第48話 先輩後輩 前編

「坂井祐希.....?」

リンは誰....?と言わんばかりの顔をしている。そりゃわかるわけもないよな。

「久々にその名前を聞いた....先輩よぉ」

「え?先輩...⁉︎」

リンはびっくりした顔をしている。リンの世界にも先輩後輩とかいう年功序列制みたがあったからなぁ....。先輩の意味は分かっているみたいだな。

「ああ。お前を見た時は正直びっくりしたぞ。死んだって聞いていたのもあるが、まさか無能力者のお前が俺らの敵なるなんてな」

「俺だってびっくりっすよ。まさかあんただなんてね。でも忘れられてないなんて意外だわ」

俺はてっきり、今言ったから思い出したのかと思ったが、「見た時」と言っていることからそうではないらしい。忘れられていると思っていた。

「そりゃ忘れられるわけねないだろ。あんな生意気な後輩初めてだ」

そんなに生意気だったか俺.....?


ー回想ー

ある日のこと。


「パイセン。ここの問題わかります?」

「はぁ? 『ここの問題わかります?』って大学の参考書見せられてもわからんわ」

「.....使えねぇパイセンだ」

「んだとコラ」


また別の日。

「なぁ、康輔〜〜....」

「なんすか」

「俺、振られちまったよ.......慰めてくれ〜〜〜〜〜」

「俺、でそ単やるのに忙しんすけど」

「そんなこと言わずによぉ〜〜〜〜」

「はぁ.....誰に告ったんすか?」

「2組の美奈華ちゃん」

「学校のマドンナじゃないすか。そりゃ、先輩みたいな冴えないインキャごときが話しかけちゃいけない人種なんですよ。身の程知らずもいい加減にした方がいいってことっすよ。もうテスト対策の邪魔なんでくっつくのやめてもらっていいっすか?」

「冷た......」


※塩対応になるまでだる絡みした張本人の坂井祐希


ー回想終了ー

「......あれはパイセンが悪いんじゃないんっすか?」

「んだと」

俺たち2人は笑みを浮かべたりしいているが、目は笑っても怒ってもいない。

ただ淡々と話をしつつ、隙を見せないように観察しているだけ。

はたから見たら普通の先輩後輩の会話に聞こえるかもしれないが、この会話はそんな生やさしいものではない。隙を見せたら一瞬で殺しにかかる。それだけ。

それだけなのに.........。

どこかで、この時間が続けばいいと思う自分がいる。

鏡花を殺した憎いといえば憎い敵ではある。だが、1年も付き合いがある先輩であったのも事実。どうしても、心の奥底で敵であって欲しくないと思ってしまう。

ただただ、先輩後輩として会話できていたら..........机上の空論というか机上の夢....だよな。



「考え事か?」

「.....」

気がついた時には、祐希は康輔の目の前にいた。

祐希の大振りパンチが当たる———ことはなかった。

「がっ......」

康輔が祐希の攻撃を手で止めたのも束の間、康輔の回し蹴りが祐希の頭をとらえた。そのまま、祐希は吹っ飛んでいく。

「あの時と一緒にしないでくださいって言ったじゃないですか」

崩れた廃屋から、祐希が出てくる。

「確かにあの時とはちが———」

そう言った時にはすでに康輔は祐希の懐に入っていた。

「ごはっ...」

祐希の顔に向けて今度はパンチが入る。

また祐希が吹っ飛んでいく。まるで、あの頃の康輔のようだ。

「......なるほどな。やはり、デケェ口を叩くだけはあるな」

「でしょ?」

そう康輔が言った瞬間、康輔は消える。

先ほどと同じスピードで、祐希の懐に入る。そして、パンチを繰り出した———が、そのパンチは祐希に当たることはなかった。

祐希の手によって止められていた。そして、手を祐希が離した瞬間、乱打の開始だった。両者とも、一歩も譲らない攻防を繰り広げる。

攻撃を防ぎ、その直後に攻撃を仕掛ける。その繰り返し。

そんな状況をぶち壊したのは、康輔だった。

「俺が魔女ってこと、忘れてません?」

その瞬間、冷たい冷気がその場を纏い......

「"氷の矛アイシクル"!!」

康輔が飛んだと同時に、康輔のいた場所の後ろから、氷の槍とも呼べるそのつららが、祐希を襲った。前と同じ手法によるものだ。

「ふっ...舐めすぎなんだよ」

そう祐希が言うと、先ほどまで何もなかった右手に剣が握られており、"氷の矛アイシクル"を砕いた。

この前よりもスピード、硬さなどは2倍に増えているのだが、

「やっぱり無理か」

それは祐希にくらわせることができる一手にはならない。

しかも、砕くのと同時に空気の斬撃による攻撃も仕掛けて来ていた。

康輔は現在空中にいる。弱化している康輔であれば喰らっていただろうその攻撃は、

「"気づけぬ幻影ファントム"」

すんなりと避けることができた。

弱化がなくなり、"気づけぬ幻影ファントム"に入れ替わりの誤差。そのタイムラグがなくなった"気づけぬ幻影ファントム"では現在の空気の斬撃は当たらない。

「まぁ、そうだよな......少し強化度合いを上げるか.....」

と祐希がぼそっと言った。

康輔がまた懐に入ろうと、駆け出したその瞬間。

祐希が一瞬のうちに懐に入ってきていた。

「当たら...」

康輔は先ほどと同じようにパンチを素手で止めようとするも......。


....っ⁉︎先ほどよりも威力が.....


「ぐっ」

素手を押し退けて祐希は康輔を吹っ飛ばしてしまった。

「....がっ!」

そのまま、廃屋の壁に激突してしまった。

「やっぱり、すげぇな」

吹っ飛ばされてなお、康輔は完全な敵意を向けることができなかった。


そもそも、全身体強化とわかった時からなんとなく、祐希なのではないのかと思っていた。しかし、そうではないとずっと思っていた。

まさか、自身の先輩が自分を殺しにかかってくるとは思えなかったからだ。


「身体強化魔法一つだけじゃ、渡り合うのは厳しいか......」

「はぁ?お前、前回みたいに重ねがけしてたんじゃなかったのか?」

「違いますよ」


そもそも、能力者の身体強化と魔法による身体強化では大きく違う。

それは、能力者の副作用的な身体強化や能力による身体強化も全て、数式で表せば『足す』なのである。

例えば、祐希の元の身体能力を数値化して、100だとして、身体強化をした場合、+1000されることによって1100となり、身体能力が強化される。

そして、身体強化系の能力者は1段階、2段階、3段階といった感じで強化が可能なのである。例えば、1段階は1000だが、2段階は2000、3段階は3000といった感じで強化することができる。もちろん、これは例なので、段階に比例する訳ではない。

もちろん1段階が1000でも、2段階では3000かもしれない。3段階では10000かもしれない。

魔法の身体強化は『足す』ではなく、『かける』なのである。『積』なのだ。

だから身体強化は確かに魔力の扱い方といった魔法のレベルも必要だが、それ以上に使用者の元の身体能力が高いことが必要なのである。

だから、基本的には魔法の身体強化は身体能力が高い者が使えばとんでもないものになるし、逆に低い者は能力の身体強化を使った方がいいのである。

もちろん、魔法とは違い能力というのは生まれた時点で決まっていて、変更などは基本的に無理だ。


祐希は身体強化系能力者の中でも異質だった。

確かに1段階目でも相当な強化だが..............


———2段階、3段階の強化度合いが膨大なのだ。


「重ねがけするか....」

康輔はもう1枚、身体強化魔法を使った。

「いや、あと1枚」

さらにもう1枚、身体強化魔法を重ねた。

そして、両者は息を吸い込み......駆け出した。

もはやリンすらも1枚だけの"小動物の目アイ・センス"では2人の動きを追うことができない。

両者共に急接近した。先に攻撃を仕掛けたのは祐希だ。

剣による、斬撃の嵐を繰り出す。

しかし、康輔は"気づけぬ幻影ファントム"を使わずに体を逸らしながらそれを全て避けきってみせる。

しかし、避けた斬撃は空気の斬撃となり、円を描き康輔に襲いかかってくる。

しかし.......

「"氷の城壁スリート・ムーロ"」

氷の壁が康輔の背中から出現し、すべての空気の斬撃を受け切る。

「うへっ....まさかのまだまだ魔法あるのかよ.....」

「今の俺は物理系と身体強化系だとでも思っててください」


康輔が現在することができないのは、上級魔法と少しの中級魔法である。

上級魔法は主に、数や威力が急激に上昇している中級魔法や、概念などを操る魔法である。圧倒的に上級の方が強い。もちろん使い方や上級によっては中級の方が強い可能性もあるが。


「まだまだ魔法あるんだろ?」

「当然です」

「めんどくさ......」

「でも氷って氷華みたいでしょ?見飽きてるはず」

「...........そうだな」


康輔が今までで氷魔法がメインだった理由は簡単で、康輔の属性の適性は全属性であるが、その中でもとびきり適正だったのが、氷属性だったのである。


※めんどくさいのでここからは空気の斬撃を斬投ざんとうという名前にします。


そして祐希はこの前のように体力を消耗させるために距離を少しだけ取り、斬投を大量に繰り出してきた。


しかし、もはやこの前と今の康輔は別人と言ってもいいほど魔力がある。

「このまま避け続けても.....ダメか」

康輔は祐希の方に目線をやる。

「なんだ....?」

祐希がそう呟いた瞬間、康輔が目の前に現れたかと思ったら、ジリジリと近づいてきた。

「......っ⁉︎」

康輔は"気づけぬ幻影ファントム"を連続使用することによって、瞬間移動の真似事をしていた。

目の前に幻影を出現させ、瞬時に入れ替わる。

これは正直リスキーである。

イメージが間違えば別のところに出る可能性もあり、さらに斬投が飛んできている。

康輔の空間把握能力と魔力量の多さによって初めて成功する技である。


今回は、祐希は手に剣を持っている。

この攻撃は防げない。

右足のつま先を上げる。つま先の地面から、氷の槍が出現する。

「"凍結せし槍ブリザード・アクス"」

それは祐希に当たった.......が、針は祐希に刺さることはなかった。

なんて、硬さなのだろうか。筋肉質強化されすぎだろ....と思った康輔は瞬時に"気づけぬ幻影ファントム"で距離をとる。

祐希の蹴りが康輔目掛けて繰り出されたからだ。

「あっぶねぇ....」


普通に重ねがけしていなかったら、首が刎ねられかねない威力。

当たっても"自然治癒ヒール"があるからなんとかなるとはいえ、無理に消費するのは良くない。

魔力切れは魔法使い、魔女にとって最も気をつけなければいけない現象である。

俺らの体には魔力があるが、魔力が体にあるうちは普段通りでいれるのだが、魔力が切れてしまうと激しい息切れを起こし、立てなくなる。それだけは何としても避けなくてはならない。

相手からすれば、魔力切れを起こした魔法使い....魔女なんぞは簡単に首を刎ねられるし、心臓を突くことができる、赤子に近いものなのだから。


「埒があかねぇな....」

そう祐希が言った瞬間、さらに空気が張り詰まった。

もう1段階、ギアを上げたらしい。

目にも止まらぬ速さで祐希は急接近してくる。

なんとかギリギリ避けるも......

「....っ」

康輔は確かに避けたが、頬に傷ができてしまった。


避けただけで、この威力とか.........


「"小さき爆発ボム"!」

康輔と祐希の間に火の玉のようなものが出現する。

康輔は同時に"気づけぬ幻影ファントム"を使いその場を離れる。

次の瞬間、火の玉は爆発した。祐希はまともに爆発を喰らった———はずだが......

「は?」

煙から出てきたのは、傷が全くついていない祐希だった。

やはり、ポテンシャルだけでいえば化け物のようだ。

祐希も攻撃を仕掛けてくるが、康輔も学習する。祐希の攻撃をギリギリではあるが、避けていた。

避けてはいるものの、やはり風圧によって少し傷ができてしまう。


......"自然治癒ヒール"を使うか....?それともまだ待つか....?


再度祐希が攻撃を仕掛けてくる。

左....そう思った康輔は右に避けた———しかし、康輔に祐希の蹴りが康輔の鳩尾にヒットした。

「......っ!」

声が出ず、そのまま吹っ飛ばされる。

先ほど起きたのは、左にストレートが放たれるかと思ったが......瞬時に右から蹴りが放たれ、そのまま鳩尾に....という感じである。

康輔は吹っ飛ばされる瞬間に、"自然治癒ヒール"を使う。そしてそのまま、吹っ飛んだ先にある壁に足をつけ、バネのようにして、祐希の方へ飛んだ。

康輔はそのまま、祐希へ真正面から攻撃を.........仕掛けず"気づけぬ幻影ファントム"で後ろに周り、攻撃した。

「....後ろっ!」

しかし、それは見破られてしまい、パンチが当たってしまう。

なんとかガードしたのでそこまでダメージにはならなかったが.......。

「お前が真正面から挑むほど脳筋じゃないってことぐらいわかってるんだよ」


くそ......奥の手を使うしかないのか.........?

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