第8話 神速金魚鱗の釧(カムハヤカナイロコノクシロ) Ⅳ

 私立アルカイック学園理事長室。

理事長席の電話が鳴る。瑠奈の肩がびくっと上がる。

鳥生が電話を取る。

「はい。亜多加銀行古都本店から。つないでください」

 環お姉ちゃんの銀行から?おかあさんのこと?何故学校に?

混乱している瑠奈の背中を抱きかかえるように座っていた紫、鳥生の方を凝視する。

同時に、電話の音に反応してこわばった瑠奈の膝の上の手を、大丈夫だと励ますようにポンポンと空いたほうの手で覆う。

 ほんの数十秒があたりの空気を張り詰めさせる。

「もしもし、理事長の鳥生です。そうですか。ご連絡ありがとうございます。

すぐに武ノ内さんを迎えに行きますので、身内が事故にあったということで帰らせてください。どうかくれぐれも一人で帰らさないでください。よろしくお願いします」

 と言って受話器を置く。顔を上げて、紫と紫衛をそれぞれ見て頷き

「紫衛。環さんを迎えに行きなさい」

「はい」

 紫衛が頷く。

「待ってください。私も行きます」

 堪らず瑠奈が立ち上がる。

「そうね。紫衛だけが行って警戒されたらいけないから」

 紫衛がむっとした表情を浮かべる。

が、紫の眼中にない。

「瑠奈が行った方が良いかもしれない。念のため護衛をあと二人、連れて行って。そうね一人は、瑠奈とよく似た背格好の娘で同じ形の別の車にしましょう」

 まるでドラマのセリフのようなことを云う紫を見つめながら

「先生は、何者なんですか?どうして私にそこまで」

 瑠奈が尋ねる。

「無事、ここへ帰って来なさい瑠奈。きちんとお話ししたいことがあります」

 と言って優しく抱きしめた。


 亜多加銀行古都本店営業室。

 刈家に資料を押し付けられたうえに、突き飛ばすように押されてバックヤードに帰ってきた環。とにかく融資係長にこの資料を渡してと思ったが、刈家の思惑通り難しい融資客の接客中だった。こういう時一番に状況を相談するべき事務役席の出木もいない。多忙で話しかけにくい事務係長に相談しようと思った時、その人の方からやってきた。

「武ノ内さん良かった。ここだったのね」

「係長申し訳ありません。今、応接のお客様にお茶を出そうとしてたら、お客様が廊下でご自分がなさると」

「あなたが依頼したのでは、ないのね」

「もちろんです。それでそのやり取りを見ていた刈家さんがお客さまに謝ってくださるから、この資料を融資係長にと」

「はぁ。きっともう、新しい資料で接客してるわね。一応、刈家さんの云ってるお客様との確認は、しておきます。

それより、お身内の方が事故に合われたそうで、人事部長がうちの部長にあなたを早退させてくれるように頼みにいらしたわよ。隣のセンターの営業車専用駐車場に迎えの車を止めれるように手配してくださってたから、部長に挨拶してすぐに帰り支度なさい」

「だ、誰が事故にあったんですか?」

「ごめんなさい。教えてもらえなかったの。ご家族に電話してくれる?」

「はい。すみません」

 そう言って頭を下げると部長席へ急いだ。

 環の後ろ姿を見ながら、武ノ内さん優秀だから良いけど、人事部長のコネ入社らしいよ。という噂は、本当だったんだ。と事務係長は、思った。それにしても刈家さんにも困ったものね。と思いながら、融資係長の接客している顧客と環から受け取った資料の名前が同一か確認するためロビーへ回った。






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