第5話 私以外の女と話しちゃダメですよ?




『なんであの女と話をしていたんですか? 私という恋人がいるのになんで話したんですか?』


「なんでと言われても」


 彼女の勢いに引きながらも答える。


「そりゃ素材を換金するのに必要だったから。それに話したと言っても事務的なことがほとんどだったし」


『事務的? そんなの関係ありませんよ。話しているじゃないですか、言葉を交わしているじゃないですか、目と目を合わせているじゃないですか。これって浮気ですよね。私という恋人がいるのに他の女と会話をするなんて、目を合わせるなんて、浮気ですよね?』


「ええ……。浮気?」


 浮気のハードルが低すぎる!

 会話した程度で浮気になるなんて聞いたことねえよ!



『マスターはそんなにあの女と話したかったんですか?』


 そして、彼女の声のトーンが一段階下がる。

 あ、これやばい奴だ。


「話したかったとかじゃないよ。必要だから話しただけだから。ほんとにそれだけだから」


『でも私以外の女と話す必要なんてないですよね』



 あるよ!

 そんな必要はたくさんあるよ!

 この世の半分の人間は女性なんだぞ!?



「あはは、まったく。そんなこと言ったら、今後すべての女性と話しちゃいけないことになっちゃうよ」


『え、当たり前じゃないですか』


 なにを今更、というようにレーヴァが告げる。


『私という恋人がいるんですよ。他の女と話していいわけありません。というか、私がいるから他の女なんていらないですよね』


 いるよ。



「それじゃあ、俺はもう他の女性と付き合うことも結婚することもできないっていうのかよ」


 ぼそり。

 呟いてしまう。


 うかつにもつぶやいてしまった。


 そしてレーヴァはその言葉を聞き逃すことはしなかった。



『他の女性? マスターが私以外の女と付き合う?』



 数秒間、彼女は静かになった。

 そして数秒経つと、怒涛の勢いでまくし立て始めた。



『ありえないありえないありえないマスターは私のものマスターは私が好きマスターは私の恋人マスターは私の婚約者マスターは私の夫マスターは私のものマスターは私のものマスターは私のもの他の女なんていらない他の女なんていらない他の女を全員殺してマスターは私だけのものにする私とマスターだけの世界に――』


「ごめん。嘘。今のは違う、なんでもないんだ。そう、たとえ話だよたとえ話」


 なんかレーヴァがやばいから、自分でもよくわからない言い訳をする。



『なーんだ。たとえですか。よかった。マスターは私だけを愛しているにきまってますよね』


 

 俺の言葉に納得できたのか、彼女は嬉しそうな声色に戻る。


 もうこの切り替えの早さが一番怖えよ。



『マスター。もう二度と私以外の女と話なんてしちゃだめですからね?』


「わ、わかったよ」


『それと、私以外の武器を持ってもいけませんからね?』


「え? 武器も?」

 

『当たり前ですよ。私以外の武器を使ったら、それは浮気ですから』


 だから。


『二度と他の女に話しかけたり、他の武器を持ったりしないでくださいね?』


「わ、わかったよ……」


 はあ、とため息をつく。


 正直。

 俺はレーヴァの常軌を逸した嫉妬深さに辟易としていた。


 こうなったらしょうがない。

 諦めて彼女を受け入れよう。


 そう、そうだ。

 受け入れればいいのだ。


 確かに彼女はヤンデレではある。

 愛情は重いし、ぶつぶつと呟く姿は恐ろしいが、しかしそれだけだ。


 実際に危害があるわけではない。

 彼女に逆らったとしても傷つけられるわけではないのだ。


 実際に存在するヤンデレの女とは違うのだ。

 包丁でこちらをさしてくるわけでもない。

 監禁してくるわけでもない。


 ちょっと発言が危ないだけで、物理的な被害は何一つ存在しないのだ。

 それに、いざとなれば逃げることもできる。


 彼女は剣だ。

 どんなに強い力を所有者に与えようが、意思をもって話しかけることができようが、剣であることには変わらない。

 自力で動くことはできない。


 ならば、本気で逃げようと思えば逃げることは簡単だ。

 どこかに彼女を放置して逃げればいいと言うだけの話である。

 

 場所はどこでもいい。

 宿の一室でも、そこらへんの草原にでも、なんならダンジョンの奥にでも置いて行ったらそれでいいのだ。


 無論、そんなことはしたくはない。

 俺は彼女のおかげで命を助けられた身だ。

 恩があるし、自分に好意を抱いてくれる存在に対してそんなことはしたくはない。


 だがいざという時にそういう手段があるのだと思っておけば、いくらか気が楽になる。

 逃げることは不可能ではないと思うことで、心情的にはかなり助かるのだ。


 自分を納得させる理由を無理やりに作っているという自覚もあるが、そうでもしないとやってられない。

 

 しかしその安心は長くはもたなかった。

 その思いに冷や水が浴びせかけられるのは、数時間後のことである。


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