第10話 神速金魚鱗の釧(カムハヤカナイロコノクシロ) Ⅵ

 亜多加銀行古都支店旧貸金庫室。

 防犯カメラを監視していて駆け付けたはずのガードマンが、使用されていない個室内で気絶した状態で転がされている。半透明のドア横には、周りを警戒しているサングラスのボディガード。

 防火扉がピタリとしまった貸金庫室内では、異臭が漂っている。

 さっきまで、がたがたと音を立てていた貸金庫の引き出しが、出木の手により開けられようとしていた。マスターキーで開けられたそこには、朱色らしき模様の見える黄土色の麻布に包まれた、護符のついた塊が入っていた。

 出木が護符をほどく。指先から湯気が立ち上る。

熱さに我慢しきれなくなり手を離した時、ボロボロと護符の紐が崩れた。描かれていた朱の模様がくすぶりだす。

焦げた麻布からでてきたのは、緑の錆が浮き、半分以上茶色に変色した金の腕輪である。

「出せ」

 黒いスーツの女性に命令されて出木が手を伸ばす。

ジュッと出木の指先の焼ける音と

「うわっ」 

 という悲鳴が同時だった。

「その女に運ばせよう」

 玄武の指輪の男性が出木の後頭部を掴む。

黒いスーツの女性は、髪が焦げ額に火傷を負った刈家のブラウスを半分脱がし、素早く左腕を出させた。

 指輪の男性に頭を掴まれた出木は、自分の手のひらを焦がしながら、変色した金の腕輪を掴む。そうして、刈家の苦痛の表情などお構いなしに、ぐいぐいと左腕に通していく。白く肌理の細かい肌を焦がすと、腕輪の緑の錆が少しずつ減り、鱗の模様が一枚ずつ浮かびあがってくる。二の腕まで腕輪が上がった時には、刈家の意識は全て無くなったようだった。それでも倒れることなく、ブラウスは、はだけたまま。目は、閉じられた状態で貸金庫室を出ていこうとした。

躑躅つつじさま」

黒いスーツの女が、初めて男の名らしきものを口にした。

「よい。祭りへ向かう。たどり着くころには、傷も癒えておろう」

「はい」

 そういうと長居は無用と出木だけを残し、貸金庫室を出た。


 亜多加銀行古都本店通用口前面道路。

 少し離れた道路端に、融資枠の拡大を断られた軽井が、銀行員の誰でも良いから仲良くなれないかと、チャンスを求めて外車の運転席で待っていた。

話すきっかけさえできれば、魅力的な自分なら女性に貢いでもらえると信じていた。

 銀行通用口ドアが、開きかける。

「来た」

 と期待のこもった言葉を発したあと、軽井が大きく目を見開く。

 服装は乱れ、目を閉じたままの刈家が通用口から出てきたのだ。

あまりの異様さに一瞬ひるんだが、切羽詰まった状態の自分に神様がチャンスをくださった。と思い直した。弱っている相手なら付け込める。

 転びそうな勢いで通用口前に走り、刈家に上着をかけると、有無を言わさず車に乗せる。

シャランどこかで音が聞こえた気がした。


慌ててエンジンをかけ、ハンドルを握り締める。

「あ、痛っ」

刈家に自分の上着を着せかけるときにヘンテコな腕輪で手のひらを切ったようだ。この程度でと驚くくらい血が出ていた。

ティッシュペーパーで血を拭こうとすると、助手席でぐったりしていたはずの刈家の目がパチリと開き。軽井の手を掴むとペロリと舐めた。

「いや、俺のケガよりあんたの火傷だ。病院へ行くか?」

「不死の山へ」

そういうと魚の目をした刈家の唇が、軽井に覆いかぶさった。

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