第43話 花は匂えど散りぬるを

———痛みはなかった。

突き刺さった感覚もしない。康輔は目を開けると、その光景を疑いたくなった。

信じたくなかった。その光景を。

「きょ...う..か....?」

康輔に向けられた突きは、1人の少女を貫いていた。

心臓に剣が突き刺さっている。

そして、血が康輔の顔にべっとりとつく。

そして、少女はその場に倒れ込んだ。

その瞬間、康輔の中の何かにひびが入った。それは、言葉では言い表し難い何か。

壁とでも言えばいいのだろうか。それは、康輔の中にある、何かをせき止めていた。壁のひびから、その何かが漏れ出しかけた。

その瞬間、影から見ていたあの女(能力祭の)も、Uも鳥肌がたった。

康輔は現在、全能力が60%ダウンしている。2人は康輔がその状態、つまり本調子でないことを戦う中でなんとなくわかっていた。Bの資料があったおかげだが。

しかし、それでもなお、今この瞬間。

自分達が束になっても殺すことはおろか、引き分けにすら、できないという絶望感に近いものを感じていた。

きっとそれは、禁忌と言っても差し支えないものだろう。

そして、ヒビは漏れ出す反動で広がっていき、壁は決壊...........することはなかった。

「こ...うす...け」

そう、少女が康輔に語りかけたからだ。

その瞬間、康輔は正気を取り戻した。漏れ出したものは中に戻り、壁は元通りになった。いや。ヒビ割れたものに何かが貼られたと言った方が正しい。

2人は、世界を破滅しかけないものが出てくることはなかったと胸を撫で下ろす。

「どうして.....どうしてだよ鏡花」

そんな、悲痛にも似た声で、問いかける。

しかし、帰ってきたのは、無邪気な少女を彷彿とさせる回答だった。

「私...こう..すけを守りました....わよっ...これで貸し1です...わね...」

そっと、鏡花は笑った。その笑顔を康輔は忘れることはないだろう。

そして、鏡花は続けて言う。

「褒め...てくだ...さいましっ...」

....と。


そして———



それが、ひとりぼっちだった少女の最後の声となった。




(お母様、お父様。私、大切なひとを守れましたわ....。話したいこと、いっぱいありますのよ)



———笑顔のまま。その少女は散っていった。




リンが到着していた頃には、そこはひどい有様だった。

血が流れに流れ、地獄絵図とかしていた。そして、そんな地獄絵図の中、中心にいたのは、康輔だった。

リンは、わかっていた。康輔のいた場所が、鏡花の屋敷だったところを見てから。

声をかけることをリンはためらった。

「.........」

そこには、少女の、綺麗だった洋服が赤く、赫く、紅く、緋く。染まっていた。


リンは、長く生きてきたサキュバスである。彼女が知識に長けているのも、長生きの賜物である。

そして彼女は本だけでなく、実際に観にいくことも少なくなかった。

そんな彼女は当然、死というものはたくさんみてきた。それは、老衰によるものだったり、魔族との争いだったり、様々だ。それでも、リンは。

「......なれないのよね。死は」

何度も目の当たりにしてきたはずの死を。

慣れる....なんてことはできなかった。できるはずがなかった。

康輔が動かないことを不思議に思ったリンは耳を澄ましてみる。

すると....


「....ヒー...ル....」

という声が何度も、何度も聞こえてきた。

康輔の声だ。何度も聞いてきているのだからわかる。


無慈悲な魔女は、冷たくなった少女に———"自然治癒ヒール"を永遠にかけ続けていた。


その努力が実ることを———願って。


もう一度、少女の目を......開けさせるために。


そんな光景をリンは黙って眺めていることしかできなかった。

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