第4話 醜さを隠して
毎週水曜日の夕方は、
マサはというと、相変わらず悠葵に興味が無いらしくスケッチ・ブックか景色ばかり眺めている。悠葵から問われれば応えることもあるし、何も返さないときもある。しかし一貫して眉根ひとつ動かさないことが多い。そしてそれは、今日も同じだった。
今日も出会い頭の挨拶を交わした後、ふたりの間に言葉らしい言葉は交わされていない。厚い雲に覆われた寒空の下、マサは
「よし、おまえが鬼なー!」
「ええ……やだよう」
「ほら、数かぞえろよ!」
「……わかった」
「わー!にげろー!」
悠葵よりうんと小さな
「――……何歳でもそんなもんなんだな」
ぼつり、と悠葵は
「ねえ、マサさんは金平糖は好き?」
「……いや、普通だが」
「じゃあ、あげる」
マサの口に淡青色の金平糖を押し込む。悠葵の空いている方の手には色とりどりの金平糖の入れられた小袋が握られていた。家に立ち寄らず直接この公園を訪れているわけだから、無論校則違反をしている。
「……そんなもの持ってきていたのか」
「うん。僕の好物」
「小学生のくせに渋い趣味しているね……」
悠葵はにやりと嗤い、グローブジャングルをぐるぐると廻して遊ぶ
「だって、なんか僕みたいでさ。それを喰ってやってんだと思うと気分がいい」
「……君は、小学生のくせに達観しているというか。捻くれているというか」
矢張り濃淡は少ないが、珍しく唖然とした様子でマサが言葉を零した。悠葵がちらりとマサの方へ目を向けると、マサは手を止めてスケッチ・ブックを眺めている。マサは静かな聲で尋ねた。
「因みに、どの辺りが似ている、と思ったんだい」
そうだな、と悠葵は呟き、少し頭を捻ったのち応えた。
「表面がでこぼこで、見る人によって見かけを変えるところ。で、そんな醜い格好をしてるのに甘くして美味しそうにするところ……母さん達の言いなりになって意見変えてへらへらして良い顔ばっかりしてる僕にそっくり」
しん、とふたりの間に静けさが訪れた。公園を駆け回る
悠葵は口の中に橙の金平糖を放り、舌で転がした。不揃いな凹凸が舌の上で滑り、じんわりと甘みが滲む。
「君は――……」先にマサが静寂を破った。「とても興味深いものの喩えをする」
「そうかな」
「君の同級生でそんな難しいこと考える
びゅうっと一吹きした木枯らしに悠葵は身を震わせた。
「あれ、夏目じゃん。こんなとこで何してんだー?」
矢庭に、幼い少年の聲が鳴った。鈴木少年だ。誰かと遊んだ帰りなのか、自転車を引いている。悠葵は一寸言葉を詰まらせた。その大きな黒い瞳は僅かに同様で揺れ、泳いだ。
――笑え。
悠葵の脳裏に
――笑え。
――
「……鈴木じゃん。今帰り?僕はたまたま今日は空いちゃってさあ。暇だから黄昏れてたあ」
悠葵は奇妙なほど明るい聲を上げ、鈴木少年の元へ駆け寄った。心の臓がばくばくと早鐘を打ち、冷たい汗が額を流れる。鈴木は気に留める様子もなく、笑い聲を上げる。
「なんだそれ、うける。あーあ、じゃあお前も誘えばよかったや。いっつも放課後は用事入ってるからさ。俺は江川ん
「おう、もち。誘ってよ」
「じゃあまた明日な!」
「おーまた明日ー!」
鈴木少年の自転車を引く後ろ姿が完全に見えなくなるまで、悠葵は口元を緩めることはなかった。
「……それ、愉しいのか」
いつの間にか悠葵の後ろにマサが立っていた。画材道具一式は片付けられており、今日はこれで帰る
「愉しく見える?」
「……まったく」
悠葵はマサの方を決して振り返ることなく、独り言ちた。
「でもさ。どんなにびいどろ玉みたいに滑らかで綺麗でも、見向きされなくなったら、価値なんてなくなるんだ。それなら僕は金平糖になってみせる」
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