第27話 希はキノコのダンジョンへ突入する

「思ったよりも騒がしいのね。何か楽しそうだわ」


「通常のダンジョンを存じ上げませんが、ダンジョンと言うよりは市場に来ているようですね」


 ボーナスステージと言われるキノコのダンジョン。とはいえ、魔物が蔓延はびこる危険な場所で間違いなく、警戒する希たちは当然の如く慎重に進んでいた。希を中心に用心する護衛の騎士。油断なく周囲に視線を送るセバスチャン。いささか緊張気味だが強力な魔道具を手に持つ希。


 そんな過剰戦力一同の耳に、楽しそうな女性の声が届いたのだ、希とセバスチャンの反応は当然であった。


「お兄様と関係あるのかしら?」


「ギュンター様は護衛騎士1名と潜られておりますが、あちらから聞こえてくる声はかなりの人数です」


「そうよね。お兄様に限って大丈夫だと思うけど、少し急ぎましょう」


 速度を上げた一行は途中に魔物と出会うことなく、大広場にたどり着いた。そこで衝撃的な光景が目に入り困惑する。


「なにごと?」


「凄いですね」


 2人の目に映ったのは、どこぞのアイドルが駅の中で突然ファンに取り囲まれているような状況であった。ギュンダーが何重にも主婦らしき女性に取り囲まれており、それを羨ましそうに見ながら遠巻きに眺める若い女子たちの光景であった。どの女性も目を輝かせており、希の目にはペンライトやうちわが見えるようであった。


「どこのライブ会場よ」


「おい! ユーファ! 助けてくれ!」


「なにごとですのお兄様」


 ギュンターの声には必死さが滲み出ており、呆れた様子の希が近付くと、それに気付いた女性達が一瞬で沈黙する。そしてギュンターの視線を追いかけ、その先にいる希に視線が集中した。


「ひっ」


 「ぐりん」と擬音が聞こえそうな首だけを動かした女性達の視線に護衛の騎士達だけでなく希もたじろいだ。希の声にセバスチャンと護衛の騎士が主人を守ろうと前にでる。


 そして次の瞬間、大広場に絶叫が響きわたった。


「この子、めちゃ可愛い!」

「お姫様みたいな子が来た!」

「執事服を着ている子も可愛いわよ!」

「護衛の騎士様も素敵! 彼女さんとかいますか?」

「さっき『お兄様』と言ったから、この子は若さまの妹さんよ!」

「え? じゃあ兄妹じゃない。チャンスだわ!」


 取り囲んでいたギュンターを引きずるように希たちの元にやってきた女性達が口々に話している。流石の希も反応出来ずに硬直していた。見た目で非武装の一般人だと分かるため強硬手段が取れない一行だが、セバスチャンだけは別であった。


 洞窟に耳をつんざく轟音が響きわたる。


「きゃぁぁぁ!」

「うぉ!」

「きゃっ!」


 希たちを取り囲んでいた女性達は耳を押さえてうずくまり、希も耳鳴りを起こしてくわんくわんして目が回っている。ギュンダーや護衛の騎士たちは踏みとどまったものの、耳は押さえているようであった。

 大混乱の中、音の発生源を確認すると無表情セバスチャンが筒状の道具を手に持っていた。筒からは白い煙が漂っている。


「セバスチャン?」


 いち早く復活した希が困惑しつつセバスチャンに呼びかけると、満面の笑みをたたえ、別の魔道具を取り出しセバスチャンが希に許可を求めてきた。


「ユーファネート様。敵を殲滅する許可を。ユーファネート様に危害が出る恐れがあると判断しました」


「セバス! なんで轟音玉を使ったんだよ! 一般人だって分かるだろ」


「いえ、ギュンター様。このように押し寄せられればユーファネート様が転んで怪我をいたします。もの凄く危険です。ダンジョンごとの殲滅が必要です」


「まずは落ち着け。そして手に持ってる爆裂筒を鞄に戻せ」


 起動装置である線を今にも引き抜きそうなセバスチャンに、ギュンターが慌てて声を掛ける。本当は駆け寄って取り押さえたいのだが少女がしがみついており振り払えないようであった。


「セバスチャン。ステイ」


「はっ。ユーファネート様がそうおっしゃるのなら。ですが、再度不穏な動きをするようでしたら――」


「不穏な動きはないから。ねえ、みなさんそうですわよね?」


 希の問いかけに耳鳴りが収まった一同が激しく頭を上下に動かして同意する。そして恐る恐る希から離れて行こうとするが、歩みが遅いとセバスチャンに睨まれると顔を引き攣らせ全力で距離を取った。なんな中、幼女だけは希にとてとてと近付くと首を傾げ話しかけてきた。


「おひめさま?」


「私はお姫様じゃないわよ。ユーファネートって言うの。よろしくね」


「うん! ユーファネートおねちゃん」


 たどたどしく話しかけてくる幼女に、希はしゃがんで目線を合わせると微笑んで答えた。母親らしき女性が慌てて近付くと娘を抱き寄せ必死になって謝罪を始める。セバスチャンの威圧と、希が高貴な身分である少女だと遅まきながら気付いたようであった。


「あの、ご領主様のお嬢様でしょうか?」


「ええ。ユーファネート=ライネワルトよ。ちなみにそこで皆さんに囲まれていたのは兄であるギュンター=ライネワルトになるわ」


「し、失礼しました! まさか侯爵様のお身内方だとは存ぜず……」


「いいわ。侯爵家の人間がダンジョンに居るなんて思わないものね」


 顔面蒼白で謝罪する女性。その話を聞いて周囲にいた女性たちも慌てだす。そんな様子を見ていた希は鞄からピーナッツクッキーを取り出すと幼女に手渡した。


「はい。食べちゃいなさい」


「いいの?」


 希から手渡されたクッキーをキラキラとした目で受け取り、母親に視線を向ける。混乱したままの女性は娘からクッキーと取り上げようとしたが、ユーファネートの表情を見て問題ないと判断したようであった。

 ぎこちないながらも娘に向かって優しく頷いた。


「お嬢様にお礼を言いなさい」


「ありがとう! おねえちゃん!」


「こ、こら!」


「ふふっ。どういたしまして」


 おねえちゃん発言にさらに焦る母親だが気にしないようにと希は伝えると、自分を見ているセバスチャンに声をかける。


「セバスチャン。全員分の飲み物を用意しなさい。程良く冷めた状態よ。出来るわよね?」


「無礼を働いた者にも寛容かんような慈悲を与えるユーファネート様はなんと素晴らしい。冷めた紅茶ですね。もちろんでございます。ユーファネート様のお望みのままに」


 セバスチャンは希の行動と言葉に感動した様子で目を潤ませつつ優雅に挨拶すると、鞄から敷物や道具を取り出し紅茶の準備を始めた。


「セバスが落ち着いてくれたて良かった。まあ、ある意味セバスのお陰で助かったとも言うがな」


「それはようございました。ところで事情はしっかりと説明してくださいますよね、お兄様」


「俺もよく分かってないんだけどな」


 希の言葉にギュンターは頷くとゆっくりと説明を始めた。

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