新入生チュートリアル

「おわったぁ〜〜!!」


きっかり30分後、壬生さんが拳を突き上げて達成を叫んだ。


「さあさあ葉川くん、始めよう猫探し! 猫吸いしよう!」


「見つかる保証はないんだぞ? わかってる?」


「わかってるよ! だとしても猫吸いしたい!」


どうやら勉強のストレスでおかしくなってしまったようだ。早急に猫を見つけ猫吸いさせてあげるとしよう。


「じゃあ先輩、俺たち猫探しに行ってきます」


「ああ、励んでくれ」


「ねこー!」


意気揚々と歩く壬生さんとともに、俺は猫を探しにまず校庭に向かった。



======================================



「ところで葉川くん、猫ってどこらへんに居たりするのかな?」


「茂みの中とか? 案外教室の窓のところとかに居たりもしそうだけど」


「とりあえず手当たり次第に探してみる?」


「それこそ壬生さんの物失せの呪符で探せば良いんじゃない?」


壬生さんの家は陰陽師の家系なので、陰陽術を使うことが出来る。昔俺がシャーペンを無くしたときにそういう呪符を使って見つけ出してもらったことがあった。


「んー、あれは探したいものを鮮明に思い浮かべないと効果を発揮しないからなぁ」


「そうか、そう言えば俺たちその猫の特徴も知らないわ」


「ダメダメじゃん」


「とりあえず猫を見つけたら手当たり次第に捕獲して写真撮って先輩に確認してもらえばいいだろ」


「たしかに」


そう言って二人で学校内の生垣を手当たり次第に捜索する。


まあ当たり前といえばそうだが、猫なんて見かけることはなかった。


「いないねー」


「いないな」


休憩がてら2、3年生が校庭で部活をしているのを眺めつつ自販機で買った炭酸飲料を飲み干す。


「あれ、そう言えば1年生って今何やってるんだっけ」


壬生さんがみかんジュースを飲みながら


「俺が入学したときは2日目に6限全部使って施設と異能序列の説明された」


「そうだったんだ」


カキーンと野球部の部員が軽快にボールを打つ音が聞こえる。


「葉川くんはまた最下位だったよね」


「おい、序列自慢か? 勝とうにも勝てないクソゲーをどうやってクリアしろと?」


「いや、ワンチャンあるかなって」


「ないよ」


俺が最下位なのには実力以前に別の理由がある。


本当にクソみたいな理由だ。俺だって学食を割引で食べてみたいのにこのルールのせいで叶わない!


「さて、そろそろ探しに行くか」


「ほーい。一応5時くらいまで探す?」


「そうだな、そうしよう」


気を取り直して猫探しを再開する。


花壇の中…いない。


木の上…いない。


歩く猫の集会所と呼ばれる用務員さんの頭の上にも…いない。


「なかなか居ないもんだねぇ」


「もう見つかってるのかもな」


次はどこを探そうかと校庭を闊歩してると、目の前に教師とともに1年生達がぞろぞろと歩いてきた。


「おー、あれが葉川くんの言ってたチュートリアルか」


「うん、やっぱり何人かつまらなさそうにしてる子いるね」


1日ぶっ通しで学校を移動し続けたんだ、退屈で疲れるだろう。


それを教師も感じ取ったのか、俺たちの方に視線を向けた。


「おお、そこの二人。ちょっと手伝ってくれないか」


「はい? 私達ですか?」


壬生さんが聞き返すと、教師も頷く。


「ああ、特に男子生徒の子に手伝ってほしいことがあるんだ」


「なんですか?」


「新入生諸君、退屈に思っている人もいると思うのでここで一つ、この学院の醍醐味を体験してもらおう」


そう言って教師が俺の肩を叩く。


「今から2年の彼と異能序列の試合を体験してもらおう」


ザワッ、とにわかに後輩たちが期待の眼差しを向けてくる。


あ、生徒たちの中に宮部さんもいた。ならば多分ここはA組か。


「もちろん、これは模擬戦という扱いで成績には入らない。しかし本番の空気に近いものを味わうことが出来るだろう。誰かやりたいものはいるかね?」


教師の声に数人がやりたそうに手を挙げようとするが、恥ずかしいのか煮えきらない態度だ。


そんな中、一人の生徒が手を挙げた。


「先生、質問が」


「なんだい、和泉いずみくん」


和泉と呼ばれた男子生徒は俺を値踏みするように見た後、口を開いた。


「この先輩の順位はどのくらいなのでしょうか?」


「やはり気になるかい?」


「ええ、上位の先輩に1年が勝ってしまったとあれば、先輩の立場が悪くなるでしょう」


なんとまあ爽やかな顔で毒を吐くものだ。君の舌はフグ毒で出来ていたりするのかい?


とても傲慢な物言いだが、不思議と不快感は感じない。それどころか、全力で戦っても良いのか、という興奮が伝わってくる。


「ああ、それなら安心しろ、彼の順位は300位、君達1年が参加していない中で最下位だ」


ざわっ、と今度は別の意味でざわめきが広がる。


最下位なら自分でも勝てるのではないか。ここで目立ったら後々モテるのではないか。


男子諸君、たしかにランキング上位はモテるが、最下位に勝ったところでモテるわけではないぞ。


と言うか先生はこれが目当てで俺を呼んだのか。先輩が負けたとしても問題のない相手。つまり最下位の俺だろう。


「では、僕がやります」


「ほう、では私の指示に従ってアプリを操作しなさい。」


対戦相手は和泉くんがそのまま立候補し、教師の指示に従って対戦の申し込みを行う。


少しすると俺のスマホの通知が対戦申込みが送られてきたことを伝えてきた。


「先生、こっちにちゃんと送られてきました」


「よし、じゃあ試合形式は模擬戦。ルールは本番同様異能力あり、理能力あり。ただし制限時間は5分。本番では決着がつくまで行う。勝敗の判定はAIが行うので公正な結果になると保証しよう」


「受理していいですか?」


「ああ、和泉くんも、準備はいいかい?」


「はい」


俺はスマホで申請を受理する。


『試合が受理されました。契約内容に基づき、葉川綾の異能出力を10分の1に制限します』


俺にしか聞こえない自動音声が脳内に響く。


「じゃあ、始めようか」


「よろしくお願いします」


和泉くんが一礼し、周囲に被害が出ることを防ぐための結界が展開される。


「なにか武道をやってた?」


「空手を少し。では、胸をお借りします」


そう言うといきなり右中段蹴りを放ってきた。


「危ねっ!」


間一髪で躱して体勢を整える。


なにが ”少し” だ。バリバリ熟達した格闘家の蹴りじゃないか。


「まあ試合する機会なんてそうそうないし、出し惜しみはしないけどさ」


「ハッ!」


今度は正拳突き、的確に鳩尾を照準して突きこんできた。


躱そうと思えば躱すことが出来るが、あえてそれはせず、俺の異能力を発動させる。


「――『伴走者ペースキーパー』」


和泉くんの拳は俺に触れることなく、その直前で壁に当たったかのように防がれた。



======================================



「あ、あの、葉川先輩のお知り合いですか…?」


葉川くんが試合の準備をしているときに、私は横から声をかけられた。


薄い青色の髪に、水色の瞳。相当な美人さんだ。


「え? うん。2年A組の壬生千冬。葉川くんとは同じ部活仲間だよ」


「あ、1年A組の宮部未咲です。部活って言うと、探偵部、ですか?」


うん? 宮部未咲? うーん、どこかで聞いたような気が……


「…天啓の巫女!?」


「わっ、は、はい。巷ではそう呼ばれてるんですけど、あんまりそう言われるのは好きじゃないので……」


「あっ、ああ、ごめんね。ええっと、うん。未咲ちゃんの言う通り、私たちは探偵部で活動してるよ」


「そうなんですね…! ありがとうございます。この前は助けられました」


「いやいや、助けたのは葉川くんだし、トラブルを予期したのも墨染先輩……ウチの部長だから」


「へえ、部長さんもすごいんですね…!」


感心したように宮部さんが頷く。


「あ、そろそろ始まりますね。和泉くん、勝てるかな…」


「葉川くんの対戦相手? 強いの?」


「理能力は持ってないんですけど、空手の中学生の大会で優勝してるんです。親同士が交流があってそれで知ってるんですけど」


「ふーん。まあ、実戦で羽川くんに勝つのは無理だろうね」


「やっぱりそうですよね……和泉くん、卒業までに序列1位を目指すって張り切ってたんですけど」


「ああ、いやいや、実戦ならまだしも、試合なら羽川くんが勝つことはまずないよ」


少ししょんぼりとした未咲ちゃんにそう声をかける。


「そ、そうなんですか? 実戦なら勝てるのに、試合なら負ける…? どういうことですか?」


「さっきも先生が言ってたけど、葉川くん、私の知る限り去年の夏休み明けからずっとランキングは最下位だし…ああ、これって言っちゃだめなやつだっけ…?」


私は一拍それらしい理由を考える時間を取る。


「…そう、能力が戦闘向きじゃないんだよ。葉川くんは」


「そうなんですか」


「一応格闘術は使えるんだけど、能力者相手に格闘術のみで挑むのは無謀だしね。ほら」


ちょうど結界の中にいる羽川くんが和泉という生徒にラッシュを喰らっているところだった。


「あ〜らら、これじゃ負けだね。番狂わせはなしか」


いつも通りだな、と思う反面、少しモヤッとする。


「もうちょい本気出せばいいのに…」


「え?」


「いや、なんでもないよ。もう勝つことを諦めて派手に負けようとしてるなって。和泉くんを引き立たせるために立ち回ってるね」


ただ、上級生のプライドというのか、ノックアウトをされない程度はしっかりと防御していた。


やがて制限時間の5分の経過と同時に、和泉くんの回し蹴りが葉川くんに刺さった。


「だ、大丈夫なんですかあれ!?」


「大丈夫。あのくらいでやられるほどヤワじゃないよ」


その証拠に葉川くんは試合終了のブザーが鳴るとすぐに立ち上がったし。


「おぉ〜…痛ってぇ…脳が揺れる…」


「…ありがとうございました」


結果はAIによる和泉くんの判定勝ち。しかし和泉くんは浮かない顔をしていた。


「うむ、模擬戦をしてくれた先輩と和泉くんに拍手!」


パチパチとクラス全体から拍手が上がる。特に女子は今の戦闘でほとんどの子が和泉くんに惚れ込んだようだ。熱烈な拍手を送っている。


「痛て〜」


「おつかれ葉川くん。未咲ちゃんが応援してくれてたよ?」


「ん? ああ宮部さん。お恥ずかしいところをお見せしました」


戻ってきた葉川くんが未咲ちゃんに頭を下げた。


「いえいえっ、勉強になりました!」


「そう? 一方的な負け試合だったけどね」


「そんな事ないです! しっかり致命傷になる攻撃は避けてましたよね!」


「まあね…あ、そろそろ移動するんじゃない?」


「あっ、本当だ。ありがとうございました! 怪我は早めに治療してくださいね!」


そう言って未咲ちゃんが去っていった。


「いい子だなぁ」


「いい子だねぇ」


二人して同じことを呟く。


「和泉くん、どうだった?」


葉川くんに対戦した感想を聞いてみる


「このまま然るべきステップを踏めば今年中に100位内には入れるよ」


「ほう、さすがA組、といったところか」


「カッコつけんな」


葉川くんがツッコミを入れるが、お腹を押さえて顔をしかめた。


「…大丈夫? おぶろうか?」


「…いや、肩、貸して。探偵部戻ろう」


「はい、どーぞ」


私が葉川くんの右腕を方に組ませて、校内に戻る。


「葉川くん、あまり無理しないでね。私が代わりに出ても良かったんだよ?」


「まあ、一年たちに敷居の低さを知ってもらおうと思って…」


「もうちょい互角に戦うくらいすればよかったのに」


「……」


「なにか言ったらどうなんですかね?」


「……」


「…おーい? 葉川くん?」


黙りこくった葉川くんを不審に思い方を揺らして声をかける。


もしかして結構ショックだったのだろうか。


「…壬生さん」


「はい」


「……探偵部戻る前に、俺の昼食が戻りそう」


「急げ急げ急げ!」


突然の爆弾発言に私は歩調を上げて顔色を悪くした葉川くんを運んでいった。

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