第25話 ギュンターがダンジョンを語り、希は出発を決意す

「セバ――」


「はい。お代わりですね。温度は先ほどより少し熱くしておりますのでご注意ください」


「おお、さっきはぬる目だったが、今回は熱めか。ちなみお菓子は――」


「はい。カステラを用意しております」


「最高じゃん」


 ギュンダーの言葉を待たずセバスチャンが紅茶を渡し、茶菓子も聞かれる前に机に並べていく。お代わりも計算した温度調整も完璧にしているようで、どこの戦国時代の茶坊主よ!? そう心の中でツッコむ希の元に、給仕が終わったセバスチャンが戻ってきた。

 すまし顔をしているが、一連の動作を褒めて欲しいようで、見え隠れする尻尾が大きく左右に揺れている。顔に朱も入っており、かなりの色気を希に向かってまき散らしらしていた。


「もう! なんて可愛いらしいのかしら。こっちへいらっしゃいセバスチャン」


 小動物っぷりを全開で出しているセバスチャンを呼び寄せると、抱きしめ頭を撫でる。主人からのご褒美を嬉しそうに目を細め、全身で受けるセバスチャンからサボンの香りが溢れ出していた。好感度が振り切れた際に香るのだが、最近は毎日のように嗅いでいる気がする。

 めちゃくちゃ私の事が好きなのね。どれだけ喜んでいるかが手に取るように分かる仕様に希も嬉しそうな顔をする。


「相変わらずだなお前たちは」


 過剰に見える希とセバスチャンのスキンシップを。2人の変わった主従関係を見ながらギュンダーは苦笑していた。しばらく眺めていたギュンダーだが、希が欲しがっている情報を語り始める。


「そろそろ話をするぞ。まあ、あまり話すことはないけどな。1週間前に発見されたダンジョン。普通なら冒険者ギルドが先遣隊を出して調査する。内容によって難易度を設定。これは知ってるよな? それに参加させてもらったのだが――」


「ダンジョンに到着したら、すでに村人が攻略をしていた。と」


「そ。よく分ったな。ギルドとしては未届ダンジョン攻略は懲罰対象なのだが、報告最中に洞窟を見つけた女性が、そのまま攻略したそうだ」


「それがキノコのダンジョンだったのですね。階層は2階まで。階層主はおらず、ダンジョンコアは小さい。それで合ってますわよね?」


「ああ。そうだな。本当に小さなダンジョンだったよ。ははっ。それこそユーファでも攻略できるんじゃないか?」


 ギュンターが冗談混じりに話していると、突然、希が拳を握りしめガッツポーズと共に立ち上がった。背後に爆発の効果音が付いてそうな勢いである。


「よっしゃー! ボーナスステージですわ! このイベントは絶対に押えないとダメなんですわ! セバス。すぐに出発の準備を」


「かしこまりました。動きやすい服装はすでにマリーナさんが準備済みです。こちらの片付けが終わり次第、1時間後には出発出来るかと」


「素晴らしいですわ!」


 テンション高くセバスチャンに命じ、メイドのマリーナ達が待つ希専用プレハブへ移動する突然の妹の行動にギュンダーが呆気に取られる。紅茶片手に固まっていたギュンターだったが、慌てて立ち上がると声を上げた。


「どこに行こうとしているんだよ!? ひょっとして――」


「当然、キノコのダンジョンですわ! 一刻も早くライネワルト侯爵家直轄にしませんと! 道案内はお兄様にお任せしますので、一緒に来て下さいませ。セバスも帯剣するのですよ」


「もちろんでございます。ユーファネート様をお守りするのが私の使命でございます」


「よろしい」


 希の言葉に嬉しそうに頷き、紅茶を片付け始めたセバスチャンをギュンターが慌てる。冗談で口にした事を本気で動き出されたら、それは焦るであろう。


「おい、セバス! ユーファがどこへ行くかを分って言っているのか? ダンジョンだ! いくら2階層しかなくて魔物が弱くともダンジョンなんだよ! 命の保証が出来ない世界だぞ」


 なんとか止めようとギュンダーはセバスチャンの肩を掴む。しかしセバスチャンはギュンターの顔を見て不思議そうに首を傾げた。


「ユーファネート様がお求めに応えるのが執事の矜持です。それにギュンダー様からお話を聞いて装備レベルを2段階ひき上げましたのでご安心ください。万が一、回避できない危機があった際は私たちが身を挺してユーファネート様に逃げてもらいます。ギュンダー様が天使であるユーファネート様を心配されるのは十分に理解できましたので、2段階引き上げ内容をお伝えしておきます。それでご安心くださいませ。まず、ユーファネート様にはミスリル装備を着用して頂きます。あと、遠距離攻撃可能な光属性発射装置を持って頂きます。私たちは各種投擲魔石を各種用意いたしております。これで例えドラゴンに襲いかかられても討伐もしくは闘争が可能です。いざとなれば影の者たちが護衛として参加します」


「待て待て待て。ちょっと待て。ツッコミどころが多すぎる。確かに危険だとは言ったが、そこまでの重装備が必要なダンジョンじゃない。ダンジョン自体を破壊するつもりか! それだけの装備をどっから集めたんだ。国への反逆と言われても反論できないぞ!」


 せっかく説明したのに。ギュンダーにツッコまれたセバスチャンが不服そうな顔になる。説明を聞いた装備や武器、魔道具は魔王が現れた際に使用する勇者レベルと言ってもいい逸品たちであったのだ。ギュンダーでなくともツッコむであろう。


「どっから調達した?」


「旦那様の伝手でございます」


 購入経路を確認すると、侯爵家当主アルベリヒ自ら御用商人を呼んで世界中からかき集めたとの事であった。


「まったくあの親父は無駄遣いして……。母上に怒られるがいいさ――」


「いえ、こちらはユーファネート様がこの1年で稼がれた資金から調達しております。旦那様には商人様を紹介してもらっただけでございますのでご安心ください」


 悪態を吐いていたギュンターにセバスチャンが軽く訂正する。この1年で希が興した事業は多岐に渡っており、ライネワルト侯爵家の収入2割を希が占めるほどに成長していた。そこからお小遣いとして希に渡されている資金の運用管理を任されているセバスチャンであった。


「紹介するなよ。馬鹿親父」


「旦那様は領民から慕われておりますので馬鹿ではないかと」


「親馬鹿だって言ってんの!」


 実の息子から親馬鹿認定されたアルベリヒだが、領民からの評判は右肩上がりである。1年前までは特に可もなく不可もない領主であった。だが、ユーファネートへの溺愛ぶりが知れ渡ると親しみを持たれるようになり、また、事業も上手くいっているおかげで領民への税が1割ほど下げられていた。

 親馬鹿だが有能な領主。それが領民たちに浸透し「親馬鹿だが、うちの領主様は領民俺たちにも気を使って下さる。親馬鹿だけど」と愛される存在になっていた。


 しばらくアルベリヒへの愚痴を言っていたギュンダーだが、セバスチャンが見せてくれた魔石爆弾に目を見開いていた。


「ちなみにこの魔石は投げて3秒で爆発します。爆発の方向も指定できます」


「取りあえず全部見せろ!」


 あまりにも凶悪な武器が並んでおり、ギュンダーは全てを奪い取ると机の上に広げ、ひとつひとつ確認し始めた。一つ間違えればダンジョンに生き埋めにされかれない。


「ミスリル装備はユーファを守るためだからいい。だが、魔石爆弾は置いてけ。こっちの光魔法発射装置は念のために持っていてもいいだろう。あとポーション系はたっぷり用意しておけ。よく王家から指導が入らなかったな」


「奥様が王都に開かれたレストランの常連に王妃様がおられるようでして。それにレオンハルト様からもユーファネート様を守るためならと許可をもらっております」


「うぉい! レオンだけじゃなくて王妃様も巻き込んだのか!」


「もちろんでございます。私の主人はユーファネート様のみなのですから」


 すまし顔で守るべき主人の為にやったと主張するセバスチャンを見て、ギュンダーは何も口に出来なかった。

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