封切り 第一王女侍女殿下






 テトラとリナンの婚約披露宴は、慎ましくも穏やかに開催された。


 午前中は、会場設営と料理の準備と招待客の勘定とドレスアップに怒涛の忙しさであったが、入場する直前で気合いを入れ直し、二人とも涼しい顔で足を踏み入れたので、上々だろう。


 同時開催されたギンゴー帝国第一王子の結婚式も、つつがなく終了したようだ。

 般若の形相で乗り込んでいったハルベナリア国第一王子が、帝国の第一皇女と凄まじい言い争いになったと噂である。

 事実を知った周辺諸国取り引き相手が、もしかしたら自国にも虫が……と阿鼻叫喚であったらしいが、知ったことではないのであった。


 テトラはリナンから、事前に用意していたという、婚約指輪を贈られた。

 小さく柔らかな緑の石が可愛い、シンプルな指輪である。それでもテトラが相応しい指にはめると、どんな金塊より価値あるものだった。


 テトラからは、父母より譲り受けた指輪を差し出した。

 実はとても貴重だった鉱物から取れる、水晶を加工したものである。リナンの指にはまると、透明な内側で肌色が交差し、色を変える指輪だった。


「……テトラの瞳の色だ」


 愛おしげに見つめて呟く彼の、幸せそうな横顔を、テトラは生涯忘れることはないだろう。

 結婚指輪はどうしようかなぁ、と。

 彼女は今から想いを馳せて、リナンの手を握り返した。



 ◆ ◆ ◆



 技術大国ハルベナリアの敗因は、連邦外国であったゆえに、関税の撤廃までは踏み切れなかったことだった。


 自国の製造物を売り販路を広げながら、ナンフェア王国の鉱物を手に入れるため、子飼いの業者を見繕ったまでは良い。しかしハルベナリア国の製造物を動かすには、業者は鉱物動力源を買わねばならなかった。

 特産品ブランドの価値が落ちないよう、無償で提供できないハルベナリア国はそれを考慮し、比較的安価で取り引きに応じただろう。それでもやはり、物流が格安に抑えられた連邦内とは、勝手が違ってくるのである。

 輸出業者は出費がかさみ、購入した鉱物を少しずつ使用する事にしたのだ。


 まぁつまり、ケチっていたからこそ、虫が混入した痕跡が残ってしまったのである。


 

「いろいろ証言は取れましたし、調査も進んでおります。ハルベナリア国が非を認め、農薬を含めた賠償が始まるのは、そう遠くないでしょう」


 テーブルに広げた書類をまとめながら、ハンバルは疲労を浮かべる顔で頷いた。

 テトラは人数分の紅茶を入れてテーブルに置き、トレーを胸元に引き寄せつつ眉を下げる。


「早く収束してほしいですね。売り払ってしまった城も、また建設しなくちゃならないし」 

 

 リナンが莫大な資産に物を言わせ、取り調べをした輸出入業者を起点に、方々手を尽くしてくれていた。


 ギンゴー帝国での侍女業を終え、婚約者と共に帰国したテトラの住まいは、今も小さな改造古民家だ。

 切り崩された城の跡地は、業者が退散した事でそのままになっていて、新しい居城を確保しなければならない。

 テトラとしては、こじんまりした屋敷も捨てがたいが、王族としても必要となるわけである。


 それにリナンが、自身の配下を引き連れて来てくれたので、そこそこ見られる使用人数にはなっていた。

 シラストや、リナンを慕う騎士同期達も移住してくれ、ハンバルも従者としてついてきている。マウラバル侍女長は流石に帝国を抜けられないが、時折、新しい侍女の教育のため、出向いてくれる事になっていた。

 ナンフェア王国はここ数日で、随分と賑やかさを取り戻している。


 テトラは菓子入れに、リナンが取り寄せてくれた焼き菓子を移そうとして、ハンバルがようやく状況を察して、素っ頓狂な声を上げた。


「いや、いや! いや!? 貴女はどうしてまだそんな侍女同然の待遇なのですか!? 派遣された侍女は!?」

「え?」

 

 現在、改造古民家の応接室。

 テトラは彼らをもてなして、紅茶の用意や菓子類の準備をしていた。

 服装もすっかりお馴染みの侍女服である。

 

「ああ、えっと、再雇用されまして、……あ、リナン!」


 話の途中で応接室の扉が開いたので、テトラはパッと表情を輝かせた。

 彼はハンバルより疲れた顔でテトラを視界に入れ、ひらひらと片手を振る。

 少し足腰がプルプルしているので、またルーヴァロと共に、父が領地を回って来たのだろう。


 父母はあと二ヶ月ほどで愛娘と婚姻する、新しい義息むすこに大変ご満悦で、何かにつけてリナンを連れ回しているのである。

 付き添っていたシラストも、流石に疲れ果てたようで、遠い目をしながら掠れた笑いが漏れていた。


「つ、かれた……動きたくねぇ……」

「お疲れ様です、紅茶にミルクと砂糖を入れましょうか?」

「ん……」

「殿下!? いやいやいや、ちょっと、殿下もですよ、新しく派遣した侍女は!?」


 どことなく甘い雰囲気の二人に当てられ、赤くなれば良いのか、青くなれば良いのか判断しかねるハンバルが、リナンとシラストを交互に見る。

 リナンはもう喋る気力もないようで、ソファーにどっかりと座って天井を仰いでいた。

 代わりにシラストが、しれっとした態度で肩をすくめる。


「リナン殿下の侍女は今後、テトラ・オービス王女殿下お一人だそうですよ。派遣された侍女達は、オービス国王陛下と王妃殿下の元で、穏やかに仕事をしています」

「な、ななな、そ、そんなこと、駄目でしょう!?」

「と言いましても、王女殿下は何でもご自分で出来ますし、リナン殿下は婚約者しか傍に置いておきたくないと仰せです」


 あんぐりと口を開けるハンバルの反応に、テトラも気持ちが分からないでもない。

 しかしいざ、ナンフェア王国でを再開しようとしたテトラは、上手くいかなかったのだ。

 長年の習慣とは悲しきかな。大抵の事は考える前に、自分でやってしまうのである。


 リナンは、テトラよりもっと駄目だった。

 ハンバルが苦心して選抜した、品性方向で優秀な侍女がついたが、てんで相互理解が深まらない。

 ナンフェア王国国王夫妻が彼に用意した部屋に、テトラ以外の侍女がいるだけで、全てのやる気がどん底まで落ちるのだから、もう重症であった。

 

「ウルセェぞハンバル。再雇用したんだからいいんだよ。ちゃんと俺が給金も出してる」

「給金!? どこに婚約者に給金を出す婚約者がいるんですか!?」

「目の前にいるじゃねぇか」

「そうですよハンバルさま。それにが、わたしたちにはあるんですから」


 朗らかに笑うテトラに、ハンバルは心底怪訝な顔をしていたが、まぁ理解してもらうのは難しいだろう。

 国同士の策略が絡まない婚約であっても、王族間の男女というのは、実は結構シビアなのだ。

 テトラに王族としての矜持はないが、王族として見栄を張るなら、そういった暗黙の了解に従事しなくてはならなくなる。


 (そう、だからいいの。わたしから、リナンの傍に居られる時間を奪わないで。わたしは誰よりも近くで、この人の傍に居続けたいの)


 紅茶に砂糖を入れてミルクをサーブし、テトラはリナンの傍に膝をつく。

 カップをテーブルに置いてから見上げると、リナンは愛おしそうに自身の婚約者と見つめあった。


「あと二ヶ月は、よろしく頼むぜ、テトラ第一王女侍女殿下?」


 ナンフェア王国に来てから特に、愛の言葉一つなく、熱い抱擁一つもない、主人と侍女であるけれど。

 彼がテトラとの結婚式の為、今後続いていく彼女との生活の為、城でも建設するのかと言わんばかりに出費している事を、実はこっそり知っている。


「ふふ、お任せあれ! 夫婦になったら、これまで働いてきた分、しっかり取り戻しちゃうんだから!」

「おい、まだ俺から搾り取る気かよ」

「当然です! だってリナンはわたしだけの、一攫千金婚約者さまだもの」


 テトラが人差し指と親指をくっつけ、愛情のサインを示せば、リナンは目を丸くした後、ふは、と吹き出し破顔した。



 










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【$20kPV感謝!】この婚約は一攫千金です!第一王女侍女殿下の貧乏さらばな玉の輿婚 向野こはる @koharun910

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