第7話 ひとりの冬
しんしんと、寒さがより濃くなっていく。冬は深まり、どんよりと厚い雲に覆われた
「おおい、夏目。一緒に遊ばね?」
サッカーボールを抱えた鈴木少年が愉しげな聲を上げた。その後ろにも二、三の少年たちが連なり、
「ごめん、帰らないと」
「ええ、なんでだよ。明日から冬休みだし、宿題なんて後でいいじゃん。それとも大掃除の手伝い?」
「違う違う。僕、そろそろ受験日だからさ」
悠葵が肩を竦め、乾いた嗤い聲を零すと、鈴木少年は実に不服そうな面持ちになる。
「ええ、少しくらい大丈夫だろお?なんでそんなに勉強するんだよ。実は夏目、ガリ勉?」
「仕方ないだろ。試験が結構難しいし、一月の真ん中が本番なんだしさ。僕だって机にかじりつきたくねえよ」
「てか、何で試験受けないといけないんだよ。中学はそのまま行けるだろう」
理解されないのも致し方あるまい。多くの小学生の
故に何故この時期にそんなに根詰めて勉学に励まねばならぬのか、大多数の
悠葵が校門の外に出ると、周囲には多くの
(マサさん、
家路の途中、児童公園の前で悠葵は立ち止まった。あのいつものベンチに長身で猫背の男の姿はない。あの日からまったく彼の姿を見ていない。悠葵にはそのことが酷く悲しく思えた。あの日、悠葵の泣き止んだ頃。マサは穏やかだけれど苦しそうな面持ちをしていた。あんなマサは初めて見た。悠葵にはそのことがずっと気掛かりでならない。それに――……。
(僕に掛けていたあの言葉。まるでマサさん自身に言い聞かせてるみたいだった)
外からの不条理に負けるな――マサには、「不条理」へ何か覚えでもあったのであろうか。虚ろな
視線を前方へ向けると、幾人の児童たちが駆け回っている。
(そう言えば、マサさんは此処の近くに住んでいるのかな)
何となしにそう考えた。夜もこの
(まあ、聞こうにも)悠葵はその大きな黒目がちの目を伏せた。(マサさんの本名すら知らないのだけど)
それはマサも同様で、マサも悠葵の本当の名を知らない。勿論、卒業式までは「夏目悠葵」を名乗っているけれど、中学へ入学するころには「
「若しかして「ハルくん」ですか?」
矢庭に、悠葵の頭上からくぐもった女の聲が降った。聞き覚えのない聲だ。
「え――……?」
悠葵が驚いて聲のした方へ面を上げて振り返ると、ふくよかで眼鏡の中年女がひとり、悠葵の真後ろに立っていた。その眼差しはおどおどと自信なさげに彷徨っていた。
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