探偵部の日常

2年生以上は新学期の2日目の休み明けテスト1日目の放課後から部活が始まる。


それは俺が所属する探偵部にも言えることで、クラスメイトの一夏とともに活動場所である第1会議室に向かった。


「葉川と日野です。入りますよ」


「入れー」


扉を開けると、すでに我らが探偵部部長、墨染すみぞめさくら先輩お誕生日席で優雅に紅茶を飲んでいた。


「やあ日野くんに葉川くん。春休み中も変わりなかったかい?」


「はい。俺の方は特に」


「ウチもです。実家に帰ろうか迷ったんですけど、生活無能力者を置いていくのは気が引けたので」


その生活無能力者はまだ来てなかった。何やってんだあいつ。


「壬生くんのことを悪く言うのは止めてやれ。彼女はソシャゲに魂を売っただけなんだ」


「もしかしてソシャゲやってて部活来てないとか思ってます?」


「まあ活動開始初日ですることなんて限られているし、来なくても問題ないがね」


「あ、ウチお茶淹れるけど綾くんも飲む?」


「いただくよ。明日のテストの勉強しないと」


「ゔっ、また千冬が赤点取るかもしれないと思うと、頭ががが・・・」


「あいつ大丈夫なのか…?」


一夏の鞄を椅子に置き、自分は国語のワークを開いて勉強を始める。


しばらく机に向かっていると、先輩が話しかけてくる。


「葉川くん、どうだった?」


主語が抜けているが、何を言おうとしているのかは分かったのですぐに返答する。


「安定の最下位ですよ」


「やはり呪縛は解けていないか」


呆れたように先輩が笑う。


「笑い事じゃないですよ。おかげで赤点ラインが通常の2倍なんですから」


「それをいつも超えるのが君じゃないか」


「そろそろ先生の眼がやばいです。3倍になるかもしれない」


「赤点ライン30点だと君だけ90点か。流石にそれはないと思いたいな」


「本当に笑い事じゃないですよ部長。綾くんのせいで特に生物のテストの難易度が跳ね上がってるんですから」


隣の給湯室から一夏が声を上げた。


「ソイツは悪質だ。葉川くん、次の定期テストでは赤点を取って大人しく退学したまえ」


「ヘイ部長、部員に退学を勧めるってどうなんですか?」


ますます退学しないからな絶対。


「葉川くん、そのページの問題5の(1)、間違ってるぞ」


「話逸らしましたね……これですか? 主人公の心情……え? 間違って…る?」


「葉川くん? わざと間違えてるんだよね? どう考えても親友を失った少年が『親友を失って清々した』心情を持つわけないだろう」


「えー? そうですかね? 俺も壬生さんが居ないほうが気が楽ですよ?」


「本人の前で絶対に行っちゃダメだぞそれ」


「綾くん? あんまり心にもないことを言っちゃダメだよ?」


ちょうどその時一夏がお茶を入れた湯飲みを持ってこちらにやってきた。


「はい、ほうじ茶ね。綾くんは千冬と一緒にいると緊張しちゃうんだよね? 男の子だから」


「ちょっと待て、一夏までふざけ始めるのは想定してなかった。君いつもツッコミだろ」


「千冬が居ないから普段と違うことをしようと思って」


そう言って一夏が俺の隣に座り、勉強を始める。


「ん? 綾くん、ここの問題わからないんだけど」


「え? ああ、それは――」


「……」


俺たちが勉強している間、墨染先輩は小説を読みながらチラチラとこちらの様子を伺っていた。


「ごめん一夏、消しゴム貸して」


「はいよー」


「……君たち、付き合っては、いないんだよね?」


「急にどうしたんですか? ウチと綾くんは付き合ってないですよ。知ってますよね?」


「あ、ああ。そうだよね。うん。しかし…距離が近すぎやしないかい? 見ていて砂糖を吐きそうだ」


「そうですかね? 俺は妹と話す感じで接してるのでわからないです」


「ウチも、千冬と話すときと同じ感じで話すので…わかんないかなぁ」


「壬生くん、早く来てくれ。飲んでいる紅茶がすでに甘い」


「呼ばれて飛び出てじゃじゃ――ぎゃああああああ!!!」


先輩が何故か頭を抱えて壬生さんの名前を呼ぶと、突然扉が開け放たれ白いもふもふの塊が飛んできたので頭部を鷲掴みする。


「壬生さん。扉は静かに開ける。そしてうるさい。おーけー?」


「オーケー! オーケー! アイアンダースタンド! 痛い痛い!」


わかってくれたようなので手を離すと、壬生さんは頭を揉みながら一夏に泣きつきに行った。


「いちかぁ〜…はがわくんがひどいんだよ〜」


「うんうん、そうだね。千冬もルールを守らなかったのはいけないけど、綾君もやりすぎだよ。あやまろ?」


「はぁ…悪かったよ、壬生さん」


「謝罪は良いので私のことを名前で呼んでくれたら許します!」


「お前一生名字で呼び続けるからな」


「なんでええええええ!! なんで一夏は名前で呼ぶのに私は名字なのさ!」


「そういう契約だから」


「ワケワカンナイヨオオオオオオオ!」


某競走馬を擬人化した育成ゲームに出てくる帝王みたいになって地団駄を踏む。うるさい。


「いい? 一回説明したけどもう一度言うぞ? 俺と一夏が契約を結んだ際の条件に『両者が対等の関係であること』っていう条件をつけた。だから俺は一夏を名前で呼ばないといけないの」


「ウチだって始めは恥ずかしかったんだよ? 男の子を名前で呼んだことなんて今までなかったし」


「惚気んなあああああ!」


「よし、2年諸君。一度落ち着こう。深夜テンションみたいになっているぞ」


「…すみません」


「ごめんなさぁーい」


「ごめんなさい!」


散々ふざけ倒した後、教室の空気が少し引き締まる。


テスト後恒例の赤点発表だ。この学校では専用のアプリとAI採点により提出したテストがすぐに採点される。なのですぐに点数の確認ができる。


赤点を取ったのか、取っていないのか。それもすぐに分かる。


「…さて、今日は各教科の休み明けのテストだったわけだが。結果を聞こうか」


「俺は赤点取ってないです」


「ウチもです」


「……数学が、ちょっと…」


「数学だけ? 他には?」


一夏が追求すると、諦めたように更に話した。


「英語が……後は、大丈夫」


「まあ初日で2教科か。学年末テストよりは進歩したね」


「でしょ!?」


「はい、じゃあ明日の苦手教科対策するぞ。席につけ」


「うええええ!!?? もうちょいご褒美とかくれても良いんじゃないかなぁ?」


「明日のテストで赤点取らなかったらあげよう」


こういう奴は調子に乗るとすぐにコケる。前回の経験から身を以て知っている俺はすぐに対策させることにした。


「鬼ー!!!」


「なんとでも言え。……墨染先輩。天啓の巫女の件ですけど、これからも事あるごとに介入するんですか?」


軽く壬生さんをあしらって先輩に話し相手を変える。


「ん? ああ、いや、これ以上は特にこちらから動くつもりはないよ。巫女の争奪戦は事あるごとに起こるだろう。いずれ風紀委員や生徒会が動くさ」


「了解です。じゃあ俺らはいつも通りってことですね」


「ああ。そういえば、ちょうど春休み中に依頼が何件か来ているよ。できそうなやつがあったらやってってくれ」


そう言って先輩が机の引き出しから何枚か探偵部宛の依頼書を取り出してくる。


「毎度思うんですけど、ここって本当にクエスト受注カウンターみたいですよね」


「まああながち間違ってはないが…あ、この依頼とこの依頼とこの依頼は猿渡さるわたりくんがやってくれているよ。運動部関連だしね」


猿渡はじめは2年C組に所属する探偵部最後の部員だ。スポーツ推薦組であるC組の中でも抜きん出た運動センスで様々な部活を兼部しており、運動部全般からの信頼が厚い。一応本人はサッカーの推薦で来たのだが、なぜか探偵部にも入部希望を出してきた。これは星霊学院高校七不思議の一つだろう。


「猫の捕獲依頼とかも来てるんですか」


「ああ、敷地に入ってそのまま戻ってこなかったようでね。軽く探すだけでもしてほしいそうだ」


「じゃあワーク終わったら見に行きます」


「頼んだよ」


「あ、待って! 私も行きたい!」


「じゃあはようワークやれ」


参加表明をした壬生さんが一夏に頭をはたかれた。


「よし、あと30分で終わらせる」


「わーまってまって、速い速い!」


こんな感じで探偵部は基本依頼がない場合はこうして会議室で団欒するのが日課になっている。


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