好きになるということを知る


 ……肺が潰れたのがわかる。……呼吸が出来ない。


 

「アリア! おい!」


 

 ……視界が薄れてくる。

 

 わたしに突き飛ばされふらついたクリスは、振り返ってわたしに大砲が当たったことに気づくだろう。

 

 

「何馬鹿やってるんだ! 俺なんかをかばってどうする!」


 視界の端が赤くにじんできた。


「誰か治癒魔法使えるか!!! ……死ぬ気かアリア!!!」


 

 そうか、わたし死ぬのかな。


 至近距離で大砲の直撃受けてるわけだし。



 必死でわたしの顔を覗き込むクリスが視界に大きく映る。


 こんな時でも、この顔はイケメンだな……




 

 ――ああ、そうか。



 わたし、クリスのことが好きになってたんだ。



 好きになった人をかばって、わたしは死ぬんだ……




 

 ***




 

「もう中学生でしょ? 好きな人とか、いるの?」

「……いない。そんな人いるわけない」


 食卓に座るわたしの前でそう言って箸を動かすのは……ああ、思い出した。

 お母さんのマネージャーだ。

 20代後半の女の人で、両親が共にいなくて家が無人になる時、わたしの夕飯を作ってくれていた。


 わたしがどんなに両親が、芸能界が嫌いでも、当時のわたしは小中学生。こればかりは、頼るしか無かった。


「ふうん……あなた、ものすごく可愛いんだから、告ったら男はみんなイチコロだよ?」

「……また安っぽい恋愛ドラマみたいなこと言う」


「あら、意外と現実もそんなものよ。あまりにも現実離れしすぎたドラマなんて、面白くないもの」


 そうなのだろうか。

 ドラマなんて、演技という嘘を楽しむものじゃないんだろうか。


「だからね……運命の人、とかってのもいるものなのよ」

「うさんくさ……」


「露骨に変な顔しないの。……まあ、あなたには純粋な、素敵な恋をしてもらいたいのよ。難しいと思うけど……」


 このマネージャーさん、ずっと付き合っている彼氏がいるらしい。

 その話をするときが、一番楽しそうだ。


「あなただって女の子なんだから、そのうち分かる時が来ると思う。恋って、良いものよ」


 そう言ってお茶を飲むマネージャーさんのことが、わたしにはよく分からなかった。


 大人の醜い恋愛を嫌というほど見てきたわたしには、自分が恋をするイメージが微塵もわかなかった。


 



「……アリア!」


 ……マネージャーさん?


「……アリア!」


 ……ああ、そうだった。

 わたしは、こことは異なる世界で、好きな人をかばって、死んだ。


 最後に見る夢が、また前世の夢って……




「アリア!!!」




 

 ***



 


 ……どこだ、ここ。


 高い天井、整った調度品、ふかふかのベッド。


 でも、それを考えてる暇は無かった。



「アリア!」


 わたしの視界に入ってきたのは、あの、すんごくイケメンな、クリスの顔。


「……クリス?」

「ああ、俺だ」


「アリア様! 良かった……」

 すすり泣くこの声はアンだ。


 ……じゃあ……



「……わたし、生きてる……の?」


「ああ。……目覚めるまで丸一日かかったがな」


「どうして……」

 わたしは上体を起こそうとする、が脇腹にものすごい痛み。


「起きるな。骨が折れてるらしい。筋肉も相当傷んでるようだ。……大聖堂の時の比じゃないぞ」


 確かにそうだ。


 けど、この痛みは、わたしが今生きているということの証拠に他ならない。



 

 ……わたしも、わたしの好きな人も、生きている。


 


「なんで、助かって……」

「……あの後、あの場にいた全員で、お前を助けたんだ。……兵士も、民衆も」


 ……民衆も?


「治癒魔法は、複数人で重ねがけすると効力が上がる、らしい。俺も知らなかったがな」

 だから、治癒魔法が使える全員でわたしを治癒した……のだという。


「お前が倒れて……お前の血を見て、民衆の……そうだな、七割ぐらいが動きを止めた。なおも宮殿に突っ込もうとした残りの三割は、兵士たちが止めた」


「そう、なの?」

「今回、民衆の多くは価格高騰に一番苦しんでた女たちだった。……男どもに比べて、ひよってくれたのが幸いしたな」


 ……だから、結局デモ行進はあそこで止まった。


 ある意味、わたしの犠牲をもって。



 

「じゃあ、ここは?」

 

「宮殿内の救護室だ。あそこから一番近い、設備の整った場所がここだったからな」

 道理できらびやかなはずだ。


 それを背景に、ずっとわたしの方を眺めてくる、クリスの真剣な眼差し。



「……ねえ、わたし……」


「……なんだ?」



 思ったより声が大きく出ない。


 クリスの顔がさらに近づく。

 


 ……心がざわめき、言おうとしていた言葉が、出てこなくなる。


 

 

 ……なるほど。これが、人を好きになるということなのか。

 

 



 ***



 それから、アンがお父様と兄を呼んできた。


 笑ったわたしを見て、お父様は安心し、アンと兄は幼い子供のようにわんわんと泣いていた。



 ――わたしが撃たれたことは革命勢力の中心にいる人々にもすぐに伝わったそうで、昨夜に緊急の議会が開かれたという。

 そして、まず農家へ向けては土地の所有に関する税の減税、食料の売り渋りをする商会へ向けては、(半ば強制的に)安く食料を買い上げ、それを住民に配給する……そんな案が決定したとか。

 

 最終的に、強硬派も保守派も互いに妥協した、のだろう。



「人が死にそうになるぐらいにならないと、状況は変わらない、のね……」

「残念ながら……な」


 そう言ったクリスは、ちょっと悲しそうにも見えた。

 わたしを心配してくれている……と思う。




 

「それと……今回の一件を聞いた議会からお前に、正式に議員になるよう要請があった。もちろん本格的な活動は怪我が治ってからだがな」




 

 ……!?




「どうする?」


 クリスは綺麗な封筒を見せる。きっと、議会の人々からの手紙なんだろう。




 ……わたしは、顔を引き締める。


 

「……議員になったら、王都にいなきゃいけないのよね?」


「そうだな。まあ、引き続きマゼロンのところに滞在することとなるだろう」


 ……なら。



 王都に滞在し続けていれば、クリスに会い続けることができる。


「……その誘い、受けようと思う」


 


 ……民衆の前で、クリスの前で、あれだけのことを言って、もう後には引けない。


 そして何より……





 

 ――人生で初めて好きになった人と、離れるのが嫌になった。

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平穏を望む転生貴族令嬢は恋と市民革命に巻き込まれる しぎ @sayoino

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