、偽善だったとしても、私は止める気はありません。」


「なら今回も——」


「でも!今回は違います。そのしょうもない責任とやらに、私を巻き込んでます。私にとって大切なこの気持ちを、そんな理由で踏み躙ってきて、私が黙ってるわけないじゃないですか。先輩の間違ったことに、偽善に、責任に、私を巻き込まないでください。分かります?私の言いたい事。」


「......」


もはや、言える事は何もなかった。


もう、佐藤の言う通りに流されてしまった方がいいのではないかと思ってしまった。


今、こうして、僕の決めた覚悟とやらは、年下の後輩からの正論や罵倒というしょうもないもので折れかかっている。そんな僕の情けなさに、怒りが湧いてくる。


いつのまにか、僕は、僕の決めたことを貫くために必死に反論を探す。そして、あるひとつの答えに辿りつく。


「——そうだ。佐藤にも後でなにかを」



「先輩。」



佐藤は、僕を呆れた表情で見つめていた。


「私と絶縁した状態で、どうやって責任取ってくれるんですか?出来ることはだいぶ限られますよね?まさか、金とかモノとかで私が満足するとでも?そんなことはないと思いますが、もし、そう思ってるんだとしたら」


—————ふざけないでください。


ゾゾゾっと鳥肌が立つ。


体全体が、危険を感じ取る。

佐藤が、決して手を出してこないことは分かっていても、そう感じてしまうほどに、怒気のこもった声だった。


「私の気持ちは、そんなものじゃ釣り合いません。私の先輩への気持ちの重さを、大きさを知ってますか?いや、知ってるはずがありません。私が先輩の事を想い続けてる間、先輩はあの女を見続け、追い続け、想い続けできたんですから!私がどれだけ辛かったか分かりますか!?それでも先輩のことを思って必死に抑えて抑えて抑えて!我慢してきたんですよ!そんな時に、こうやって記憶喪失というチャンスが訪れたんですよ!?やっと、やっと私も先輩と付き合えるチャンスが生まれたんです!そして、先輩は私が心の中で願ってた通りにあの女と絶縁してきてくれたんです!このチャンスを、私がのこのこと逃すと思いますか!?そんな馬鹿なことを、私が、すると思ってるんですか!?」


「......」


佐藤は、僕をキッと睨んだまま、これまでにないほど怒鳴り散らかしている。恐怖。それ以外に今の僕の感情を表すものはない。


もちろん、言葉なんて出るはずなかった。


「——ふぅ。とにかく、私の傷ついた気持ちに対する"責任"の取り方は、私の気持ちにしっかりと応えてもらうことだけです。」


僕がしがみつく言葉を強調された上で、僕の案を否定される。


「でも、でも——」


僕はもう、ただの駄々を捏ねている子供になっていた。ちゃんとした論理もなく、まっすぐな気持ちもない。本当に、情けない。


「先輩。」


「っ.....」


「もう、いい加減いいでしょう?そろそろ諦めましょう?そうしてしまった方が、皆んな幸せです。私は先輩と付き合えて嬉しい。京子先輩も、翔太先輩が誰かとくっついた方が、諦めがつくと思います。それで、前にも進みやすくなると思います。それに、翔太先輩にとっても、さっさと私と付き合ってしまった方が楽ですよ?」


佐藤は、僕の近くに歩み寄り、僕の耳元で、子供に優しく諭すかのように、そう囁いた。


悪魔の囁き。そんな言葉がよく似合う内容。


その中でも"楽"という文字。


その甘い言葉に吸い寄せられる。


今ここで、逃げるのはダメだと分かっていても。ここで自分の覚悟を曲げてしまえば、ここから先、何も変わることができないと分かっていても。


今、この苦悩している状態から解放されるのなら、それでいいような感じがした。


それに、佐藤の言う通りなら、僕がさっさと諦めてしまった方が、京子にとってもいいのではないか。そう思ってしまった。



「僕は、僕は——」



僕が、今ここですべき選択は———







~~~~~~~~~~~~~


放課後、辺りが暗くなり始めた頃、僕は、教室で1人、ただボーッと天井を眺めていた。


よく、天井のシミを数えとけば終わる、と言われ、それを拒否するみたいな流れがある。


それを今回、実際にやってみたが、何も考えないでいることができて、時の流れも早く感じることができて...案外いいものだった。



"逃げ"だということは分かってる。でも、こうしていないと、頭の中が、自分に対する負の感情で変になってしまいそうだった。


思い返せば、今日の行動は、全てが自分のためだった。


きっと、僕が京子と絶縁したのも、めんどくさいことから逃げたかっただけなのではないだろうか。


...流石にそれはないと思うが、それでも、京子の気持ちをろくに考えずに行動に出た。


それで、罪悪感に苛まれて、責任を取るという形でその気持ちを消そうとした。


そして今、こうして現実逃避をして、自分を守っている。


結局、僕は僕のことが大切だっただけ。それ以上でも、以下でもない。そのことを分かってしまった。


きっと、そんな自分を変えたくて、記憶がなくなるというアクシデントで変わろうとしたんだ。


けど、もう無理だ。僕は、ずっとこのまま変われない。だって———




ガラリ


「せんぱ〜い。一緒に帰りましょ?」


「......あぁ。」




僕は逃げることを選択してしまったのだから。





きっと、これから先、僕は今日を忘れることはない。


いつまでも、今日という日に囚われる。


あの時、僕が逃げなければ、僕は変われたのだろうか———


あの時、僕が自分の意思を貫けば、何か結果が変わったのだろうか———


そんな考えがいつまでも頭に残るだろう。


逃げたことに対する罪悪感を永遠に抱き、自分の情けなさを永遠に憎み、生きていく。


そんな人生を、死ぬ時まで続ける。


これが、逃げた僕に対する罰であり、今の僕にかけられた、"新たな呪い"だ。





「翔太せんぱ〜い。」


そう言いながら、佐藤は僕の腕に抱きつく。


「...なんだ?」


「読んでみただけで〜す。」


佐藤は、イタズラが成功した子供のように笑いながらそう答える。


「そうか。」


ただ一言、そう答える。


帰る支度をし、窓を閉め、カーテンを紐で結ぶ。


「佐藤。」


「...名前。」


「...美由紀。」


「なんですか?」


「電気を消して、扉も閉じるから、先に教室の外に出ててくれ。」


「チェーッ、分かりましたよ〜」


美由紀は、渋々僕の腕を離し、ガラリと扉を開け、外に出た。僕は、ガチャリと片方の扉に鍵をし、もう片方の扉へと向かう。


そして、その近くにある、電気を一個ずつ、消してゆく。


教室が少しずつ、暗くなっていく。そして、最後の電気を消すと、机や、椅子なんて、視界に入らず、教室には暗闇だけが残った。



——あぁ、僕もこのまま、暗闇に...



「翔太先輩。まだですか?」


美由紀の声で、思考が現実に戻される。

僕は適当に返事をし、廊下に出た。


「早くしてくださいよ〜帰るの遅くなっちゃいます〜」


「あぁ。」


僕は、ただ一言、そう言い、教室の中の暗闇を見つめながら、ピシャリと扉を閉め、ガチャリと鍵をかけた。











_________________________________________


だいぶ長くなりましたが、とりあえず完結です。ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。ただ、この後の出来事(京子について。)と後書き的なものをまとめて、次に投稿しようと思ってます。そこまで付き合ってくださるとありがたいです。


面白いと思ったら、是非、星マーク、ハートマークを押していってください!



完全な余談(読む価値無し。)

ちなみに、最終話書いてて思ったこと。

主人公、ヤバい奴すぎる...この一言に尽きる!何がヤバいって、これだけ自業自得なの明らかなのに、まだどこか、救い求めてたり、被害者ヅラしてるところですよね!僕の言いたいことわかりますかね!?

まぁ、でも、これがリアルな人間味でもあるんじゃないかなぁと個人的には思うんですよね。あくまで個人の感想ですが...


自分自身、この結末とは違うのを想像してたので、書いてて楽しかったです!皆さんの感想もぜひ教えてもらえるとありがたいです!

             by色彩

























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僕にかけられた呪い 色彩 @tyokosora

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