第6話 人型化




 宿の一室。

 そこで俺は信じられないものを見ていた。



『あはっ!』



 ベッドの上で飛び跳ねて喜ぶ女性の姿を。


 この女はいったい誰だ? とはならない。

 なぜなら俺はこの女性を知っているから。


 ずっと見ていたのだ。

 彼女がこの姿になる瞬間を。



「レーヴァ……」



 その女性の名前を呼ぶ。


 そう。彼女はレーヴァ、魔剣レーヴァテインである。

 先ほどまで魔剣であった彼女は、人間の姿になっていた。


 宿屋にたどり着くや否や、魔剣の形態から人間の形態へと変化したのだ。


 なんで?

 マジでなんで?

 ほんとに脈絡なく唐突に変化した。


 もうそれは色々とおかしいと思う。

 意思があるというだけで大分おかしかったのに、姿かたちが変わるってどういうことやねん。



『マスター! マスター! 私、マスターと同じ人間の姿になることができました!』



 ぴょんぴょんベッドの上を跳ねて無邪気に喜ぶレーヴァ。

 

 彼女は十代後半の少女の姿だ。


 髪は黒髪ロングで色白、手も足も華奢な細身である。

 顔は可愛い系というよりも美人系。

 しかし無邪気に喜ぶ姿は可愛らしい印象を受けるものだ。



「で、なんで人間の姿になれたの? あ、もしかして最初からその姿にはなれたとか?」


『いいえいいえ! 人の姿にはなれませんでしたよ。なれませんでした。で・す・が! それも過去の話です! マスターへの愛の力でその不可能を可能にしてしまいました!』


「あーなるほど。愛の力ね。へー、愛かー」


 もはや棒読みになってしまっていると自分で感じる。

 

 すごいな。

 なんでもありじゃん、愛の力。



『嬉しいですマスター! これでマスターと直接触れ合って愛し合うことができますね!』



 ニコニコと可愛らしい笑顔で言うレーヴァ。


「……そうか。ま、まあ、そうだな」


 その姿に、俺は照れてしまう。


 今の彼女は人間の姿で、しかもかなりの美人だ。


 素直に愛を告げられて悪い気はしない。

 俺自身、女性経験が少ないこともあってかドキドキしてしまう。


 確かにいきなり人の姿に変身したことに驚いたが、まあ別に悪いことではない――



『これでマスターに近づく女やマスターに近づく武器を、直接この手で全て滅ぼせますね!』



 前言撤回。

 悪いことだった。


 え。待って。

 待って待ってちょっとおい。


 これもしかしてやばいんじゃね。

 状況は悪くなっているんじゃねえか。


 魔剣状態ならば物理的な被害というものは存在しなかった。

 意思をもってはいるけれどもあくまでただの剣であり、彼女自身が動くことはできなかったのだ。

 だから傷つけられることはなかった。


 俺自身もそうだし、彼女が嫉妬する女性に対しても直接的な被害は無かったのだ。


 それにいざという時に逃げるという選択肢も存在した。 

 

 しかし、いまはもう違う。

 人間の姿になったということは、腕もあるし足もある。

 つまり、自分の足で移動して相手のところへ向かい、自分の腕で襲うこともできるのだ。


 そしてその相手というのは俺も例外ではない。


 に、逃げられない……!


 どこかに放置して逃げたりなどしたら、追いかけてくるに決まっている。

 それどころか、捕まりでもしたら監禁コース?

 あるいはもっとひどいことになる可能性も。


 いや、いや、考えすぎだ。

 いくらヤンデレでも、恋人を名乗っている相手に対してさすがにそんなことはするはずが……。



「なあ、レーヴァ。一つききたいんだが」



 不安に駆られた俺は、尋ねてみることにした。



『はい! なんでもきいてください!』


「もし。もしの話だよ。これは仮の話として聞いて欲しいんだが」


『はい』


「仮に、俺に君以外の恋人ができたり、もしくはある日突然いなくなったしたらどうなるのかな」


『魔剣(わたし)以外の恋人……? マスターが突然いなくなる……?』


 質問した瞬間、彼女の気配が変わった。

 声のトーンが一段階さがり、目のハイライトはなくなり、そして周囲に黒いオーラが漂い始める。


 あ、これやばい奴だ。

 てかこの黒いオーラなに?

 どっから現れたの?


 

『そんなの、許すはずがありません』


「う、うん」


『そんなことになったらマスターを誘惑したクソ女は殺します。それはまず決定事項として』


 あ、決定事項なんだ。


『マスターにも罰を受けてもらいます』


「……うん」


 あーやっぱりそっち系か。

 そっち系のヤンデレだったか。



『浮気したマスターは罰を受けてもらわなければいけませんよね。だって恋人を裏切ったんですもの。罰は確定ですね。私以外の女を目に入れるからそんなことになるんですよ。だからまずは目をくりぬきます。私以外の女を映す眼球なんていりませんよね。それにもしかしたら手をその女に触れさせてしまったかもしれません。ああどうしましょう、そんな穢れのついてしまった手は切り落とす必要がありますね。それにそれに、私以外の女のところに行かないように足も切り落とすしかないです。手も足も目もなくなって、寝たきりのマスターを人間形態の私が一生面倒を見ることになりますね。あ、それいいかもしれません。私はマスターなしでは生きていけませんし、マスターも私無しでは生きていけない状態になるなんて最高です……!』



 恍惚とした表情で、つらつらと述べていくレーヴァ。



『あ、マスターが私を置いて逃げた時にも同じことをします。一生監禁して、一生私を頼って生きて頂くことになりますから』

 

「そ、そうか……」


 彼女の言葉を聞きながら、俺はガタガタと震える体を押さえておくことができなかった。


 まずい!

 想像以上だった!

 想像以上にひどい仕打ちを受けてしまう……!


 これを聞かされて、逃げることを考えられるほど勇敢ではないし無謀でもない。


 絶対に他の恋人は作れないし逃げられないことを理解させられてしまった。


『まあ、そんなことありえませんけどね。だって、マスターが私を裏切ることなんてありえませんから』


 そして、再び目のハイライトが消える。




『……ありえませんよね?』




「はい! もちろんです!」


『あは! そうですか! 嬉しいです。愛してますよマスター!』


 俺の返答に満足したのか、彼女はにこやかに笑っていた。


 

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