少し進む物語

第24話 兄妹での語り合い

「疲れたー。これ以上は耕せないー。ちょっと休憩するー」


「お疲れ様でした。ユーファネート様」


 希がユーファネート・ライネワルトとして生きる事を決め、1年が経過しようとしていた。11才の誕生日プレゼントに、さらなる落花生の増産を狙い新たな土地をもらおうとした希だったが、さすがにこれ以上は駄目だとアルベリヒにやんわりと断られてしまう。


「これ以上の土地は無理だ。土地以外のものにしなさい。出来る限り応えてあげるから」


 期待が外れ思わず涙を浮かべた希を見て、アルベリヒは大慌てしながらなんとかご機嫌を取ろうとする。そして一つの提案をしてきた。


「広大な土地を与える事は出来ないが、研究所をどこかに建ててあげよう。今ならなんと温室も付いてくる。それならどうだい?」


「本当!? お父様大好き!」


 愛する娘に抱き着かれ、頬をだらしなく緩めたアルベリヒだが、娘のために巨大な研究所を建設して与える。との新たな伝説を作り出してしまう。

 かなりの予算が投入される事になり、その話が妻のマルグレートに入ると当然ながら激怒。アルベリヒを呼び寄せ説教をすることになる。涙目で謝罪するアルベリヒだったが、領主として署名もしており、今更取り消せるものではなかった。


「今回はもう決めた事だから構いません。次からはユーファへの買い物をする際は私の許可をもらってくださいませ」


「え? 私は侯爵――ひっ! もちろんマルグレートの許可をもらうようにしよう」


 そんな夫婦のやりとりがあったとは露とも知らない希は、セバスチャンと一緒に建築途中の研究所へやってきて農作業をしていたのだ。研究所に併設される温室予定地に畑を勝手に作っており、ひと段落した希はパラソルを立て優雅に紅茶を楽しんでいた。


「セバスは本当に紅茶を淹れるのが上手くなったわね」


「お褒めにあずかり光栄です。ユーファネート様のお陰でここまで上達する事が出来ました。私の成長は全てユーファネート様へ捧げるためにあります。剣術もあと1年あれば皆伝が貰えると師匠から言われています。これで安心してユーファネート様をお守りできますので、畑仕事に専念して頂ければと考えております。なにがあっても不肖ながらこの私がユーファネート様を守らせて頂きます。師匠にも護衛隊に入って頂く事を了承してもらっておりますのでご安心ください。あと、ギュンター様も身をていしてユーファネート様を守れるようにきっちりと教育しておき――」


「ちょっと待てセバス。相変わらずお前はおかしい。何度も言うが俺も守る対象だぞ。駄目だからな」


「お兄様!」


 紅茶を飲む希を眩しそうに眺め熱く語るセバスチャン。2人の姿を遠くから切り取って眺めるとすると、女主人の優雅なティータイムを愛おし気に眺める執事に見えるだろう。だが、セバスチャンが紡ぎだす台詞は「全てを捧げる」「師匠の冒険者を護衛にする」「侯爵子息すら盾にする」とのおかしな内容であった。

 開墾作業も終わり、ドレス姿に着替えたユーファネート。崇拝した表情で紅茶を淹れるセバスチャンの元にやって来たギュンターが思わずツッコむのも当然であった。


「ダンジョンでなにかあったのですか?」 


「いや、ユーファの顔を見にきただけ」


 そう希が確認してしまうのもいたし方なかった。ギュンターは完全装備であり、ダンジョンの帰りでそのままやってきたようにしか見えなかったのだ。

 実は単にユーファネートに与えられた研究所が近くにあったので、その様子見と、ユーファネートと兄弟弟子であるセバスチャンがいると聞いてやってきただけであった。

 若干、疲れた表情を浮かべるギュンターに、紅茶を出すように指示をした希が確認する。


「お兄様の顔に少しお疲れが見えますが?」


「ああ、そうかもな。見に行ったダンジョンがハズレだったからな。ダンジョンの魔物は弱すぎるし、階層も2層で終わりだ。ダンジョンコアも小さいし、階層守護主もいない。まるで手応えがなくてがっかりだよ。まさに徒労とろうだな」


「そうだったのですね」


 最近のギュンターは剣術で皆伝を得ており実地訓練に入っていた。領内の治安維持を侯爵領直属騎士達と務めており、また冒険者登録もしてダンジョンアタックまでしている。

 本来、侯爵家の嫡男が自ら冒険者登録するなど前例がなく、ダンジョン攻略などもってのほかであった。そんな習慣から大きく外れたギュンターの行動と、娘に対して激甘なアルベリヒと共に王都では有名となりつつあり、変わり者侯爵家と呼ばれ始めていた。


「お疲れじゃなくて良かったですわ。それにしても残念でしたね。お兄様」


「ああ、まあ外れダンジョンはあるから仕方ない。それにしてもキノコの魔物しかいないダンジョンなんて初めてきいたよ。弱いくせに数だけは多くてさ。倒すのに時間が掛かるだけで、魔石も小さいし、倒してもダンジョンに吸収されすらしない。集めて処分するのも一苦労だ――」


「なんですって!? キノコの魔物ですって! お兄様、その情報を詳しく教えてくださいませ!」


 何気ないギュンターの言葉に希の目が見開く。そしてギュンターの胸倉を掴む勢いで詰め寄るとダンジョン情報を話すように頼み込んだ。あまりの勢いに、受け止めきれずにギュンターは尻餅をついたが、思わず文句を言いかけたギュンダーだが、身体の上に妹が乗りかかってくると、さすがに慌てだした。


「淑女たる者が男の上に乗るもんじゃない! ユーファはもう少し慎みを持って行動しろよ! 畑を耕すのもいいけど、それ以外はしっかりとしなさいと、レオンから言われてなかったか?」


「あら? レオン様からは『そのままの君でいい。僕の隣に立つのは君だけだから。だけど、もう少し、もう少しだけ大人しくしてくれると嬉しいかな』と仰ってましたわ! レオン様の時の表情をお兄様にもご覧に入れたかったですわ! あの優しげな眼差し、私を見る微笑み。さりげに前髪を触ってくる透き通った指先。お兄様聞いてますの!?」


「めちゃくちゃ注意されてんるじゃん! それに全然大人しくなってないだろう。それにしても相変わらずユーファはレオンの話になると歯止めが効かないな」


「当たり前ですわ! 最推しの話を冷静に語るなんて3流以下ですわ!」


「わかったわかった。理解は出来ないが、レオンを大事に思っている気持ちは伝わったから! ダンジョンの話は紅茶を飲みながらでいいよな? あと、取り敢えず降りてくれ。ああ、セバス、俺はおやつも頼む。甘かったらなんでもいいや」


「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 自分の上でレオンハルトの容姿を熱く語り、乗ったままの希を下ろしたギュンターは鎧を脱ぎセバスチャンに声を掛けた。

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