覚悟を決めたら動くもの



 ……?



「……ええっ!?」




 思わず、立ち上がってしまった。


 大勢の目が、一斉にわたしへ注がれる。



「なんだ、あの娘は」

「こいつはちょっと面白いやつでな。俺みたいな年齢が上のやつにも容赦なく言葉をかけてくる。頭も悪くない」


 クリスがそう言って手招きするので、わたしも仕方なくクリスの元へ向かって駆けていく。


「何より、こいつは貴族でありながら、全く貴族らしくない。偉そうにする素振りが全くないんだ」


「貴族なのか? 信用ならねえな」

「貴族は引っ込んでろ!」


 たちまち非難の声。

 ちょっと、わたしも立ちたくてここに立ってるわけじゃないのよ。


「何言ってるのよクリス。わたし、政治とか全然詳しくないし、第一まだ成人したばかりで……」

「成人してるなら問題ないだろう。議員の中には俺ぐらいの若いやつもたくさんいる。それに、今の状況をなんとかするには、あまり内部事情には詳しくない方が良い」


 それ、さっきも言ってたわね。その方が新鮮とか何とか。


「お前は貴族だから、貴族についてはある程度わかる。と同時に革命反対派というわけではない。マゼロンや、他の老人議員みたいに頭が凝り固まってるわけでもない」


「……でも、それならわたしのお父様とか、お兄様でも良いじゃない」

「……悪くはないかもな。ただあの二人では、結局大きな変革を起こすことは出来ないだろう」



 ……本当に何?

 クリス、わたしのこと勘違いしてない?



「……アリア、俺はお前と少しだけ一緒に過ごした。話も色々した。その中で、お前には期待を持てたんだ」


「期待って、どういう……?」

「まず、まるで町娘のようだった。今まで俺が出会ったどの女性とも違った。貴族や金持ちの傲慢さも無ければ、貧民の卑屈さも無かった。包み隠しているものが無かった」


 ……そう、見えていたのかしら。


「頭も悪くない。でも……力がないのにも関わらず、俺を守ろうともした」


 ……路地の裏で襲われたときのことだろうか。あの時は、勝手に身体が動いていた。



「とにかく真っ直ぐなやつだ。……この国の貴族とは思えないほどな。お前、身分詐称とかしてないか?」


 どうしてそうなる。前世については何も言ってないけど。

 


「まあとにかく、お前みたいなやつが議会で物を言えば、今の硬直状態に風穴を開けられる、かもしれない。……アリアも、言いたいことぐらいあるだろ?」


 ……顔が火照っているのを感じた。今はそんなに暑くないのに。


 クリスの言ってくれることは、嬉しい。

 わたしをなぜ良く言ってくれるのか、評価をしてくれるのか、期待をしてくれるのかわからないけど、その事実は良いことだ。


 ……クリスが言ってくれるなら、なおさら。


 

 

「……うん」

 

 わたしは目立ちたくなかった。

 でも、ここまで言われて、公衆の面前で注目を浴びたら、もう後戻りできない。


 

「議会に、『とにかく早く決めろ』って言いたいのは、ある」


 わたしは覚悟を決めた。

 

 ――覚悟を決めると、思ったより大きな声が出た。


 

「今の議会は……はっきり言って、革命前とあまり変わってない。貴族の特権が無くなった、それだけ。……むしろ、平等と話し合いにこだわりすぎてる」


 もちろん平等にやるということはものすごく大事だ。話し合いも必要だ。


 でも、それには限界もある。


「まずは、ある程度強い力を持つ地位が必要だと思う。議会の議長でも、誰でも良い」

「その人物が地位を悪用する恐れは……?」

「そうならないような仕組みにすれば良い。例えば、議長は定期的に交代しなきゃいけないことにするとか」


 何か仕組みとして、特権を持つ人はやっぱり重要なのだ。

 いや、理屈ばった話よりも、今一番大事なのは……

 

「とにかく、なんでも良いから物事をどんどん決めていかないと。そうしないと……ここにいる人々は、本気で怒ってる」



 もしかしたら、もっと良い案があるのかもしれない。

 けど、それより何より、今求められるのは結果。



 ……『芸能界は結果、数字が全て』……前世でそんなことを言う人、何人も見たなと思い出す。


 もしかしてわたしも、知らず知らずのうちにそんなマインドが身についていたのだろうか。


 


「……アリア、やはりお前は、議会へ行くべきだ。貴族でそれをはっきり言った人間は、俺の知る限りお前が初めてだ」

「本当?」


 

「……確かにそうだな。なんだかんだ言って、貴族は自分のことばかりだと思っていたが」


 民衆のリーダー格の男が、声を和らげた。

 

 



 ――その時。


「うるせー! 所詮はお前も貴族だろ!」


 男の叫び声。

 

 

 視線が集まったその先には……魔力大砲がもう一つあった。

 民衆をかき分けて登場したその男は、すでに魔力を込め始めている。


「おい、やめろ!」

 クリスはすかさず、わたしと大砲との間の位置に割って入った。


「ここでアリアをなんとかしても、状況は好転しないぞ!」 

「クリスを撃つ気か! 落ち着け!」

 クリスや、リーダー格の男が叫んでも、動作は止まらない。


「知るか……! 俺の妹はな、ゲスな貴族共の遊びで傷だらけにされて、子供産めない身体にされて、ゴミみてえに捨てられたんだ……! 金が無いから寝たきりの妹を医者に診てもらうこともできやしねえ……! お前らが金や食料を独占するから、妹は、妹は……!」


「だからってクリスを殺す気か! お前もクリスは見知った仲だろう!」

「それがなんだ! 貴族の味方をするなら誰だろうと関係ねえ!」


 男はクリスに向いた大砲の向きを変えようとしない。

 それに対し、リーダー格の男が説得しようと声を荒げる。

 クリスも、わたしと大砲の間に入りながら声をかける。


 クリスと男との距離は5mほど。クリスなら飛びかかれば男を取り押さえられそうだけど、そうしないのはあくまで平和的に解決したい、という思いがあるのだろう。



 

 ……だけど。


 

 わたしはほとんど確信していた。あの男は、言葉では止められない。


 


 男の血走った、動かない目に、見覚えがあった。



 ……前世で一度だけ見た、アイドルをストーカーした挙げ句イベント会場で刺し殺そうとしたアンチの男と同じ目。現代日本風に言えば、キマってしまっている。


 


 あの男は、本気だ。



 

 

「死ねえ!」


 だから、その言葉が放たれた次の瞬間、身体が勝手に動いていた。

 クリスも、周りの人々も、男が本気で人に向けて大砲を撃つわけ無いだろうと思っている。

 だから誰もが反応が遅れる。

 動けるのはわたししかいない。


 でもそんな理屈は後付けだ。

 条件反射で、わたしはクリスを脇から突き飛ばし……




 前世と今世合わせて30年で、間違いなくダントツの痛みが襲った。


 

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