第28話 希はヒロインと邂逅する

「それで、この騒ぎはどうされたので?」


「実はさっぱり分っていない。ユーファのためにある程度調べるのは当然だ。まさか、こんな意味が分からない状態になるとは思わなかったけどな」


 希の問いかけにギュンターも首を傾げている。キノコのダンジョンであり、危険はないと思っているが、妹が安全に確認できるよう、間引きを含めて探索をするために馬を飛ばし護衛騎士と共にダンジョンに入った。


 そう聞いた希だったが、実際の光景に笑ってしまう。


「まさかダンジョンで女性に取り囲まれているとは思いませんでしたわ」


「ああ、全くだ。魔物はいないし、なぜか歓声を上げて取り囲まれるし、説明を求めてもろくな回答が返ってこない。困惑していたらユーファが来たって訳だ」


「それはタイミングがいいのか悪いのか」


 希とギュンターはセバスチャンが淹れた紅茶を飲みつつ、クッキーを食べる女性達を眺めていた。希が幼女に渡したクッキー以外にも、侯爵家で開発した庶民向けスイーツも大量に提供しており、ここがキノコのダンジョンでなければ商店前での試食会と言ってもいい様相になっていた。


 それにちらちらと女性の姿も目に入る。


「美味しいわ」

「ユーファネート様が考えられたお菓子だそうよ」

「おいしいね」

「そうね。お嬢様に感謝しないとね」

「騎士様は独り身なのですか?」

「え、ええ。そうですね」


 護衛騎士たちも休憩を命じられており、休憩中の騎士たちに若い女性が群がって質問攻めにしていた。既婚者や年配者はそんな様子を微笑ましそうに眺めつつ、希が提供してくれたスイーツを満喫している。

 ダンジョン内のため、広場から奥に続く通路には魔物を検知する魔道具が設置されており、安全には配慮されていた。そんな安心安全の状態であるため、希とギュンダーも少し気を抜き会話を続けている。


「それで、この方達はなぜダンジョンに来たのかしら?」


「間引きがてら夕食を取りに来られたそうです」


 希が首を傾げ女性たちの行動を考えていると、紅茶を配り終えたセバスチャンが答えてくれた。キノコのダンジョンで発生する魔物は動きが遅く、遠距離攻撃をしてこないので、女性でも複数人で槍のような長い武器で何度も叩けば倒せるそうだ。そしてその行動は食費を浮かす為だとの話である。


「まあ、そうなのね。どこの世界でも家計は大変なのね」


「いや、うちは大丈夫だろ」


 希のため息にギュンダーがツッコミを入れていた。ゲーム知識ではキノコのダンジョンで取れるドロップアイテムはキノコだけであるが、種類は豊富であり肉厚シイタケやマツタケ、エノキにエリンギがあり、ゲーム内らしくフルーツ味のレア種もある。それは家計も潤うだろうとのんびり考えていたいた希だが、別の疑問が湧いた。


「なぜ女性だけ?」


「近場の村にあるギルドは小さく、冒険者たちは別の依頼で遠出しており、男性たちや結婚したての女性は畑仕事で手が離せないとの事でした。なので未婚女性やある程度育った子供がいる女性、年配者が間引きをしているそうです」


「ですが、お兄様はダンジョンは危険だとおっしゃられていました」


「ああ、そうだな。子連れで来て良いところではないな」


 いくら安全とはいえダンジョンは危険だ。そう話しているとセバスチャンが先ほど希がクッキーをあげた幼女の母親を指さした。


「どうやら彼女が数年前まで冒険者をしていたそうです。結婚を機に引退して子育てに専念されていのですが責任者を名乗りでられたそうで」


「なるほどね。元冒険者ならそうなるわよね」


 セバスチャンの説明に希が視線を向けると、幼女の母親が気付いたようで軽く会釈をする。その隣で幼女が希に向かって満面の笑みで大きく手を振っていた。口をパンパンに膨らませる可愛らしい表情に、希は微笑み手を振り返す。


「お兄様。もう一つ、どうしても聞きたい事が……」


 そして先ほどから視線に入れないよう頑張っていたが無理になったのでギュンターの背後に視線を向ける。1人の少女がギュンダーの背後にくっついているように見えるのだ。


「俺にも分からん。本人に聞いてくれ」


 この会話が始まった時からギュンターの背後に少女が居たのだ。セバスチャンから紅茶を渡されても断っており、ちらちらと希に視線を投げかけている。だが、希が視線を合わすとギュンターの背中にすっぽりと隠れてしまう。


「なんで? 私、なにかしたかしら?」


「俺の背後に隠れるなんて怯えているのか?」


 希とギュンダーの言葉にも首をすくめてかぶりを振ると隠れてしまう。そんな少女の行動にキレた人物がいた。


「ユーファネート様の質問に答えて頂けますでしょうか? そもそもこちらに居られるのはライネワルト侯爵家のお嬢様であり、天使で女神と言ってもいいユーファネート様です。ギュンター様ならいくらでも貸しますからあちらへどうぞ」


「おい! 俺もライネワルト侯爵家の嫡男だぞ!」


「いえ、そこはあまり重要ではありませんので」


「重要だよ!」


 セバスチャンの声と迫力に少女は涙目で震えており、ギュンダーは扱いの酷さに声を荒げていた。


「セバスチャン。怖がらせるような言い方をしたらダメよ。私の執事がごめんなさいね。あなた名前を聞いてもいいかしら?」


「フィネと言います。ご無礼ながらユーファネート様は、ユーファネート=ライネワルト様であってますでしょうか?」


「フィネ? どこかで……あ! あなたがフィネなの!?」


 おずおずと名乗った少女に希が大きく反応する。


 「君☆(きみほし)」主人公ヒロインの初期設定名前が「フィネ」であったのを思い出したのだ。パッケージ以外は主人公視点で多く、スチルも男性キャラメインが中心であり、主人公の顔は描かれない事が多かった。

 これはゲームで主人公ヒロインに自身を重ね没入してもらうための開発側のコンセプトであり「主人公の顔は出さないようにしている」と公式情報でも書かれている内容であった。


「後姿がメインだったものね。顔が全然思い出せないのも当然か。レオン様やセバスチャンたちなら、身長や体重や好みにスリーサイズまで事細かなレベルで全てを覚えているのに。ねえ、フィネさん。あなたの身体に花の紋章があるんじゃない?」


「な、なぜそれを!? 家族にすら話した事がないのに! やっぱり、あなたは薔薇の令嬢ユーファネート様なのね!」


 誰にも伝えた事がないミソハギの紋章を言い当てられたフィネは仰天した表情になって胸元を隠し、思わず叫んでしまった。


「誰も薔薇の令嬢なんて言った事がないのになぜあなたは知っているのかしら。ひょっとして転生者なの?」


 フィネが答えた薔薇の令嬢との単語に希も驚きの表情を浮かべていた。転生者は自分だけではなかった。そうなると黒幕令嬢と主人公ヒロインの間で争いが起こるのではないのか?

 自分はかなり原作から逸脱している状況だが、フィネも転生者だとするとそこから巻き返しをされるのではないのか? そんな思いが希の中でぐるぐると回っていた。お互いに沈黙が支配する中、希に問いかけられていたフィネがコテンと首を傾げた。


「てんせいしゃってなんですか?」


「え?」


 キョトンとして首を傾げるフィネに希もキョトンとした表情を浮かべるのであった。

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