第1話ー3


 元々自分が渡した資材の用途が怪しいと思っていたと、駿は証言した。

 他人に危害を与えるためではないとしつつも、秘密裏に犯罪へ加担させられているのではと訝しんだ彼は、その疑いが固まった時に備え、あらかじめ細工を施していたという。

 生憎にも、確信を持つ前に永久たちに取り押さえられたことで自身の犯罪容疑は確定してしまったが、事前の細工が無駄にならずに済んだのは不幸中の幸いだったと彼は思ったことだろう。

 当然、その備えを実行されたことに二人は怒っていたが、その場で彼を説教をする時間はなかった。

 警察から緊急時用の無線機へ飛び込んできた応援の要請――近くの地区のデパートの地下で起きた爆発騒動、ならびに何者かの集団によるデパートの占拠による立てこもり事件発生の報を受け、永久と刹那はそちらへ急行した。


   *


「この子、別件の補導対象者。監視しておいて」

「分かりました」

 車から出る際、出迎えた警官とそう言葉を交わしてから、永久と刹那は立てこもり現場であるデパートに目を向ける。

駿を預け、警察以外の立ち入りは規制がかかる現場へと二人は身分照会を済ませて進んでいく。

警官が多く詰める前線で、すれ違いざまにその一部と軽い挨拶を交わしていきながら、彼らは最短経路で現場指揮官たる警官の元に辿り着いた。

すでに面識のある人物であったことが功を奏し、向こうも警察の制服ではないスーツ姿の二人に不審がる様子はない。

軽く頭を下げ合うと、二人は事件が起こっているデパートへと視線を向けた。

「状況は?」

「地下で爆発騒ぎが遭った後、混乱するデパート内に武装した集団が侵入した。そのまま客や店員を人質に立てこもっているらしい。その最中、何人かの客たちは攻撃の被害を受けたようだが、幸いにも脱出出来ているものも多く、救急車に運ばれていっている。今のところ、命に別状がある被害ではないと報告を受けている」

「犯人と、現在の人質の数は?」

「監視カメラが切られる前に確認出来た犯行集団の数は、二十名前後。全て外部から侵入したらしいが、ほとんどは簡易なプロテクター類の防具と突撃銃で武装している。ただ、人質についてなんだが・・・・・・」

「どうした?」

 流暢に状況を説明した警官が、不意に言い淀んだため、永久が訝しむ。

 彼は、迷ったというよりも戸惑った様子で説明を再開する。

「はじめは、おそらく百名近くの民間人が人質になっていた。だが、今は二人程度だろう」

「どういうこと?」

「通報を受けた警察が着くよりも先に、中にいた者が人質を救出して、逃がしてくれたそうだ。現在、その二人が代わりに人質になっているか、あるいは犯行集団によって身動きが取れていない線が強い」

 詳細を聞くと、刹那と永久は顔を合わせる。

 立てこもり事件でこのようなケースが起こるのは想定しておらず、二人も若干困惑していた。

「その、二人というのは? 人数以外に分かっていることはあるのか?」

「学生、おそらく童魔だろう。そして救出された人間の証言を聞く限り、おそらく桐ヶ山学園の自警委員会の、委員長と委員の一人のようだ」

 やや苦っぽい口調で返って来た言葉に、永久たちの表情も強ばった。

 その学校の委員長といえば、警察署でも邂逅した黒上瑠璃のはずだ。そして一緒にいる委員とは、おそらく若葉のことだと推察される。

 どういう経緯かは不明だが、たまたま彼女たちもあのデパートにいたようだ。

「それは、確かなのか?」

「あぁ。救出された人質から、片方の学生が光を纏った武装で犯罪者に斬りかかり、その隙に自分たちを逃してくれたと証言がある。制服や魔術から、あの委員長だと判断している」

「なるほど。咄嗟に多くの人質を逃がしてくれたわけか」

 推測混じりの報告であったが、おおよそ流れの想像がつくと、永久は感心したように言う。

 その感想に、警官は微苦笑気味に肩を竦めた。

「どうかね? 署内でも狂犬疑惑かけられてしまっている生徒だからな。結果的に、我々としては大いに助かっているが」

「でも、彼女たちはまだデパートの中にいるんでしょう?」

「あぁ。おそらく」

 刹那の問いに、警官が頷いた時だった。

 デパートの方向から、外部にも聞こえる激しい銃声が響いてくる。

「銃声・・・・・・何階だ?」

 永久が訊くと、「少し待て」と警官は確認を試みる。

 直後、銃声が一瞬止み、そして再び響く。

 その瞬間、暗幕で遮られているデパートの窓ガラスが割れ、ガラス片が宙を舞った。

 永久たちを含め、周囲の警官たちもその様子は視認できた。

「――五階、だな」

「そのようね」

 そうやりとりを交わしてから、永久と刹那はスーツのポケットからグローブを取り出す。永久は次いで、腰に装着しているホルスターにも手を伸ばした。

「署長から、許可は?」

 訊ねられると、彼の意図を警官もすぐ察した様子だ。

「現場判断でいいと。貴方たち二人に関しては」

「寛大ねぇ。正直、そういうことへの手順にはうるさい人ってイメージがあったけど」

「それは・・・・・・分かる。普段から厳つい顔をしているからな。だが、そう見えて署長は結構柔軟な人間だ。でなければ、この島の警察の長など務められない」

「かもな。本土でも、やり手だという噂は聞いていた」

 微かに苦笑を浮かべると共に、永久はホルスターから手を出す。

 その手には、普通のものと比べれば一回りも二回りも大きい、頑強そうな装甲が施された拳銃が握られていた。警察から支給されているものも、ここまで巨大ではない。

「じゃあ、ここは童魔犯罪対応ケースの想定通りで動いていいな?」

「あぁ。まさか、こんな早くこの制圧パターンを実行することになるとは思わなかった」

 呆れでも含むような失笑を漏らしつつ、警官は承認の首肯を返す。

 確認を終えると、二人はおもむろにデパートへと歩き出した。


   *


「若葉。今、何階?」

「五階です。まだ少し、高いですね」

 照明の多くに光はなく、暗幕で外部からの光も遮断されているため、店内は全体的に薄暗い。

 衣服品エリアの一角、会計のカウンターの内側に、瑠璃と若葉は身を隠していた。周囲に掲げられていた売り物の衣類は、一部が戦闘の巻き添えになって破片を散乱させている。

 若葉からの返答に、瑠璃は溜息をつく。

「そうね。この高さじゃ、飛び降りるのもきついわ。この店の周囲、コンクリートジャングルだったはずだから」

「すみません。私が判断ミスをしたせいで」

 若葉が謝ると、瑠璃はギロッと視線を向ける。

「それを本気で言っているとしたら、後で反省文よ。人質を逃がすために最善の手を打ったのは貴女の咄嗟の判断で、それは見事に成功した。確かにこの状況にはなったけど、それは結果論でしかない。あの時に最適解を選んだ貴女を、私は恨みも責めもしない」

「は、はい。すみません」

 若葉が恐縮した様子でまた謝罪を口にするのを聞き、瑠璃は内心嘆息する。矛先は、若葉ではなく自分自身だ。

ただ事実を述べ、彼女の後ろ向きな胸中を楽にしたかっただけなのだが、普段からの態度と今の言い方のせいで、かえって叱責している様になってしまったらしい。

 自身も反省をする必要がありそうだと思う中、若葉が話を変える。

「委員長、怪我の状態は?」

「脇腹のは、貫通したおかげで大したことない。それにかなり端のあたりで、止血もしてある」

「ですが・・・・・・いえ、了解です」

 強がっているのか、本当に気にならないものなのか、若葉は判断に迷うが追及を控える。

 経験上、この場で詮索しても傷の程度は明確に判別できることはないと、彼女も理解していた。

「しかし、こいつらは何なの? 下の階での爆発音と、一体何の関係が?」

「地下の方での火災だと警報でしたが、今のところ火事が起きている雰囲気はありませんね」

「えぇ。第一、火災現場で立てこもりなんてするはずがないし」

 瑠璃の指摘に、若葉も同意する。

 火災現場の占拠など、焼身自殺希望の馬鹿以外するはずもない。それに爆発が不慮のものであったとしても、炎上しているなら煙も上層に昇ってくるはずである。そうなれば一酸化炭素中毒の被害者も出るはずだが、立てこもりしている者たちのやりとりや態度を見たところ、それに対する懸念や焦りはまるで見られない。

おそらく、火災自体が起きていないのだろう。

 そもそも何故立てこもりなど・・・・・・そんなことを思うところではあるが、現在の状況で推理は不可能と二人も割り切っており、疑念はひとまず頭の隅へ追いやっていた。

「とにかく今は、一つでも先に下の階に――」

 現在の事態の打破へ、再確認を若葉と行なおうとした瑠璃が口を噤む。

 それを若葉が不審に思うことはなかった。

 足音を消して気配を極力抑えているが、こちらに忍び寄る人影がカウンターの向こうにいることを感知したからだ。

 童魔として、五感を含めた感知能力に優れた彼女たちでなければ気づけなかっただろう。

 二人は目を合わせ、瑠璃がその手に持ったハンガーを見せる。

 戦闘の最中にどこかで拾ってきただろうそれに、狙いを察した若葉は顎を引く。

 確認とると、瑠璃はカウンター内で最も遠い箇所、横手側の足場の壁めがけてそれを放り投げた。

 ハンガーが壁に当たって軽い音が鳴り響き、近づいていた相手の意識も一瞬そちらに向く。

 直後、瑠璃はカウンターを飛び越えて相手へ躍りかかった。

 瞬く間に接近していた敵との距離を詰めると、その手に握るほのかな明りを発する細剣は相手が持ち上げかけた銃を斬り落とす。銃口を向け引き金に指が掛かっていた突撃銃は、暴発気味に破裂して持ち主を後方によろめかせた。

 得物を失ったそいつは驚愕と痛覚に顔を歪めながら、その双眸に迫る光の姿を映し出す。

 光で染まった防具で頭部や身体全体を覆い、暴発した銃にも怯まず突進すると、瑠璃は勢いそのままに膝蹴りを敵の顎に叩き込んだ。一瞬で肉薄されて体勢を整える間もなかったそいつは、防御も出来ずにその一撃を喰らい、白目を剥きながら宙を舞った。鈍い音を立てながら空中に弧を描き、後方にあった衣服の棚へと衝突すると、そいつは棚をへし折って倒れ込んだ後は動かなくなる。

「いたぞ!」

 一連の激しい戦闘音に、どこからか野太い男の怒号が響く。

 標的の場所を悟り、索敵で散開していた敵集団が、一斉にこちらへ駆け寄ってくる。

 彼らを待ち構えて迎撃する、といった選択を瑠璃たちは取らない。

 数の上でまともに争うのが圧倒的に不利なことは、彼女たちもよく分かっていた。

 すでに自分たちに気づきつつあった一人を仕留めるや、二人はすぐさま逃亡に切り替える。

 向かう先は、下の階へと繋がるエスカレーターだ。周囲の電源は切れているため動いてこそいないが、それでもフロアの奥にある階段を使うよりも距離は近く、下の階へ向かうことは出来るはずだ。

 今の音に対して動く周囲の気配に対し、そちら側には抜き去れるだけの間隙が生じている。

 二人は薄暗い視界に乗じ、すぐさまそちらに辿り着いた。

 だが、敵も逃走を容易に許すほど甘くはない。

 エスカレーターの目前、先にそちらに向かっていた若葉は、急停止の後に横へ身を投げ出す。

 間一髪、彼女のいた場所の床が爆砕された。

 そこいたのは、鋼鉄のハンマーを振り下ろした巨漢である。

 危うく身体を破砕されそうになり、若葉は全身から噴き出る冷や汗を知覚しつつ、男を見る。

「ぐふっ、いい反応・・・・・・」

 やや太めの輪郭の顔に下衆な笑みを浮かべた男は、ハンマーを肩に担いで若葉に足を向ける。

 その横手から、瑠璃が斬りかかった。

「邪魔よ!」

 怒号と共に振り下ろした細剣を、男は巨大な体躯では想像できない身軽さで避ける。同時に、カウンター気味にハンマーを横に振り切った。

 攻撃直後の不意な反撃――ではあったが、ハンマーは瑠璃に届かない。

遮られた。

何もないはずの空間で、男のハンマーは防がれたのである。

 驚愕によって瞠目した男は、直後体勢を整えた瑠璃の斬撃を喰らう。振り下ろしからの斬り上げの軌道による閃撃は、完璧ではないが巨漢を捉えると、彼が咄嗟に防御をしたこともあって大きく後ろへ飛び退かせる。

「若葉!」

「はい!」

 瑠璃の呼びかけに、意図を察して若葉も駆け出す。

 巨漢を後ろへ弾いたことで道が開くと、二人は追撃することなく下の階層へ向かおうとする。

 だが、直後鳴り響いた銃声で、若葉が転倒した。

 瑠璃はその音に振り返ると、一瞬も迷うことなく若葉の元へ進路を変える。

 続けざま放たれる無数の銃声と、射出される凶弾から彼女を庇うようにその身を抱きかかえると、瑠璃は床に身を投げ出す。瞬時の判断、そしてなり振りを構わずの行動で、その証明に彼女は不格好にも商品の衣類を積んだ棚に自ら突っ込み、鈍い音で棚を壊しながら、そこに置いてあった衣服を辺りへと散乱させた。

「ッ! 若葉、どこをやられた?」

「すみません・・・・・・足を、撃たれました」

 切羽詰まった問いかけに、若葉の声は痛みを堪えているため辛そうだった。

 ほとんどの敵が突撃銃や機関銃の類の銃器を持つ中、その一撃は狙撃銃のものだったのか、精密に彼女の脛付近を撃ち抜いていたのである。

 先の巨漢を含め、二人が逃亡経路でそこを使うのを先読みした上で待ち伏せしていた者がおり、その者による攻撃だったのだろう。

 若葉の負傷を直接に視認はしないが、およその状態を推測し、瑠璃の表情は厳しくなった。

 走るのはおろか、歩くことも難しい怪我を負わされた若葉と共に脱出するのは、ほぼ不可能だ。

 かといって、周囲の敵の数はまだ十を下っておらず、この環境でそれらを一人で相手にするのも難しい。

否、正確には瑠璃一人でならばどうにかなっただろう。

しかし負傷した若葉がいる状況では、彼女を放置して戦うのはリスクが高すぎる。動けない彼女が見つかれば、良くて人質にされるだろうし、悪ければその場で嬲り殺しにされかねない。

 敵集団は銃で武装しており、それが自分たちを包囲するように動いている。

冷静に分析すれば、現状はほとんど『詰み』と形容してもいい。

 しかし、だからといって瑠璃は諦めるほどやわでなく、判断も早い。

「若葉。ここで気配を殺して隠れて、自分の周囲に遮断の障壁を張っておきなさい。周りは、私がどうにかする」

「ですが――」

「今はそれしかない。命令よ」

 有無を言わさぬ口調に、若葉は反論の言葉を飲み込んだ。

 この状況が自分の失態だと認識しているのか、若葉は強く反発することはしない。

 その反応を見て、瑠璃は立ち上がり、周囲に姿を見せる。

 周りをぐるりと視認すると、暗がりの中には武装した男たちが多くいた。

 見た目や手にした得物からして、一般社会に溶け込めているとは思えない者たちで、ほとんどは銃で武装しているが、中には先の巨漢のようにハンマーや鉄パイプを持っている者もいる。

「追い詰めたぞ、メス餓鬼が」

「きひひ、嬲り殺しにしたやる!」

 完全に相手を追い詰めたと確信している様子で、一部からはそんな言葉を聞こえる。

 状況的に正解であるが、それが不快だった瑠璃は鼻を鳴らす。

「この程度で私たちをどうにか出来ると思っているなら浅はかな連中ね。その自惚れ、今から叩き潰してあげる」

 そう言うと、瑠璃は劣勢にもかかわらず不敵に笑う。

 強気なその態度に、しかし相手も怯まない。ただの虚勢に過ぎないと、彼らは疑っていないのだろう。

 獰猛に強がる獲物を前に、男たちは油断することなく間合いを測る。

 一方で瑠璃も、相手が先に動いた際の反応と、隙を見出せる瞬間に備え、集中力を高めていく。

 互いにすぐにこそ動かないが、一瞬で状況が変わりかねないという緊張感が、辺り一面を支配していた。


 窓ガラスが爆砕する音が響いたのは、その時だった。


普段なら、屋外の景色が一望できる壁際の窓が激しく割れ、同時に何かが屋内へと飛び込んでくる。位置的にエスカレーターと近い場所で、瑠璃も男たちも、何事かと視線を向けていた。

そこでは、一人の女性が両手をぶらぶらと動かしながら歩いてくるところだった。

「・・・・・・ふーん。なるほど、こういう状況か」

 突然の闖入者は、眼前の光景に状況を整理するためか、少しだけ考えるように目を細めた。

 その人物――長尾刹那の出現に、他の者たちは揃って怪訝な顔をする。

 どうやって窓ガラスを割ったのか、どうやって五階まで外から到達したのか、どうして傷はおろか汚れも全くない状態で飛び込んで来られたのか・・・・・・疑問は尽きない。

 だがそれ以上に、彼女を知らないどの人物も、今の彼女を見て本能的に感じたことがある。

 

この女は、『常識外』だと。

 

何故そう感じたのか、具体的には理性を働かせて考えても分からない。

 ただひたすらに全員の直感が、そういう印象で一致していた。

 一方で、眼前の人間たちにそう感じてられているのを知ってか知らずか、刹那は薄ら笑う。

「これなら、アイツを待つ必要もなく終わりそうね」

 その笑みは、獲物を見つけた肉食獣・・・・・・などの残虐性はない。

 適切に表現するなら、遊び道具を見つけた童児のような表情だ。

 無垢にも思え、しかし一抹の恐れと悪寒を感じさせるには充分な顔である。

 咄嗟に、手前の一人が銃の引き金を引く。

 銃弾は轟音とともに射出されると、しかし弾丸のことごとくは天井へと直撃する。

 着弾の衝撃で天井から破片が舞う中、発射した男は、バンザイをする体勢で宙を舞う。

 彼が立っていた場所には、掌を肩まで持ち上げた体勢の刹那が佇んでいた。

 一瞬、しかも何が起きたのか、その場の人間は誰も理解出来ない。

 が、異常な現象であることは確かで、男たちはさらに動揺し、緊張を露わにする。

 直後、いきなり刹那の右手側に陣取っていた数人が、吹っ飛ぶ。

 唐突のそれは、銃で武装した男たち数人を、まるで砲弾の爆破による衝撃でも喰らったかのように、周囲にあった商品の衣服を積んでいた棚へと、複数人を一人が巻き添いにする格好で、粉砕する。その過程で彼らの意識は途切れ、動きが止まった際には皆、力なく手足を投げ出して脱力し、ピクリとも動かなくなっていた。

「な、なんなんだ、貴様ァ!」

 あまりにも常識外の光景の連続に、先ほど瑠璃たちにも襲いかかった巨漢が踊りかかる。

 それを、刹那は見向きもしない。

 男が振り下ろしたハンマーは、目もくれなかった刹那にあっさりと躱される。同時に、ハンマーを振り切った体勢の男の身体が、腹あたりを起点にして『くの字』に折れ曲がり、宙へと跳ね上がった。巨漢の口からは血の泡が吹き出し、背中は天井に勢いよくぶつかると、彼はハンマーをその手から取りこぼしつつ、力を失いながら床へと失墜する。

 一連の光景に、瑠璃は瞠目していた。

 おそらく、何らかの魔術を使っているのは間違いない。

 だが、それが何なのか、全く想像が出来なかった。

 単純に周囲の空気などを利用するなどする、何らかの現象を発生させている魔術なのか、それとも肉体強化などで能動的に自らの手で敵を倒しているのか、それすらも察知できなかった。

 魔術自体が強力なものなのかもしれない、というのもあるだろう。

 だがそれ以上に、目の前の女性の強さ自体が異次元だった。

 その強さ、強いという言葉を超越した暴虐さに、周囲はおののいている。

 特に攻撃を受けている側の武装集団は、仲間を蹂躙されていることから相手が敵だということが明白で、次に犠牲になるのは我が身だということも理解できていた。

 彼らにはここで二つの選択肢があったが、彼らはその一つである『逃亡』を放棄する。

というより、本能的な防御反応が出てしまった。

 彼らは一斉に刹那へ銃口を向け、銃弾を射出する。複数の銃口、複数の角度から放たれた弾幕は、刹那を蜂の巣にするように貫き、手応えなく虚空を突っ切った。

 刹那は、宙へと飛び上がる。

「うざい」

 そう言って、彼女は腕を払う。

 直後、彼女に気づいた男たちの一角が、その腕の動きに合せて発生した突風――いや、暴風による衝撃で床に叩きつけられる。風圧と言うよりも鉄骨でも喰らったかのような圧力、プロテクターなどの防備が役に立たぬほどの衝撃に、彼らの戦闘能力は一瞬で喪失した。

 残る一角は、宙にいる彼女に慌てて銃口を向けるが、銃弾が放たれる時、すでに彼女はそこにはおらず、彼らのすぐ眼前まで迫っていた。

 ぎょっとする彼らだが、そのうちの一人の顔面には、すでに拳が突き刺さる。鼻柱を打ち据えた一撃は、とても女性のものとは思えない威力で、鼻骨を砕いた上で衝撃を男の頭部に余すことなく伝播させる。脳震盪を起こすにも過剰すぎる破壊力で、彼は背中から床に衝突すると、手足を力なく伸ばした体勢で失神した。

 その結果を見届けることもせず、刹那は次の敵の間合いに踏み込んでいた。

 鉄パイプ持ちのそいつは、反射的にそれを薙ぎ払うが、身を沈めた刹那の頭部をあっさりと空振った。刹那はそいつの懐に潜り込むと、彼の鳩尾あたりへ掌底を突き出す。続いてそこから発生した衝撃波は、人体急所を衝撃で貫かれた彼を悶絶させ、あまりの威力に一瞬で視界をブラックアウトさせる。目を開いたまま意識を失い、彼はさっと横に身を引いた刹那の前で、顔面から床にぶつかって、倒れ伏した。

 そいつにもやはり目をくれることなく、刹那は最後の一人を見る。

 視線が合うと、男は悲鳴を噛み殺した顔で、銃口を向けた。

 微動する銃口に眉一つ動かすことなく、刹那は青ざめる男に狙いを定める。

 が、彼女の手が下されることはなかった。

 男の背後から、別の人物がその後頭部を掴み、床に思い切り叩きつけたからだ。

 不意打ちとその攻撃の速度と威力に、そいつもまた即座に戦闘継続が不可能となり、鼻腔や口の端からは血の糸を垂らしながら、白目を剥いて意識を無くしていた。

 更なる乱入者によって最後の一人が倒される中、刹那は驚きではなく、意外そうに目を丸める。

「あら、早いわね。そっちは徒歩のはずなのに」

「お前が飛び込んだ時点で戦闘が始まるのは想像がつくからな。ちょっとだけ急いだ」

 どうということもないと、倒した男の頭から手を離して立ち上がり、永久は応じる。

 彼もどこにいたのか、あるいは駆けつけてきたのか、気づいた時にはそこにいた。

 客観的に見れば驚きや疑問は浮かぶはずだが、当人たちからはそんな様子は微塵も窺えない

「それで、彼女たちは・・・・・・と」

 スーツの皺を整え、永久は瑠璃の方へ目を向ける。

 半ば茫然とした様子で佇む彼女と、その背後の床の上で同じく愕然と口を半開きにしている若葉を見つけ、永久はにっこりと笑う。

「やあ。二人とも、無事かな?」

 相変わらず明るく、友好的に永久は笑いかける。

 親しげに笑いかけているだけだが、二人にはその笑顔が今し方の戦闘の光景もあり、今はどこか不気味な印象にさえ受け取れていた。

 そんな彼女らの心中を露とも知らず、永久と刹那は二人へ歩み寄ってくる。

「ん? そっちの子、怪我しているじゃない」

 近づいたことで、刹那は若葉の怪我に気づく。

 足を負傷していた若葉は、その指摘にやや遅れて苦笑した。

「は、はい。すみません、お恥ずかしいところを・・・・・・」

「そんなことはどうでもいいわよ。ほら永久、早く診て」

「分かっている」

 急かす刹那に永久は頷くと、若葉の横に膝を突いた。

 そして、目を丸める彼女の前で、平然と彼女の足に手を伸ばし、じっと見始めた。

 当然、うら若き乙女は顔を赤くして慌てる。

「え、ちょ・・・・・・!」

「安心して。応急処置するだけだよ」

「そいつ、医療用の魔術の使い手よ。別に変なことするわけじゃないわ」

 羞恥と動揺の反応を見せる若葉に、二人は落ち着きを払った声で告げた。

 その説明で若葉は多少警戒を解いたのか、永久にしっかりと怪我を見せる。

 傷の具合に、永久は少しだけ真顔になるも、すぐに微笑みを浮かべた。

「弾が掠った、というよりも軽く抉った程度みたいだ。これなら、すぐ治せる」

「は? 抉ったって、もしかして一部が・・・・・・」

「うん。欠けているね」

 さらりと返され、瑠璃はぎょっとする。

 足を負傷したことは何となく察していたが、まさか一部肉が欠けるほどの重傷だとは思ってもいなかったのだろう。さしもの彼女も、動揺は隠せない。

 だが、すぐに永久が言った台詞を思い出し、顔には不審の念を浮かぶ。

「今、治せるって言った?」

「あぁ、そうだよ。最初だけ少し痛いかもしれないけど、我慢して」

 そう前置きして、永久は若葉の傷に指先を触れた。優しくはあったが怪我を刺激された若葉の表情は強ばるも、直後それは訝しげな様子に変わった。

 その反応に瑠璃も疑念を抱くが、視線を落とすと目を丸める。

 若葉が負傷した箇所と思しき部分は、ソックスが破けた上に周りが血で滲んでいた。

 が、その中心である負傷部分は、何事もなかったように綺麗な肌をしていたからだ。

「はい。治ったよ」

「え・・・・・・えぇ?」

 永久の言葉に、治療を受けた若葉自身が一番驚いたような反応をみせる。

 未だに信じられないといった様子で、彼女は自ら負傷した場所に触れ、そこがなんともないことに茫然としていた。

 医療用の魔術、と刹那は説明した。

 だが、治療魔術とは言え、こんなに早く傷が塞がるものではない。それに最初の診断では、肉の一部が欠けているほどのものだったはずだ。

「どういう、魔術ですか?」

 あまりに次元の違う魔術だと感じ取ったのか、瑠璃は尋ねる。

 それに対し、永久は返答のため口を開きかけるが、何かに気づいた様子で視線を下げた。

「あれ? 君、その脇腹って怪我している?」

「え? えぇ、まぁ、はい」

「ちょっと診せて。その様子だと大丈夫そうだけど、念のために」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ん? どうした?」

 瑠璃も負傷していることを見抜き、応急処置なり治療なりを施そうと考えた永久だが、瑠璃が応じる様子もなく、じっと鋭い眼で見下ろしてきたため小首を傾げる。

 瑠璃は、そんな彼に言う。

「やめて。セクハラですよ」

「いや、なんで?」

「同意を得さえすれば女性に何をしてもいいと思っていますか?」

「いやあの・・・・・・俺はただ怪我の具合見て治療が必要か確認したいだけなんだけど?」

「黙れ変態」

「なんで?」

 妙に当たりが強く拒んでくる瑠璃に、流石に永久も訳が分からないといった反応になる。

 彼は、助けを求めるように刹那へ目を向けた。

 視線を受けると、彼女はほくそ笑む。

「おやおや~。未成年に淫行を働く気ぃ、おっさん」

「黙れ。あと俺がおっさん判定なら、同い年のお前はおばさんということになるぞ」

「アァ? てめぇこそ黙れ。私はおばさんではない。大人のお姉さんだ」

「なるほど。後ろに鍵括弧つきで『笑』の文字が入る感じの、アレか」

「ほう・・・・・・そんなに死にたいのか、てめぇは?」

 何故かいきなり、この状況で両者の口喧嘩が始まる。

 しかも、いい大人のくせに中身が低レベルな内容であった。

 互いに目つきを険しくして剣呑な空気が漂っているものの、先ほどの戦いっぷりに比べたら大したものではない。

 睨み合う二人に、若葉と瑠璃は戸惑いつつ目を合わせる。

 そして、もう一度彼らを見た。

「お二人は、随分と仲がよろしいようですね」

「は? なんでそう見えるのよ?」

「こいつとはただの腐れ縁だよ」

「腐れ縁、ね。大人って、そう言った関係をそんな表現するのが好きなんですね」

 永久たちの回答に、呆れ混じりで瑠璃が言うと、若葉もぎごちなく微苦笑を浮かべた。

 すると、彼女たちの言葉に二人はきょとんとする。

「ん? どういうこと?」

「いや・・・・・・だって貴女がた、そういう関係なんでしょ? 詰まるところ」

 改めて瑠璃が指摘すると、それを聞いた二人はますます訳が分からなくなったように、眉根を寄せる。

終いには顔を合せて、首を傾げ合うほどだ。

「どういう意味?」

「さあ・・・・・・あっ」

 互いに困惑していたが、やがて永久が何かに気づいたようだ。

 そして、あまり笑えないような様子で、強ばった笑みを浮かべる。

「いや、そんな風に思われるとは考えてもみなかったが・・・・・・。勘違いする人間もひょっとしたらいるかもな、こいつとの場合」

「は? 永久、どういうことよ?」

「残念ながらね、俺とこいつはそう言う関係じゃないよ」

「だから何を言っているのよ、さっきから」

 未だ、何のことかが分かっていない様子の刹那を無視し、永久は瑠璃たちに言う。

 その返答に、二人も刹那のことはあまり気に留めず、永久へ不審そうな目を向ける。

「でも、それにしては随分と距離が近いですよね?」

「さっきの口論とか、明らかに赤の他人とするものではないはずでしょ?」

「まぁ、全くもって赤の他人というわけでもないから、ね」

「では、実際は何だというんです? 幼馴染み? それとも親戚とか?」

「惜しいけど、ちょっと違うね」

 淡い苦笑を浮かべてから、ふと何かに思い至ったように黙り込む刹那を横目で一瞥してから、永久は頬を掻き、なんとも言えない顔で答えた。


「こいつ、妹なんだよ。それで俺は兄。同い年なのは、双子だから」


 数秒、その場に静寂が流れる。

 その後、若葉と瑠璃が同時に「は?」と声を裏返らせるのと、事の次第に気づいた刹那が八つ当たりでもするかのように裏拳を永久の腹へ打ち込むのは、ほぼ同時だった。

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