第4話 なんで私以外の女と話したんですか?



 俺は冒険者ギルドに戻って来た。



「生きて戻ってこれたか」



 深いため息をつきながら、入口からギルドの中に入る。

 ギルドはいつも通りに冒険者たちの喧騒であふれていた。


 ミノタウロスに追われている時は、もうこんな光景は見られないと諦めたものだが。

 しかしこうして無事に帰ってくることができた。

 それだけでも幸せなことだ。



『ここがマスターの仕事場ですか』



 頭の中に声が響く。

 発したのは俺のてにもつ魔剣レーヴァテイン、通称レーヴァだ。


 俺はレーヴァと契約をすることによって力を得てミノタウロスを倒し、生きて帰ることができた。

 俺が生き残ることができたのはレーヴァのおかげであるため、感謝はしているのだが。


 しかし、彼女はヤンデレだった。


 感謝はしているんだけど、彼女と一緒にいてもいいのか迷うところだ。



「仕事場っていうのは少し違うかな。ここで仕事を貰って、迷宮でモンスターを倒す仕事をするんだ」



 俺はレーヴァの疑問に答える。


 端から見れば、俺が独り言を呟いているように見えるだろう。

 どうやらレーヴァの声は俺にしか聞こえないらしい。


 街に来た時、衛兵に彼女の声が聞こえているか確認したが、何も聞こえてなかった。

 街で彼女と会話をしていると、おかしな人を見る目で見られたくらいだ。

 


『では、マスターの仕事場は迷宮ですか?』


「まあそうなるな」


『では仕事場で私と出会ったわけですから、職場結婚というものですね』


「そ、そうだね」



 彼女はなぜか、契約者の俺を恋人だと思っている。

 否定すると声のトーンが冷たくなり、ぶつぶつ呟き始めるのだ。

 とても怖い。


 まあでも、そこを否定しなければ問題ないからまだいいとしよう。


 ああそうだ。

 注意しておかなければいけないことがあった。



「一応言っておくけど、人前で話しかけても対応できないからな」


『どうしてですか?』


「さっきも衛兵さんと話しててわかったろ。俺の声はお前以外の人にも聞こえるけど、お前の声は俺以外には聞こえないんだ。人前でお前と話していたら独り言を呟く変な人だと思われちまう」



 そう。

 先ほど街に帰ってくるときに衛兵と話をして、彼女が俺以外の人間と話せないことを知った。


 たぶん、契約者以外とは話すことができないのだろう。

 契約する前に話せたのは、契約前のお試し的なものだったのかな。



『他の有象無象なんてどうでもいいです。私はマスターとお話ししていたいです』


「わかってくれ。俺が変人だと思われたら今度から仕事がやりにくくなる。恋人の仕事の邪魔をするようなことはしないよな?」



 そう告げると。



『もちろんです。私は常に夫を立てるいい妻ですから』



 どうやらレーヴァは納得してくれたらしい。

 だんだん彼女との付き合い方がわかってきたな。



『わかりました。マスターが誰かとお話をしている間は静かにしていますね。いい妻ですから』


「ああ。それで頼む」



 しかしさっきから思っていたんだが、恋人なのか妻なのかどっちなんだ。


 

「あ、ユーリじゃん」



 ギルドの受付に行くと、ミレイさんが俺に話しかけてきた。


 ミレイさんはこのギルドの受付嬢だ。

 年は若いが優秀な受付嬢であり、男ばかりの冒険者ギルドにおいて一種の清涼剤になっている。

 

 また、冒険者に登録した時に担当してくれたのも彼女だ。

 冒険者に登録した時からの仲であり、お互い年が近いこともあって、友人のような距離の近さで接している。



「無事だったんだ。タルタロスの迷宮に行ったって聞いたときはやばいかなって思ったんだけど」



 タルタロスの迷宮とは俺が先ほどまでいたダンジョンの名前だ。



「まさか私もAランクのダンジョンに向かうなんて思ってなかったわ。心配してる娘もいたんだよ?」


「それは申し訳ないことをしたな。ていうか、あそこAランクダンジョンなのか。道理で強いモンスターが出たと思ったよ」


「知らないで行ったの? あのさあ、ダンジョンのランクを知らずに行くなんて自殺みたいなもんだからね?」


「身に染みてわかったよ、ほんと」



 ミノタウロスに襲われた時のことを思い出し、身震いする。

 本当に危なかった。



「ま、無事に帰って来たんなら良かった。いやむしろ驚いたよ。Aランクダンジョンにいるモンスターから逃げられるくらいの強さは持っていたんだね」


「逃げるどころか、倒したんけど」


「いやいや、そんな嘘つかなくてもいいよ。Dランクに上がったばっかのユーリにそんな力はないことくらいわかっているから。今は無事に逃げられたことを喜ぶべきで――」



 俺が嘘をついていると思っているミレイさんが話す途中、俺は懐からミノタウロスの素材を出して見せつけるようにカウンターに置く。

 それを見た彼女は、驚きのあまりぎょっと目を見張った。



「え、これ。ミノタウロスの素材? もしかしてユーリが倒したの?」


「ああ。この魔剣を使って」



 俺はレーヴァを持ち上げ、ミレイさんに見せる。



「ダンジョンの中に刺さっていたんだ。この魔剣のおかげでミノタウロスを倒すことができた」


「そ、そんなすごい魔剣を見つけられたのかよ。いや、もしかして魔剣があることを知ってた?」


「さすがに知らなかったよ。見つけられたのは偶然だ」


「そう。すごい偶然に助けられたんだね」



 はぇー、と深く息をつくミレイさん。



「怪我の功名というかなんというか。そんな強い魔剣を見つけられてよかったじゃん」


「ああ。本当に幸運だったよ」



 話ながらミノタウロスの素材を換金してもらう。


 さすがAランクダンジョンに出てくるモンスターなだけあって、かなりのお金になった。

 というか、俺がEランク冒険者の間に3か月かけて稼いだ額を超えていた。

 すげえな、Aランク。



「あ、強い魔剣を手に入れたからって調子に乗らないようにね。強い武器を手に入れて調子に乗った冒険者が死んじゃうことなんて、よくあることなんだからね」


「わかってるよ」



 換金した金を懐にしまう。



「そこそこ金もできたし、次からは焦らずにゆっくり稼いでいくさ」


「そうしたらいいよ。じゃあねー」



 ミレイさんに手を振られながら、ギルドを出ていく。

 何事もなく換金が終わった。

 


『ねえマスター』



 そして、頭の中に声が響いた。

 レーヴァだ。


 ミレイさんと話をしている間、彼女はずっと話さずに黙っていた。


 恋人であることを否定せず、むしろそれを逆手にとって頼めば彼女は言うことをきいてくれる。 

 よしよし。だんだんレーヴァとの付き合い方がわかってきた。


 なーんだ。

 ビビる必要なんてなかったじゃん。


 

『マスター。一つ、おききしたいのですが』


「なに?」


『なんであの女と話したんですか?』


「あの女って、ミレイさんのこと? そりゃ受付にいたんだから話さないと換金できないじゃん」


『あの女のいるところに行かなければいいですよね?』


「え?」


『わざわざあの女に話しかけなくても、他の受付に行けばいいですよね?』


「いや、受付にいたのはミレイさんだけだから」



 実際、ギルドの受付には彼女しかいなかった。

 他の職員は別のところで作業しているのだろう。



『職員の誰かを呼べばいいじゃないですか。女しかいなかったならまた別の日に換金すればいいじゃないですか』


「レーヴァ?」


『それなのに、なんであの女と話したんですか?』

『なんで私以外の女と話したんですか?』

『なんで? なんでですか? ねえなんでどうしてなんでどうしてなんでなんでなんでなんで?????』



 怒涛の勢いで紡がれる言葉。


 俺は、そのときわかった。

 レーヴァとの付き合い方がわかったという俺の考えは、甘かったということに。



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