最善の選択、そして終幕へ
「とりあえず、一緒に学校、行こっか。」
京子の声の調子は、一見明るくかわいらしいものだった。しかし、その明るさの中で、確実に僕に「従え」と圧をかけている事をひしひしと感じる。
でも、今の僕に、その圧に屈する理由なんてない。京子に従う理由なんてない。
(言えよ。そう言ってコイツを突っぱねてやればいいだろ!)
っ......
...
「アハハ!怖くて何も言えないのかな?唇がパクパクしてるよ?本当にかわいいね。ふふふ。」
クソッ、クソクソクソ!なんで、なんで...
っ!せめて、せめて逃げてっ
...
足も、動かない...
「じゃ〜あ、腕でも組みながら、一緒に学校へ〜行こ〜う!!」
そう言うと、京子は、僕の腕に彼女の腕を絡ませた。僕は、何ひとつも、抵抗する事ができなかった。意味の分からない恐怖で、体が言うことを聞かなかった。
恐怖に逆らう事なく、ただ縛られていることしかできない自分が情けなかった。
京子が歩き出すと、僕の足は、さっきまで動かなかったのが嘘だったのかと思うほど、彼女の歩幅に合わせてスムーズに動き始めた。
もちろん、僕自身としては、こんな事したいなんて思っていない。今すぐにでも組まれた腕を振り解いて、走って逃げたい。
女の子の拘束から脱出し、走り去るくらい簡単なはずだ。
でも、その簡単な事が出来ないのだ。
ここまで言うことを聞かないと、本当にこの体が僕のものなのか、それを疑いたくなる。
「ねぇ、ただ黙って歩くのは退屈じゃない?何かお喋りしましょ?」
「誰が...っ!声が...」
声が、出る。なんで...
もしかして、京子が、話せと言ったから?
っ!何故、何故僕はこんなにも京子に従順なんだ!逆らって体罰を受けるのが怖い。それもあるのは知ってる!
でも、それだけじゃないだろ。それだけなら、先生にでも親にでもいくらでも相談が出来た!何故、何故なんだ!...なんで....
僕にとって、彼女は、京子は、どういう存在だったんだ....
...あぁ。そうか。そういう事だったのか。
「っ...ハハハ。本当に、最悪だ。」
「どうしたの?さっきまで黙り込んでたのに急に笑い出して。それに最悪って?もしかして誰かに嫌がらせされた?だとしたら誰にされたのか、教えて欲しいな。私、その子に、ちょーっとだけ"注意"しとくから。」
...ひとつ、わかった事がある。多分、昔の僕には、気付けない。記憶が無くて、客観的な視点から見れる今の僕だから分かったことだ。
「...い。」
そして、そこから、僕はひとつの答えに辿り着いた。
「ごめん。聞こえなかった。もう一回、言ってほしいな。誰が君を不快にさせたの?」
「僕は、京子とは関わりたくない。」
「は?」
「僕は、もうこれ以上、京子とは関わらない。」
「な、何、言って?」
動揺からか、僕の腕にかかる圧力が少し弱まった。それだけ、ショックなことなのだろう。
でも、これが、最善だ。僕にとって、彼女にとっての最善だ。
(だから、だからいうことを聞けよ、僕。わかるだろ?彼女のためにどうしたらいいのか。)
そう、いるのかすら分からない自分に問いかける。もちろん、返事なんてない。
意味があったかも分からない。でも、今なら、いけると言う気がした。
「もう一度言う。僕は、もう君とは関わらない。それが、僕の思う最善の選択だ。だから、離してくれ。」
「ねぇ。やめてよ!?そんな事言わないで。何か嫌われる事しちゃったかな?だったら、もうしないように気をつけるから。だから何が嫌だったのか教えてほしい。お願い!」
京子は、今にもぶっ倒れるのではないかと思うほど、顔が真っ青になっていた。
ついさっきまで僕をかわいいと言って笑っていた人だとは思えないほど泣き出しそうで、目は真っ赤になっていた。
「...離さないなら、力ずくだ。」
僕は、彼女の腕を振り解こうとした。
「やだ、やだ、やだぁ。離さない、離さないんだから!忘れたの!?ずっと一緒にいるっていったじゃない!」
「うん。忘れたよ。君との思い出の全て。」
「っ!なら、思い出すまで一緒にいる!」
数分ほど、彼女の抵抗は続いた。しかし、だんだんと彼女の力が弱まっていくのがよく分かった。
京子は泣き喚きながら抵抗していた。きっと、それで僕より多くの体力を消費していたのだろう。
力の面では、情けないことに、ほぼ同等だった。でも、しっかりと力を込めれば、彼女よりも、僕に少しの分があった。
「あっ...」
腕が彼女の拘束から解放された瞬間、彼女は気の抜けたかのような小さい声を漏らした。
自由になった彼女の手は、僕の方に伸びてきたが、僕のところに届くまでに、ハタリと地面に落ちた。
「さよなら、京子。」
僕は、彼女に最後の別れを告げ、学校へ向かった。まぁ、まだしばらくは教室で会うことになるのだろうが、僕が京子と関わることは、今で最後だ。
「やだ、やだよ。やだよぉ。」
京子の泣き声が、だんだんと小さくなっていく。そして、数分後、彼女の声は、完全に聞こえなくなった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「屋上に呼び出しなんて、先輩、何考えてんだろう。」
今日、先輩が、朝、私の教室を訪ねてきた。
今まで、そういうことは一度もなかったから、教室は、少しだけ騒がしくなった。
かくいう私も、困惑やら焦りやら、注目されてることに対する恥ずかしさやらでまともに話をできる状態にはなれなかった。
そんな中、先輩が言ったのは、「今日の昼休み、屋上に来てくれ。待ってるから。」のひとことだった。
いきなりの呼び出しに、私の頭は真っ白になった。教室も、より騒がしくなった。
理由が知りたかった私は、先輩に聞こうとした。でも、先輩は、私が、なんでと聞く前に、扉を開けて、教室を出ていってしまった。
そこからは、頭の中を、先輩からの呼び出しの件だけが支配していた。友達から話しかけられてた気もするが、適当な返事しかできなかった。
そして、そのままぼーっとしていたら、いつの間にか昼休みに。私は、こうして先輩の元に向かっているというわけだ。
8分ほど歩き、私は屋上の扉の前についた。
この扉の先に、先輩がいる。いつもなら、気軽に、話したり、会いに行ったりしている。
でも、屋上に呼び出しというイレギュラーな状況であることに、気持ちが高ぶっていた。
バクバクと、心臓がやかましく脈を打つ。
緊張で、少し視界が歪む。
「ふぅ...」
扉の前で、一度息を思いっきり吐く。そして、それと一緒に、無理やり緊張も吐き出した。
ゆっくりと取っ手に指をかけ、気持ちを切り替えるために、思いっきり、ガチャリと扉を開け放った。
「...随分、元気な登場だな。佐藤。」
「ハハハ。」
先輩は、なにか覚悟を決めた顔をしていた。そんな先輩を見て、無理やり捨てた緊張感が、一気に帰ってきた。
そのせいで、いつもならもっと上手く笑えるはずなのに、不自然な笑いが出てしまった。
「まず、礼を言いたい。来てくれてありがとう。」
そう言うと、先輩は深々とお辞儀してきた。
「や、やめてくださいよ!そんな先輩に礼されるほどのことを私はやってませんから!もしやったとしても、私は先輩に恩があるのでそんな頭を下げる必要ありません!」
まさかの状況に慌てながらも、必死に言葉を作って、先輩にお辞儀を止めるよう言った。
「分かった。」
どうやら、理解してもらえたようで、先輩はゆっくりと顔を上げた。
そのあとは、少しの間、沈黙が続いた。
先輩も緊張してるんだと思うと、なんだか安心して、ガチガチに固まった体が解ける感じがした。
「...改めて、佐藤に話がある。」
「はい!」
真面目なトーンに、真面目な顔。そんな先輩を見て、緩んだ体が、ピーンと張った。
「まずひとつ。僕は、京子とはもう関わらないことにした。」
「へ?ほ、本当ですか!?」
一瞬、嬉しすぎて脳が処理できなかった。
「本当だ。」
...やった。やった、やった、やったぁ!!!
これで、先輩の心の中は空いた!私にもチャンスができた!
気持ちが上限なく、どんどん高ぶっていくのがよく分かった。このままでは、嬉しすぎて昇天してしまいそうだ。
それほどに、私は今まで我慢してきたのだ。
もう、我慢する必要がないということが、本当の本当に嬉しかった。
(...ん?先輩は、もう京子さんを好きじゃない。なら、もしかして、ここに呼び出した理由って...)
不意に、ひとつの大きな可能性が頭に浮かんだ。
もし、もし私の考えが正しいのなら
それは、今まで、ずっと憧れていたもので...
それは、今日、まさかと思って、考えから真っ先に消していたもので...
でも、もしかしたらと心の隅っこで期待していたもので...
("告白?")
体が、熱い。もしかして、熱でもあるのかな。
さっきから、心臓が今までにないくらいうるさく、早く脈打ってるし、頭がぼーっとしてるし、病気になったのかもしれないな。
病院に行かないといけないかもしれないな。
でも、それは後回しだ。
今まで、ずっと待っていた言葉が、あと少しで聞けるんだ。今日くらい、無理しないでどうする。
私は、改めて、先輩の方に顔を向けた。
私の準備ができたととらえたのか、先輩は無言で頷き、ふぅと息を吐き出してから、ゆっくりと口を開いた。
「僕は、佐藤が大切だ。」
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誤字や設定ミスがあれば教えてくれると嬉しいです。♡、☆等の評価も良ければよろしくお願いします!
次回で完結予定です。冬休み終わる前に書けるよう頑張ります!どうなるか、お楽しみに!
追記:現在、終わり方にしっくりせず、書いては消して、書いては消してを繰り返している状態です。
物語を終わりにするのって難しいですね...
頑張って綺麗に終わらせられるようにするので、もうしばらく待っていただけるとありがたいです。
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