疑問
「.....」
(後、少しで家だな...)
コツ...コツ...とコンクリと靴が奏でる音を聞きながら、僕は少し歩くスピードを上げた。
「....ッ!翔太!」
そんな時、僕を呼ぶ声がした。
その声の持ち主は、僕が一瞬で誰だか分かる人だった。そんな聞き慣れた声に、気持ちが一瞬緩まった。
が、自分の今の状況が頭をよぎり、すぐさま気持ちが重くなる。
そんな僕のことなんて気にもせず、声の持ち主は僕の近くまでやってきた。
「...母さん。」
無視するわけにも行かず、仕方がなく声を出す。ただ、めんどくさそうな態度が母さんに伝わったのか、手がこちらに伸びてきた。
叩かれる。そう思った。
でも、その手は僕の顔に優しく触れ、次の瞬間、下に向いている僕を無理やり上に向かせた。
グワンと動いた視線の先には、母さんの顔があった。真っ暗だから、どんな表情かは分からなかったが、なんとなく、気持ちは伝わってきた。
「アンタねぇ!いつまでも帰ってこなくて、私、心配したんだから!今まで何をしていたの!?」
飛んできたのは、怒りの声だった。
でも、その中に、心配やら、安心やらの感情が混ざっていたのも、同時に伝わってきた。
「心配かけてごめん。学校で残ってから、少し友達と勉強してたんだ。その後、少しご飯食べたりして遅くなっちゃった。」
慌てて、嘘を吐く。こういう時、嘘をつくのは良くない。そんな事は分かってる。
でも素晴らしいことに、僕は特に動揺する態度を見せることなく、綺麗に嘘をつくことができてしまっていた。
「...わかった。完全に許すわけじゃないけど、謝ってくれたし、反省してるようだし...
でも、なんで連絡しなかったの?連絡くらい隙間時間にできたでしょ。」
そんな僕に母さんは疑う事なく、話す。
意外にも、母さんの怒りは一瞬でおさまった。感じたのはのは安心やら喜びといった温かい感情だけ。
そんな人に、嘘をついているという事実に、胸が痛くなる。
「それが...携帯の電源が切れてて....」
それでも、僕の口が止まることはなかった。
今までもこうしてきたから、コレが癖になっているのだと思う。
「友達と一緒にいたなら、その子に事情を話して貸してもらったらよかったじゃない。」
「...いや、なんか申し訳なくて。」
「はぁ。アンタは変なところで気を使うんだから...」
「...ごめんなさい。」
「うん。いつまでも叱ってるわけにもいかないし、許してあげる。」
「ありがとう。...僕、色々疲れちゃったし、お風呂入って寝るね。」
母さんの優しさに触れるたびに、僕の心はズキズキ痛む。これ以上、自分が傷つかないために、自分を守るために、僕は家の中に戻ろうとした。
「分かったわ。お風呂はもう沸いてるからね。」
「うん。」
コツ...コツ...とまた歩き始める。この音は、ある意味静寂を伝えてくれるもので、今の僕にとってはなんとも心地の良い音だった。
「あっ、そういえば。翔太!京子ちゃんはどうしたの?探しに行ってくれてたんだし会ってるはずでしょ?」
「...」
「もしかして会ってないの?だとしたら、京子ちゃんはどこに...」
「...会ったよ。京子はもう家に帰ってもらったから。心配しなくて大丈夫。」
「え?私、ここら辺は慣れてないけど、京子ちゃんの姿は見てないわよ?」
「...大丈夫だから。お母さんは気にしないで。」
ガチャッ
バタンッ
「...あの子達。喧嘩でも、したのかしら。」
~~~~~~~~~~~~~
シャワーを軽く浴び、自分の部屋に帰ってきた僕は、まっすぐベッドのところへ向かい、バタリと倒れ込んだ。
「これで...よかった、のか?」
力やら緊張感やらが一気に抜けたからか、自然と心の中にしまっていた思いがふと口から溢れた。
この言葉は、京子に対して取った態度に対するものだ。そしてもちろん、自分自身に問いかけるその言葉に対する答えは、僕には分からない。
だって、多分、僕が記憶喪失になった原因は彼女からの暴力ではなく、別にある。
殴られてその瞬間に記憶が飛ぶなら分かるけど、殴られた後、何もない学校で時間差で記憶を失うなんてことはありえない。
だから、佐藤が言っていたのは嘘ということになる。つまり、僕と京子が付き合っていたという話もデマである可能性がある。
だけど、なんで、そんな嘘をついたのか、僕には分からない。京子と僕の仲を悪くしようと...いや、それだったら暴力の写真だけで足りたはずだ。
まぁ、ただ、暴力を振るわれていた件は、写真もあるわけだし、信じるしかない。
だからこそ、僕と京子の関係がわからない。
あの写真の中の僕は、とても辛そうな表情をしていた。なのに、誰にも相談しなかったのだろうか。
もしそうだとしたら、なんのために...
「あ〜っ、もう!!!僕にどうしろっていうんだ!!!」
考えれば考えるほど、訳が分からなくなる。
そんな状況に嫌気がさし、僕はベットにくるまり、逃げるように眠りについた。
~~~~~~~~~~~~
昨日のことがあったとはいえ、いつも通りに朝はやってくる。だからこそ、僕もいつも通りでいるべきで...
いつも通りに着替え、いつも通りに歯を磨いて、顔を洗って、いつも通りにご飯を食べて。
「いってきます。」
「は〜い。気をつけてね!」
「は〜い。」
そういって扉をガチャリと開けた。
習慣をこなす時、人は無になれる。だから、この朝の僕の気持ちは落ち着いていた。
だからこそ、このまま特に何事もなく一日のスタートを気持ちよくきれると思い込んで、油断していた。
「おはよう、翔太。いい朝だね。」
彼女の顔を見た瞬間、僕の心臓は全力疾走した時くらい早く動き始める。自分でも自分の顔が引き攣っていることがよく分かる。
なんで、なんでこんなになってるのかが分からない。
別に動揺する必要はないし、理由もないはずだ。昨日拒絶したのは僕だし、その時、反撃なんてされなかった。もし、何かされるとしても、男である僕の方が力が強いはずだ。大丈夫、きっと大丈夫なはずなんだ。
そう自分に強く念じ、京子の顔を見た。
「っ!!!」
彼女は、笑っているけど、笑ってはいなかった。仮面の隙間から真っ暗な何かが溢れ出していた。
心臓が、より早く脈を打ち始める。
この時やっと気づいた。
今の僕は、彼女が怖いということに。
ただ、それでも、何かを言わなくてはならなかった。震える唇を無理やり動かし、言葉を絞り出した。
「な、なんで...昨日あんだけ言っ「ねぇ。」
しかし、そんな弱々しい僕の言葉は無理やり打ち消されることになる。
「とりあえず、一緒に学校、行こっか。」
彼女は、偽物の笑顔でそう言った。
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冬休みに入ったので、少しずつまた書いていこうと思います。本当に遅くなりすみません。
文を書くリハビリも行なっていくのでしばらくは、下手な文章に付き合ってもらえるとありがたいです。
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