第9話 神速金魚鱗の釧(カムハヤカナイロコノクシロ) Ⅴ

 亜多加銀行古都本店金庫室前。

「あ、出木さん」

という行員の声を無視して

役席専用のキーケースをポケットから出すと金庫の鍵を挿し、重たい扉を開ける。

ふらふらと貸金庫用の鍵の収納庫の前に立ちカードキーで引き出しを開ける。

声をかけた行員は、貸金庫の顧客でも来店して急いでいるのだろうと、そのまま立ち去ったが、出木が手にしたのは、新規用番号の書かれた茶封筒ではなく、マスターと書かれ厳重に封印されたものであった。

それを左手で握り締めると右手で沢山の判の押された封筒をびりびりと破りながら貸金庫室へと向かった。


 亜多加銀行旧貸金庫室。第二応接室と通路を挟んだ営業室側に半透明の扉があり『貸金庫』と書かれている。

黒いスーツの女性に右腕をつかまれた刈家が促されてドアの横のカードリーダーに自分の名札を当てる、カチャリと鍵の開く音がする。

すかさずボディガードがドアを開ける。中に入ると、短い廊下の両脇に個室が四部屋あり、突き当りが防火扉に守られた金庫室になっている。

「あの突き当りの金庫室に古いお客様の貸金庫があります。

大きいサイズの貸金庫を利用したい人の分もです。

ここまで来たんですから、離してください」

刈家が黒いスーツの女性の手を振りほどこうとするが、びくともしない。

「ここから先は、行員しか入れないんです。

決まりですから。お客様は、そのライトのついていない部屋へ入ってください。

契約なさった貸金庫を持ってきますから」

刈家の懇願する声の力がだんだんと弱くなっていく

個室のドアの上部のライトは全室消えていた。

 廊下に設置された防犯カメラに気付いたボディガードは、半透明のドアのところに残った。

 そこへ、マスターキーの袋の残骸を撒きながら出木がやってきて、二段階の貸金庫室の鍵を開けた。


 中央にそれほど大きくない長方形のテーブルの置かれた、窓のない貸金庫室。

入口正面の壁全面に横40cm縦25cmほどの引き出しがびっしりと並んでいる。

「この女を依り代にする」

 黒いスーツの女性が頷くと、刈家を男性の前に跪かせた。

ブルブル震えている刈家の額あたりをやけどの跡の禍々しい右手が鷲掴む。

「ひひぃい」

刈家の喉から風だけの悲鳴が流れる。

「この女、邪念が多くて使いやすいわ」

 男性の玄武の指輪が赤く熱を帯びたように光り、その手と刈家の頭からタンパク質の焼けるにおいがする。

 赤黒い熱に呼応するかのように、貸金庫の引き出しの一つががたがたと異音をはなつ。音の方向を見て、位置を確認した男性

「ふははは」

と笑っていたが、ふっと怪訝な顔をして刈家の頭から手を放す。

「どうかなさいましたか?」

 黒いスーツの女性が問うと

「いや。その女。珠緒と近しい者と接触しておる」

「すぐに調べましょうか?」

「まぁ。いい。曜子は、こちらの手の内にある。

今は、カムハヤカナイロコノクシロを手に入れよう。あそこだ」

「はい」

 黒いスーツの女性、ぼんやりと立っている出木の胸倉を右手でつかむと、左手で出木が手にしているマスターキーをがっしり覆い、大きく口を開け出木の唇を貪った。

とたんに出木の髪が逆立ち顔色が茶色くなり黒目が反対方向を見る。

赤く艶を増した唇を離すと共鳴していた貸金庫を指さし

「あの箱をあけなさい」

と出木に命令した。









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