大砲と不満
「どうするのよ、あなた一人で何ができるの?」
「言っただろう。俺は時間稼ぎをするだけだ。……どうせ、上の奴らは庶民に対して譲歩することになるだろう。でもその前に庶民がしびれを切らしたら……死人が出るぞ。それも一人や二人じゃない」
「……」
クリスの顔は、いつになく真剣だ。
「必要以上の暴力、略奪は禁止……何度も言って聞かせたはずだが……まあ、仕方ないか」
「……そういえばクリス、ずっと言ってるねそれ」
「ん? 何がだ?」
「その、必要以上の暴力、略奪は禁止ってやつ……」
大聖堂でわたしを助けてくれたときにも出た言葉である。
ニッペン商会にいたときも、目を血走らせて貴族を何とかしてやろうという人々からは、クリスは距離を置いていた。
「当たり前だろう。そんなことしたら、俺らが悪者になってしまう。今まで権力の上にふんぞり返っていた貴族に報いを受けさせるのは良いが、それだけだ」
「クリス、優しいのね。アンが言ってた通り」
「……あいつから何を聞いたんだ」
アンのことが出た瞬間、クリスの顔色がほんの少し、バツが悪そうになったような。
「クリスはいい人だった、って」
「……そうか。ありがとう」
……なんで急にそんな素直になるのよ。
……キメてるように見えるじゃないの。
「年下に優しくしてたの、ちょっと意外だったわね」
「どこまで聞いてるんだ、お前……」
ガラガラガラガラ……
「盗みもワケアリのところからしかやらなかったんだって?」
「……待て。静かにしてくれ」
ガラガラガラガラ……
そこでわたしは気づく。
何、この音?
民衆の叫び声に混じって、何かが転がる音がする。
いや、転がるというより、台車を引いてるような音。
庶民の集団の方からその音が聞こえ、だんだん大きくなり……
「お、おい!」
「それをどうする気だ!」
今度は、宮殿に背を向けて並んだ兵士たちの声がする。
そしてその兵士たちが、中央から少しずつ脇に避けていき……
「どうするって、そりゃ撃つに決まってるだろう!」
その声とともに、行進の列の先から、何やら筒のようなものが突き出してくる。
「くそっ、あいつら魔力大砲を持ち出しやがった」
「……魔力大砲!?」
魔力大砲。
わたしも実物を見たことはないが、その名の通り魔力を用いて発射する大砲だ。
見た目は日本史の教科書に出てくる大砲に近い、リヤカーぐらいの大きさ。
ただ魔力を過剰に込めることで小さな爆発を起こし、ボウリング球ぐらいの大きさの鉄球を撃ち出す、その威力は相当なものである。
この世界ではまさに、使いやすくて強力な武器の代名詞だ。
……あれを何発か撃ち込めば、宮殿の正門は破壊されてしまうだろう。
そうなったら、勢いで行進の列が一気に宮殿になだれ込んでもおかしくない。
「……ダメだ、俺は行く」
次の瞬間、クリスが立ち上がり、駆け出していった。
「……クリス!」
クリスはどうする気なのか。
何か止める策でもあるのか。
しかし、わたしはどうすればいいのか……
***
「おい! その大砲どこから持ってきた!」
「……クリス! お前何しに……」
「大砲を引っ込めろ! お前ら人殺しになりたいのか!」
そう言いながら、クリスは行進の列と兵士たちの間に割って入る。
「仕方ねえだろ! どうやって俺たちは食料を手に入れればいいんだ!」
「じゃあここで宮殿を襲えばその問題は解決するのか!」
「うるせえ! クリス、お前は食うものに困ってないのかよ!」
……どうやら、行進を仕切るリーダー格の男とクリスは顔見知りのようだ。
「そんなわけ無いだろう。ニッペン商会だって、余裕の無さは同じだ。在庫をどんどん解放している。問題なのは己の利益を優先して売り渋りを続ける他の商会だ」
「じゃあ命令すればいいだろ、他の商会に。そのために権力を手にしたんじゃないのかよ!」
……確かにそうだ。
でも。
マゼロン侯爵の言っている感じだと、そういう強権発動みたいなものは拒否する勢力が議会の中にいるのだろう。
実際、それをやったら商会からの猛反発を食らうのは目に見えている。
「だから今それをやろうとしているんだ」
「もう一ヶ月だぞ!」
リーダー格の男は我慢の限界だというふうに、魔力大砲の筒を掴む。
そしてその筒を、クリスに真っ直ぐ向けた。
「これ以上邪魔するなら、お前でも容赦しないぞ……」
「落ち着け! お前ら、宮殿を襲った後はどうする気だ!」
「後……?」
「ああ。こんなことをやってたら、この国の混乱はますます拡大するぞ。戦争にでもなったら? みんな死にたくはないだろ?」
死という言葉に、民衆の何人かがびくっと反応する。
「じゃあ俺たちは、指をくわえて黙って見とけっていうのかよ」
「今の議会に問題があるのは紛れもない事実だ。ただ、それを解決するのは暴力じゃない」
「何だと……」
リーダー格の男の言葉は、荒々しい。
「……議会に不満があるのなら、代表を議員として送り込めば良い」
「え?」
「お前らがマゼロンを怪我させたからな。さすがにあの状況からすぐ復帰は難しいだろう、それまでの代理をお前らの中から立てれば良い」
クリスが言い出したが、そんなことができるのか。
マゼロン侯爵から聞いている感じだと、議会の制度とか、細かい取り決めはまだまだ全然決まってないことばかりのようだ。
日本だと、議員といえば選挙で選ばれるものだけど、今のところそういうのが行われる話もない。
それぐらいあやふやな仕組みの議会なら、代理とかいって勝手に人を送り込むぐらいできちゃうのだろうか。
「そんなことできるのかよ」
「それでうまくいくのか」
案の定、民衆の中からも声が上がる。
「少なくとも、暴力に訴えるよりはよっぽど正当で効果のある方法だ。俺の知り合いに、そういうのに向いてそうな奴がいる」
「何だよそれ。お前が責任取るんじゃねえのか」
「俺は隠密だぞ? 表舞台になんて立ちたくない」
えっ、クリスって目立ちたくないタイプの人間なの?
……と思ったが、それはおいといて。
やはりリーダー格の男と面識があるのは大きいのだろうか。
心なしか、民衆側の熱さが若干弱まったような、そんな気がする。
――と思ったら、クリスがこちらの方を向いた。
「……アリア。お前、議員になる気はないか?」
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