第8話 あのひとは、いま
「……ええと…………誰?」
「と、と、突然ごめんなさい。その、人を探していて」
例え相手がうんと歳下の子供でも緊張する性質らしい。女はおどおどと手を
「えと、それで何で僕に聲をかけたの?」
「そ、その。とても綺麗な子と聞いていたから……」
それまた曖昧な情報をもとに人探しをしているものだ。幼いながらに悠葵は呆然とした。「綺麗」などという感性は人によって異なるし、小学生に「綺麗」などと感じる者がいるのか。同学年の女児でも気になる相手には「格好良い」という
「…………ええと、誰から言われたの?」
「あ、やだ。ご、ごめんなさい。
まったく知らない。悠葵は貌を引き攣らせた。そもそもその「遠野」さんはいったい幾つのひとで、女なのか男なのかも解らない。あまりの説明下手な女に悠葵は頭を抱えた。
「その、「遠野」さんはどんなひとなの。僕と同じくらい?もっと下?それとも上?女のひと?男のひと?」
「あ、えと。私より五つ上の男よ。……その、よく此処で小学生の子とお喋りとかしてた、て言っていて……それで、ええと。とても綺麗な男の子、て……そのそれで……ええと……」
思考が混乱したのか、女は目を回し遂には押し黙ってしまった。悠葵はこれまで、気の強い母親や、子供達を追い回す教師ばかりを見てきたから、実に新鮮な性質の大人の女だと感じる。いったい
「誰かのお父さんなの?そのひと。でも、遠野なんて名字の同級生は僕にはいないよ」
「え、えと違うのよ。その……」
「それとも怪しい人?」
「そ、その怪しいかはわからないのだけど……」
わからないのかい。悠葵は内心で思わず漫才師のように叫ぶが、喉のあたりで押し留めた。彼女はこれでも必死に何かを伝えようとしているのだ。
「ね、猫背で長身のひとを、知らないかしら?」
女の言葉に、悠葵は瞠目した。悠葵は喰らいつくように女に詰め寄った。
「そ、それって。目が死んでて無口で……」
「え、ええ」
「名前は「マサ」さん?」
「ちょっと違うけれど……わたしの知っている彼は
トオノマサヒト。それが、あの男の本当の名前。悠葵は動揺を隠せないでいた。
「そ、その。マサさんとは、いったい……」
女はあらいけない先に言うべきだったわね、と呟き、直ぐに上擦った聲で応える。
「わ、私は理人の妹で、
「へ、へえ」
そう言われれば、目元は似ている、と悠葵は
「それで……百合子さんはどうして此処に?」
すると百合子は暗い貌をして口を噤んだ。その表情の理由が思い当たらず、悠葵は厭な焦燥に駆られた。悠葵は
「百合子さん?」
悠葵の緊迫した面持ちを察したのか、百合子は慌てた様子で聲を張った。
「ご、ごめんなさい。怖がらせてしまって!」
「は、はい」
突然の大聲に悠葵は圧倒され僅かに後ろに引き下がる。百合子はといえば、彼女自身、己の聲に驚いたらしく目を白黒させ貌を紅潮させていた。百合子はすうはあと数回深呼吸をし、気持ちを落ち着けると漸く真っ直ぐと悠葵を見据えた。
「私の、兄はね――……自殺未遂をしたの」
「…………え?」
悠葵の思考が追い付かない。悠葵は
「いつ……?どうし……て?」
悠葵は小刻みに震える喉を震わせ、言葉を吐き出す。
「十一月の……最後の水曜日よ。偶然、私が様子を見に行っていて……それで……」
十一月の、最後の水曜日!それは、悠葵とマサが逢った最後の日だ。マサの様子が可怪しくなった、あの日だ。悠葵は口元を手で覆った。
「それ……僕が、最後に逢った……若しかして、僕の、所為?」
悠葵が言い切ると、はっと我に返った様子で百合子が聲を張った。
「違うわ!決してあなたの所為なんかじゃない。あなたの所為であるはずがないのよ。だって兄は……」
百合子はしくしくと涙を落として項垂れた。そして、ぽつり、ぽつりと小さな聲で言葉を紡いだ。
「兄さんはずっと、後悔していたのよ――……」
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