天啓の巫女騒動編

『天啓の巫女』

「うわぁ〜…!」


桜吹雪が舞う4月の頃。私、みやさきは眼の前にそびえる高校の正門前で感嘆の声を漏らした。


私立星霊学院高校。国内でも最大級の異能力や理能力の育成、研究に特化した学校だ。


正門を抜けて続く桜並木には、私と同じくこの学校に入学する生徒たちがたむろしており、中学校からの同級生同士で輪を作っていた。


「……」


仲睦ましい様子を見ていると、少し羨ましく思ってしまう。


「…っ」


その時、ゆっくりと頭に痛みが浸透するようにやってきた。


そして脳裏に流れたのは1つの光景。


私が多数の生徒にもみくちゃにされている…?


流れ込んできた光景から現実に目を向けると、前の方に人だかりができており、大声で何かを叫んでいる生徒たちがいた。


「『天啓の巫女』はいるか! ぜひ我々『異能部』に入部してほしい!」


「私達と一緒にチームを組んで星霊大祭に出場しましょう!」


「巫女姫様を探せぇー!」


100mほど離れた一年の昇降口の前で、おそらく先輩と見られる人たちが大声をあげていた。


「う、うそ…」


その内の一人が発した『天啓の巫女』という言葉に、私は入学早々絶望に似た感情を覚える。


――私には他の人にはない力がある。


世間ではそれを『異能力アビリティ』と呼び、獣人、人間、天使、悪魔、龍人の5種族が共生するこの社会で人間のみに顕現する能力として知られている。


私の能力である『未来視』――突発的に、数秒から数分後の未来が見える能力――はなぜか私の家である神社の女性に50年に1度発現する能力で、かつて宮部の巫女が天災を未来視で見通したことで周囲の村の人達が命拾いをしたことから、『天啓の巫女』と言われ敬われてきた。


そういうわけで私は異能力を持った子供として、周囲とは別で特別視されていた。親からも巫女にふさわしい子となるために英才教育を施した。


家では家族に厳しい指導をされ、外では特別な子ということで多くの同年代の子から距離を取られた。


もちろん気軽に接してくれる友人もいたが、大半の人間は私と関わることを避けていた。私はそれが嫌で同じ能力を持つ祖母に相談した。


そこで 祖母が見つけてくれたのがこの学院だった。


全国から数多くの能力者が集うこの学校であれば自分が周囲から浮くこともなくなるだろう。そう言って祖母は入学を勧めてきた。


中学の数少ない友人と離れるのは心苦しかったが、私のような人間が集まっているのかもしれないとも考え、進学することを決めた。


なのに――


「――おい! あれ巫女じゃないか!?」


顔写真も出回っているのだろうか、私の方を指さして群衆が向かってくる。


「はあ…」


またここでも特別扱いを受けてしまうんだろうか。


そう鬱屈とした感情に包まれそうになった時に、ふと桜の木にもたれかかる男性が目についた。


ぼーっとした表情で私と同じくこちらにやってくる集団を見ていた。


「…何やってんだか」


そう呟くと、私と先輩たちの間に向けて歩き出した。


先輩方もその人の存在に気づき、意気揚々とした足取りを止める。


「…探偵部、何の用だ」


集団を代表して一人の先輩がぞんざいに聞く。


「なんの用だも何も、お前らも彼女に何の用だよ。新入生を部活やグループに勧誘できるのは部活の体験入部からだぞ」


探偵部と呼ばれているということは、この人は探偵部に所属する先輩なのだろうか。


とにかく、私のことを助けてくれるみたいだ。


「彼女の能力が強力なのはわかるけど、校則違反はペナルティだぞ」


「……チッ」


「ほら、解散解散。散った散った」


先輩たちも校則違反は犯したくなかったのか、すごすごと退散していった。


「あ、ありがとうございます。先輩」


「んー? 気にしなくていいよ。部長に言われてきただけだし」


そう言って先輩はスマホを取り出して連絡を取った。


「もしもし……ああ、うん。部長の予想通り来てたから帰したよ。うん、…は? おいおい、自分たちが言っておいてそれをやるのはどうなんだ? え? 名前だけでも出しとけ? はぁ…わかったよ」


短い会話を終えて、先輩がこちらの方を向く。


「俺は2年B組のがわりょう。探偵部に所属してる。あー、えっと、何かあったらいつでも相談に乗るから気軽に遊びに来てね」


「は、はい……あ、1年の宮部未咲です。改めてありがとうございました」


「宮部さんね。うん、覚えた。一年の昇降口は正面から見て左側の入り口だから気をつけて。まあ誘導あると思うけど」


「は、はい。ありがとうございます、葉川先輩」


「んー。じゃあ俺もう行くから」


そう言って葉川先輩は2年の昇降口に向かっていった。


「そういえば、先輩は勧誘は体験入部が終わってからって言っていたけど…」


つまり、またあの波が押し寄せてくるってこと…!?


「う、うそぉ…」


先程とは違い、絶望よりも諦めの混ざった感情が私の口から言葉を漏らした。



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宮部さんに降りかかろうとした災難を収めた俺は、昇降口から自分の教室に戻り、席についた。


「やっぱりクラス変わらなかったね」


「ああ、また一年よろしく」


後ろの席に居る三角耳――壬生さんのように狐耳ではなく狼耳だ――を生やした黒い髪の少女、いちに挨拶を返す。


この学校は入学時にある基準を用いてクラスが振り分けられそのまま3年間過ごすので、分かり切っていたことだが。


「…今年は、どうするの?」


「ん? ああ、約束があるから、一応10月の技工大祭には参加するつもり、星霊大祭は……どうだろ、気が向いたりとかしたらかな」


「そっか。参加するなら声かけてね」


「うん、そうする」


俺が会話を終えると、ちょうど担任の先生が教室に入ってきた。


「諸君、進級おめでとう。今年も君たちを過ごせることを誇りに思う」


クラスの陽キャが、『俺もせんせーと一緒に入れてうれしー』とか言っているが、おいお前、絶対そんな事思ってないだろと心のなかでツッコんでみる。


この前『あの先公うざくね?』って言ってたじゃないか。


「さて、2、3年は初回授業から昨年の確認テストがあるからな。しっかりと勉強してきただろうな」


その言葉を聞いて多数の生徒が不満を垂れ流したが、俺も気になることがありので背後の一夏に訪ねた。


「…壬生さんってさ、春休み中はちゃんと勉強してたの?」


「…帰ったら再試の勉強かなこれは」


見なくても一夏が頭を抑えているのが分かってしまうな。


「頑張ってね」


「綾くんは? やってるの?」


「他にすることがなかった。バイト以外ね」


「暇人め」


「失礼な」


「はいそこ! ちゃんと話を聞きなさい」


おっと、話し込んでいたら先生に注意されてしまった。


軽く会釈をして先生の話に耳を傾ける。


「いちばん重要な連絡だが、専用アプリの異能序列が変更されているのを確認したか? 卒業生のいた順位が繰り上がっているはずだ」


「あ、そう言えばそうだったね。綾くんは何位になってた?」


「ちょっと待って、今確認する」


この学校では理能力、異能力を用いた試合により全学年のランキングが作られている。


それが異能序列と呼ばれるもので、これが高ければ高いほど成績が加点される。


スマホから生徒専用アプリでランキングを表示してみると、順位は300/450位となっていた。


ちなみに3月の卒業式前日までの順位が450位で、1学年150人なので全く変わっていない。


「安定の最下位」


「ウチは13位になってたよ」


「流石」


ランキングの1〜9位は序列一桁ダブルオーナンバーと呼ばれ、この生徒が所属している部活に追加の予算が割り当てられたり、学食が割引されたりと、学生生活を送る上で有利になっていく仕組みだ。


ちなみに50位以上の生徒は購買の商品が1割引される。嬉しいのか嬉しくないのか微妙だ。


「千冬は2位上がって7位だね」


「いいか、1年が異能序列の講習を受けたらすぐにランキングは変動する。一喜一憂せずに過ごすように」


先生の忠告が飛んできた。


その後は簡単に春休みの思い出ということでオリエンテーションをしたりして帰されたのだった。


俺の話は連続労働時間に挑むというもので、何件ものバイトをハシゴし、20時間働き続けたことを話した。あんまりウケなかった。ちくせう。

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