第1話ー2

   *


「お前も軍隊に属していたならば、組織内の規律の重要性は理解しているはずだ。無用な混乱は避けるべきだということも」

 蓬莱島警察署の署長であり、島全土の治安維持を任せられている西郷太道は、初老の域にあるも威厳に満ちた迫力を備える男だ。警察官の長だが、身に纏う空気は軍人の将官を連想させ、戦いに身を置いたことのない人間ならば一睨みされただけでも震え上がって身動きも取れなくなるほどに重い。

 魔術大戦と呼ばれる近年の世界大戦の最中、人為的に出来上がったこの蓬莱島には、本土より多くの童魔やその関係者が移住している。魔術の使い手でもある彼らは、その幼さから魔術を悪用して犯罪に及ぶ者も少なくなく、島内の治安を悪化させる大きな要因となっていた。

 蓬莱島の警察は、そんな彼らに対抗や捕縛などに当たることが多いこともあり、従来の警察に比べても明らかに荒事への対応能力も高い。それを率いる者にも、それなりの能力が必要となってくるのは自明の理と言えよう。

 蓬莱島が童魔たちの移住地となった頃より蓬莱島警察の重鎮たるこの男の実力は、そんな背景からも容易に推察できる。

 彼の眼光を、立場としては部下に近い永久は、特に緊張もなく自然体で受け止めていた。

 失礼なわけでも慎ましやかなわけでもない彼の態度に対して、太道は淡々と続ける。

「桐ヶ山学園の自警委員の検問に無断で立ち入って職務を妨害した、そう取られてもおかしくない行為をしたという自覚は?」

「そう取られても仕方がないでしょう。ただ反論としては、事前に署内の人間に抜き打ちの実地検分をしたいと相談したところ、許可が下りた事情があります」

「それは知っている。だが、現場に混乱を招いたのも事実だ」

「その件については、申し訳なく思っております」

「・・・・・・分かった、もういい。経過内に問題はあったが、結果的に彼らと協力し、また敵の謀略から守ったのも事実だ。本件については不問だ。以後、気をつけるように。下がっていい」

 落ち着いて抗弁する永久に、太道も思うところがあったかもしれないが、追及もそこそこに話を切り上げる。

 確認が終わると、永久は一礼をして署長室を出て行く。

 彼の後ろ姿が扉で遮られたのを見て、太道はしばらく黙り込んでいたが、ふと失笑する。

 普段の彼を知る者でも、ほとんど見ることはない珍しい顔だ。

「間違いなく優秀だが、生意気で抜け目ない二人か。なるほど、確かにその通りのようだな」

 呆れているようにも感心しているようにも取れる呟きを、太道は思わず漏らすのだった。


   *


 署長室を後にし、しばらく経つ。

 署内を移動していた永久は、前方で廊下の角を曲がってくる二人の少女に気がつく。

 相手も同じく永久に気づいて、どちらも驚きと共に緊張めいたものを顔に浮かべた。

 それを視認するが、永久は気にせず朗らかに笑って手を挙げる。

「やぁお疲れ様。今日は昨日の件の報告かな?」

「・・・・・・は、はい。そんなところです」

 応じたのは二人の内、やや上背がある方の少女の若葉だ。

 桐ヶ山学園の学園自治区内の治安維持を任されている自警委員会の一員として、昨日の事件についての報告に出向いていたのだろう。

 永久に首肯しつつ、若葉はやや不安そうな面持ちで横の少女に目を流す。

 そちらにいたのは、色素が薄く茶に近い髪と切れ長の釣り目に強い印象を覚える少女で、目の奥に剣呑な光を宿しつつ、和やかな表情の永久を睨めつけていた。その目つきは、彼のみならず世間の多くを拒絶していなければ出来ない類のものだ。

 そんな彼女の刃のような眼光に、永久は小首を傾げる。

「ん、どうかした? 何やら機嫌が悪そうだけど?」

「貴方に会ったからですよ、諏訪野更生官殿」

 慇懃ではあるが、敵意はしっかりと伝わる声色だった。

 無理もあるまい。彼女は昨日、永久が事前の相談もなく検問所に入った件で、多分の混乱と被害をこうむった桐ヶ山学園自警委員会の委員長を務める生徒だからだ。

 敵愾心を隠そうともしない少女に、永久は苦笑する。

「おや。俺の名前を覚えてくれたんだね、黒上瑠璃委員長」

「えぇ。あの場や署内で、何度も聞いたので。あと、フルネームで呼ぶのは辞めていただきたい」

「分かった。じゃあ、瑠璃ちゃん委員長とでも呼べばいいかな?」

「・・・・・・はぁ?」

「冗談だよ、黒上委員長」

 軽口を叩いた結果、眼光に敵意以上の殺気が浮かんだのを見て、永久はすぐさま修正する。

 桐ヶ山学園の自警委員会は優秀だが、そこの委員長は狂犬めいたところがあると、永久は昨日の時点で噂として聞き及んでいた。

 少女の殺気をいなし、永久は若葉に目を移す。

「そうだ。昨日の原付バイクの補償の件はもう聞いた?」

「いいえ、まだです」

 急に話を振られると、若葉は若干反応が遅れたが首を振る。

「なら、また今度請求書を書いて署へ持ってきてくれ。それを確認してから、署がそちらの学園の口座へ出来る限り早く送金してくれるそうだから」

「はい。分かりました」

 事のついでに永久が告げると、若葉は承諾する。

 その横では、瑠璃が相変わらず刺々しい目つきで永久を見ていた。

「随分と勝手ですね。現場で突然、こちらの移動車両に損害を与えておきながら。責任は貴方個人ではなく、警察に負わせるということですか?」

「委員長、落ち着いてください」

 舌鋒鋭く糾弾する瑠璃に、若葉はやや慌てながら制止をかける。

 一方、永久は目を瞬かせると、口元を綻ばせて首を振った。

「あ、いや。確かに送金するのは警察だけど、決して警察の予算から経費で落ちるわけじゃないよ? 確か、俺の給料から引かれるらしいから」

 苦笑交じりに告げられ、若葉はぽかんと、瑠璃は怪訝な表情をそれぞれ浮かべる。

「そのせいかね、三ヶ月は減給だなんてと言われてよ。困っちゃったね、ははは」

「その割には、その、随分と楽しそうですね?」

 一時的とはいえ、減俸に対するものとしては呑気すぎる口ぶりに、若葉は言葉を選びつつも尋ねた。普通の感覚の人間なら、永久の態度は疑問に思うことだろう。

「別に楽しくはないよ。ただ、別にお金に困ったことはないし、もし危なくなってもアテはあるからね」

「アテ、ですか?」

「うん、そう。あ、ちょうど今こっちに来た」

 そう言うと、永久は二人の背後に視線を向けた。

 若葉たちが振り返ると、そちらからこちらへと歩いてくる女性が目に入った。

 警察署の人間、永久の同僚なのか同じ形のスーツ姿で、凛とした印象の強い女性だ。

 彼女は元々永久に気づいていたのか、何か大きな反応をするわけでもなく、歩み寄ってくる。

 そして、二人に視線を向けて確認してから、もう一度永久を見やった。

 その目は、呆れの色で満たされている。

「おい。署内で生徒をナンパするとか馬鹿か?」

「馬鹿はてめぇだ。どういう思考したらそんな推論が真っ先に浮かぶんだ。島来て早々、不良たちボコして始末書を書く羽目になったお前らしいといえばお前らしい感性ではあるが」

 鼻で嗤うように放たれる女性の罵倒に、永久も同じ態度で反撃する。

 とんでもない勘違いを初対面からぶちかまされた若葉と瑠璃も面食らうが、女性は二人の反応よりも、永久の言葉に怒り心頭といった顔つきだった。

「うるさい。で、実際は何なの? この子たちとはどういう間柄?」

「昨日言った、自警委員会の学生だよ」

「あー。この子たちが・・・・・・」

 説明を受けると、どうやら事前に経緯は聞いていたらしく、彼女は納得する。

 続いて、彼女は二人に対して軽く会釈した。

「挨拶が遅れたわね。私は長尾刹那。そこの永久と同じ童魔更生官として赴任した者よ」

 そう言って顔を上げると、先ほど永久に向けたものとは対照的な、友好的かつ親しみやすそうな微笑みを浮かべていた。

 裏表もなさそうな人の良さそうな笑みに、二人も頭を下げる。

「藍木若葉です。桐ヶ山学園委員会の一員です。で、こちらが――」

「自警委員会の委員長の黒上瑠璃といいます」

「二人ともよろしく。童魔が絡んだ事件で何か困ったことがあったら、気兼ねなく相談して頂戴」

 少し様子見するような二人に、刹那は気を悪くすることなく好意的な雰囲気を全開に言う。

 なんの毒気もない、純粋な好意に満ちた言葉だった。

「正直言って、そこの奴へは頼りづらいと思うから。代わりに私とは仲良くしてね」

「人を信用のおけない何かのように扱うのはやめてくれないかな?」

「いや、アンタの言葉やら立ち振る舞いは、一般的には胡散臭すぎるから」

 若葉たちへのものとは裏腹に、刹那は永久に対しては容赦なく毒舌を浴びせる。

 その攻撃性は、彼に険悪な態度だった瑠璃も思わず口を噤むほどのものだ。

「というか、この子たちと雑談する暇があるなら、手伝ってほしいんだけど」

「手伝うって、なんの仕事だ?」

「今朝に調査するって言っていた人たちからの報告を待ってたでしょ。それ」

「あぁ、あれね」

 具体性のない会話だったが、二人の間ではそれだけで意思疎通が出来ているようで、特に怪訝そうな顔色を浮かべることなく会話が進む。

 永久は刹那から、若葉たちへと目を戻した。

「じゃあ、俺もそろそろ仕事に戻るよ。また、何かあったらよろしく頼むね」

「こいつが何か迷惑かけるようだったら私に連絡して。じゃあ、また今度」

 親しみを込めて言葉を投げた後、二人は若葉たちからの返事もそこそこに、この場を離れていく。その際、何やら永久が刹那に不満を口にしているのと、それに刹那が唇を尖らせて何か言っている様子が見て取れた。

 二人を見送り、若葉は訝しげな顔で瑠璃を見た。

「委員長」

「なに?」

「あのお二人、やけに距離間が近いように思えたのですが。その、やっぱり――」

「珍しいわね。貴女がそんなこと言い出すなんて」

 軽く目を丸めながら瑠璃が言うと、「か、からかわないでください!」と若葉は微かに頬を赤らめて声を荒げた。

 小さな冷笑を浮かべて、瑠璃は顎を引く。

「まぁ、別におかしなことではないんじゃない? 一緒に本土から来た同僚だし、そういう関係でも」

「そ、そうですか。やっぱり、そういうことですよね」

 少したじろぎつつも、若葉は得心が言ったように頷く。

 特にその手の話題に興味がないわけではないが、今回は自分が感じた疑念と推測が当たっているかが不安であったため、横にいた瑠璃に確認したかったのだ。瑠璃も本人の性格上、色恋沙汰に詳しいわけではないだろうが、少なくとも自分よりは洞察力はあると若葉は思っている。

 遠ざかる童魔更生官たちの背を再度確認してから、二人も警察署を後にすべく踵を返した。


   *


 客こそ少ないが落ち着ける雰囲気の良い喫茶店だと、入った瞬間に二人は思った。

 複数の系列店での運営の方が人手も利益も多いだろう近年では、個人経営の飲食店は少なく目立ちにくいが、一度ついた常連客は離れにくいという話があるのも納得がいく。

店内は、そういった居心地の良い雰囲気に満ちていた。

 そんな感慨を抱きつつ、刹那はカウンター席の奥で品物の整理をしていた店長らしき男性に近づく。

 彼女に気がつくと、男性は顔を上げて会釈する。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「いえ。申し訳ありませんが、少しだけ騒がしくいたします」

 そう断りをいれられ、店長は眉根を寄せるが、直後店内に響いた激しい音にぎょっとする。

視線の先では、客席の近くで一人の少年が男に組み伏せられていた。

 瞠目した店長が刹那に振り返ると、彼女は手帳を提示した。

「申し遅れました。蓬莱島警察所属の童魔更生官です。犯罪に関わった疑いのある童魔がここに来ていると情報を得たため、今し方拘束いたしました。迷惑をおかけしますが、しばらくの間ご協力ください」

「・・・・・・なるほど、分かりました。あの、知らずに店へ入ってしまう客がいるかもしれないので、店頭の看板を変えておきたいのですが」

「はい、大丈夫です。ご協力感謝いたします」

刹那が頷くと、少なからず動揺を表情に浮かべながらも、男性はカウンターから出て店頭に向かう。その動きや態度に不審な点はないと判断してから、刹那は容疑者である童魔を取り押さえている永久の元へ移動した。

永久に取り押さえられているのは、高校生ぐらいの少年で、容貌はあまり目立たない黒髪黒瞳である。体型も中背で目立った体格ではなく、やや目つきが鋭いところこそあるが、悪目立ちするタイプではない容姿だった。

取り押さえられているということは逃げようとしたのだろうと推測し、刹那はこちらに視線だけ向けていた永久と目を合わせる。

「情報にあった子?」

「あぁ。もっとも、本人はまだ認めていない。写真通りなら本人だが」

 事前に警察署で見た情報に触れる永久に、刹那も反論はない。

 警察の捜査での情報が誤りでないかぎり、こちらを見上げて睨みつけている少年は、間違いなく当人だ。

「一応訊くけど、貴方は岩地高校一年の本居駿くんよね?」

「人の名前を聞く前に、自分の名前ぐらい名乗ったらどうだ?」

 忌々しげな声色で応じる少年に、刹那は目を瞬かせた後、永久を見る。

「まだ名乗ってないの?」

「俺は名乗った。お前の名前を訊いているんじゃないか?」

「そう。私は長尾刹那。よろしくね」

「自分たちの正体を名乗れって言ってんだよ!」

 にこやかに挨拶する刹那に、少年は怒号を返した。

 その反応にきょとんとしてから、刹那はとりあえず手帳を出す。それを見て、少年は双眸を更に鋭く細める。

「警官か?」

「いえ、童魔更生官。所属は確かに警察署だけど。聞いたことぐらいはある?」

「あぁ、童魔たちの犯罪の対処に特化したとかいう、アレか」

 刹那の説明はかなり雑だったが、少年は思い当たる知識を持ち合わせていたようだ。

 苛立ちと怒りも窺える反応を前に、刹那は気を害す様子もなく微笑む。

「じゃあ、ひとまずこの場でも取り調べするわ。逃げないと約束するなら、席に座らせてあげるけど、どうする?」

「断わったら?」

「このまま拷問――じゃなかった尋問ね」

「ひどい言い間違いだな~」

 刹那の発言に苦笑を浮かべて横やりを入れる永久だったが、少年の方はまったく笑えなかった。


   *


「本居駿くん、岩地高校の一年生。入試での成績は優秀だったけど、入学式の後は現在までほとんど欠席・・・・・・」

 少年を取り押さえた現場の喫茶店で、その奥の一席を借りて、永久と刹那は彼の聴取を行なっていた。

 逃げ場のない壁際の席、前とすぐ横に二人がいる状態で、彼は不満と不快さを隠すことなく表情に出したまま腰をかけている。

「で、その裏では武器密売組織への資材の提供を行なっていたと。こういう疑いが捜査の過程で強まったと判断されたんだけど、合っている?」

「お決まりではあるが、証拠はあるのか?」

「この前警察が検挙した密売組織の構成員、そいつが持っていた取引相手の情報に、君の名前があった」

 駿の問いに、答えたのは横に座っていた永久だ。

「そこから確認したところ、実際に取引があったと思われる時間帯と場所の近くにある監視カメラに、複数に渡って君の姿が確認された。それで疑いがより強まったと判断して、俺らがこうして聴取に訪れたというわけだ。他に質問はあるかな?」

「あぁ。一つ、どうしても確認すべきことがある」

「なんだい? 答えられる範囲なら何でも答えるよ?」

 にこやかに、友好的な雰囲気すら醸し出して、永久は言う。

 すると、駿は大きく深呼吸をついてから、口を開いた。

「なぜ、取調中にコーヒーとかパンケーキを注文した?」

 喫茶店でそのまま聴取を行なう事が決まった直後、二人がはじめにしたことがそれだった。注文を受けたことに店頭から戻ってきた店長も流石に面食らう中で、「先に席を指定するのが先だったかな?」と二人揃って反省していたのもおかしな部分だった。

 駿から改めて指摘され、二人は揃って不思議そうな様子で目を点にする。

「え? ひょっとして、コーヒーよりも紅茶が良かった? でもここはコーヒーしかない喫茶店だそうだけど」

「違う」

「それとも、パンケーキよりも何か別の・・・・・・フレンチトーストの方が良かった?」

「違ぇよ」

「そういうことじゃないだろう。きっと聴取と聞いたから、自白を促すのにお決まりなカツ丼を頼むと思っていたんだよね?」

「違うって言ってるだろ」

 とんちんかんなことを言い続ける二人に、苛立ちのボルテージをあげながら、駿は否定を繰り返す。もっと常識的なことを訊いているのだが、二人はわざとか否かシラを切っているようにも見える。それがとにかく、駿には腹立たしかった。

 そんな彼の胸中の苛立ちを、何となくだが察した様子で永久が応じる。

「まぁ、俺たちは警察署にいるとはいっても、お堅い警官ではないからね。さっき君も触れていたけど、あくまで童魔専門の捜査官・戦力、あるいは指導教官だから。彼らみたく、犯罪容疑のある人間への取り調べで食事を奢ってはいけないなんて決まりはないんだ」

「そうか。普通、そんなこと明記しなくても実行する奴なんて想定はしていないだろうけどな」

「なるほど。鋭いね」

 駿が思いっきり毒を吐き捨てたのに対し、永久は素直に感心したように笑う。

 その返答に、文字通り毒気が抜かれたのか、駿は渋い表情で顔を背ける。

「で、話を戻すけど、武器密売組織への資材提供の容疑があることについて、実際どうなの?」

 椅子の背もたれに寄りかかりながら、刹那は尋ねる。

 その表情はまだ柔らかいが、少しだけ目つきは考えを巡らすように細まっていた。

「警察署内では、限りなくクロだと言われていたけど」

「じゃあ、確たる証拠があるわけではないんだな」

「物的証拠はないわね。ただ、状況証拠はあまりに揃いすぎているわ。たぶん、潔白を証明しようとしたとしても、確固たる否定材料が証拠として出てこない限り冤罪の主張は通らないでしょうね」

「そうかい」

 刹那の説明を聞き、駿はやや面倒くさそうに顔を歪める。

 それから少し、二人にじっと見つめられてから、溜息をこぼした。

「配給したのは武器そのものじゃない。武器を作るための原料とするものらしい。というか、俺自身は武器の材料としての用途で提供を求められていたわけではなかった」

「あら、そうなの?」

「意外にあっさりと認めるんだな」

 少し方向性は違うものの、二人は駿の言葉に少し驚いたようだ。

 これまでの言葉や態度から、もう少し抵抗されてもおかしくないと思っていたのだろう。

 すると駿は、嫌味とまではいかないが鼻を鳴らす。

「抗弁したところで、アンタたちが言うとおり状況証拠がーとかで罪を問わるだろ。それよりも、事実として情報を吐いた方が懲罰も軽くなると判断しただけだ。実際、俺も奴らに騙されたところがあるからな」

「ふーん。その様子だと、騙されたことを今知った訳ではない感じかしら?」

「確証はなかったが、数日前から不審感を覚えてはいた。今日こうしてアンタたちに捕まって、ようやく確信がついた」

 そのような供述をした後、駿はかなり腹立たしげに「騙しやがって」と今一度吐き捨てた。

 なかなかに感情的な独白を見せる彼に、二人は視線を合わせる。

 この供述自体がどこまで信用に値するか否か、確認のアイコンタクトだ。

「あの、ご注文の品は・・・・・・」

「あっ。置いておいてください」

 ちょうどその時、戸惑いながらも頼んだコーヒーとケーキを持ってきてくれた店長に振り向き、刹那は品を受け取った。

「まぁ落ち着いて。とりあえずケーキでも食べましょう?」

「アンタたち、俺が言うのもなんだが、犯罪容疑かかっている人間の取り調べをしている自覚はあるのか?」

「それは勿論。ただ、そいつが言ったように、私たちは童魔更生官であって、正規の警察官ではないからねー」

 受け取ったケーキ用のフォークで永久を指しながら、刹那は言う。

 その言葉に、駿の双眸が細まる。

「童魔更生官って、話には聞いたことはあったがそんなものだったか?」

「あら? 前任者は違ったの?」

「少なくとも、前にいたとか言う奴は警察の小間使いみたいだったと聞いている。今月異動があって、新しい奴らが来るとか増員されるという噂は聞いたが」

「あー、なるほどね」

 返事を聞くと、刹那も永久も苦笑する。

 何やら思い当たる節があるのか、二人の反応に駿は訝しむ。

「確かにそいつら自身、個人で童魔に対処できることような大魔とかではなかったはずね。軍人上がりではあるらしいけど」

「軍が大臣に推挙して無理やり更生官としてねじ込んだと言う噂もあったな。この島での影響力を強めたかったんだろ。結果として失敗したわけだが」

「・・・・・・アンタたちとは違うのか?」

 軽く小馬鹿にする、あるいは呆れるように交わされる会話に、不審そうな面持ちで駿は尋ねた。

 顎を引いたのは永久だ。

「前任者はあくまで形式だけのもの、と思っていいかもしれない。元々童魔更生官っていうのは、魔術を扱えることから高い戦闘能力も持つことが多い童魔への対応する目的で設立された役職なんだ。魔術の使い手で人的被害も出しやすいとはいえ、童魔も元はただの子供で、異邦人によって魔術を発現させられた被害者というのが大多数だ。それを童魔という名目で非人道的に扱うのは、人権問題でもあり差別でもある。だからこそ、更生官っていう名称もついている」

「いうなれば、補導した一般の非行少年・少女を少年院で更生させる教官のような側面も持つ特殊な戦闘員、ってところかしらね? もっとも、更生教育はともかく、実際に童魔と渡り合える童魔更生官はまだ少数なんだけど」

 少し長めではあったが、二人は比較的分かりやすいように説明した。

 このあたり、子供たちへの指導も行なう職種としての能力の高さも垣間見える。

「要するに、アンタたちはこれまでの童魔更生官と違い、実際に童魔を制圧できる人間だということか?」

「うん。そういう理解でいいと思うよ」

「ということは、アンタたちも元は童魔――いや、今は大魔と呼ばれる人間ってことか?」

「そうだよ~」

 探りを入れる駿に、パンケーキを頬張りながら、刹那は首肯する。

 童魔は異邦人によって魔術を使えるようになった子供たちを指すが、子供はいずれ成人する。そして、異邦人の出現から二十年以上経ったことで、実際に成人化した者たちも増えてきている。

 そう言う人間を指す名称が、大魔というわけだ。

「魔術の発現は、およそ五歳までの子供に継承処置をしないと出来ないから、今のところ大魔は二十五・六歳の世代が最年長、数も決して多くないけれどね。それにその多くも、魔術大戦時に非人道的な使われ方されたこともあって、余計に少なくもあるけど」

「ちなみに、アンタたちの年齢は?」

「二十五歳。今年で二十六になるけど」

「・・・・・・は? つまり、アンタたち自身も最年長の世代なのか?」

 軽い気持ちで訊いた質問の回答に、駿は思わず聞き返していた。

 それが事実ならば、目の前の彼らは大魔の中でもかなりの上澄みであり、あの魔術大戦を生き残ったことを示しているからだ。

(まさか、あの話は誇張でもデマでもなく、本当のことなのか?)

 不意に、駿の脳裏をある風説が駆け巡った。

 新しい童魔更生官が赴任するという話は、童魔をはじめ島の中でもある程度の人々の間で伝わっており、同時にその人物たちについて別の噂も出ていたのだ。

 しかしながら、多くの人々はそれを誤った情報の類として真に受けておらず、駿もまた全く信じていなかった。

 そんなデマめいた内容が、目の前の更生官の口から出た説明を聞く限り、一気に信憑性が高まってきている。二人の話が、それを裏付ける事実で満ちていたからだ。

「おいおい。年頃の女性に年齢なんて聞くものじゃないわよ?」

 一方、素直に年齢を答えた永久と対照的に、刹那はにっこりと駿に笑みを返してくる。口調は柔らかく口元も緩いが、目つきは据わっていた。

「そんなデリカシーない子はどうなるか、ひょっとして教育的指導が必要かな?」

「教育的指導とはいうが、つまりは暴力だよな?」

「違うよ? あくまで、教育だよ?」

 にっこりと、明らかに裏の意味がある笑みを浮かべながら、刹那は訂正させる。

 どうやら年齢の質問への返答はもとより、その質問自体を拒否するつもりのようだ。

 深追いすれば藪蛇を突くことになると理解して、駿もそれ以上の詰問は控える。

 もっとも、永久の返答自体で、すでに刹那の年齢は明かされていたが。

「さて。じゃあそろそろ質問を先に進めていいかな? さっきまでは、君が犯してしまっている容疑の確認だったけど、それを認めてくれるのなら、情報提供も求めたいな。場合によっては、君への懲罰も軽く出来ると思うから」

 そう切り出したのは、まだ脅しを兼ねた笑みを浮かべている刹那ではなく、永久の方だ。

「具体的には、君が資材を配給した者たちの正体、ならびに彼らの活動拠点などを知っているならば教えてほしい。提供したのが情報や供述通りに武器の原料であるなら、実際に危害を加える兵器になる前に差し止めたいからね」

「・・・・・・悪いが、相手の詳しい正体も、彼らの活動の基地も知らない。資材の提供自体、そういった細かな詮索自体がタブーだったから」

「なるほど。確かに、その可能性もあると思っていたよ」

「ただ、俺が渡した物資の場所については、検討がつく。数日前に渡したばかりだし、連中もすぐには自分たちの管轄外の場所に運び込まないはずだ。そしてそこが、奴らの拠点でもある可能性も高いだろう」

「? さっき、活動の拠点は知らないと言ってなかった?」

 発言の矛盾にすぐさま気づき、刹那は怪訝そうな顔で尋ねる。その疑念を持ったのは、永久も同様だ。

 すると、駿は上着のポケットから携帯電話を取り出す。

「確認だが、すぐに連中の場所が分かった方がいいし、渡した資材も武器に使用されないうちに処分したいんだよな?」

「まぁ、そうだな」

「じゃあ場所を教える」

 そう言うと、彼は机の上においた携帯の液晶画面を操作し始める。その中にあった見慣れないアプリの上に、彼は指先を移動した。

 それから、彼はさらりと告げる。

「奴らの拠点は、今から渡した資材を起爆させる、それで場所は分かるはずだ」

 そう伝えるや、彼は二人が反応するよりも早く、アプリに擬態していた起爆ボタンを押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る