終わらない失敗、終わらない叫び


「パ、ン!」

「や、さ、い!」


 群衆の叫びは、宮殿に近づくにつれてどんどん大きくなる。

 人も増え、皆が手に武器を取りながら、宮殿に向かっていく。



「……これだけの人が来て、宮殿は耐えられるの……?」

「正直、困難だろうな。戦いに慣れていない一般市民と言えど、数が違いすぎる。それに、下手に庶民を刺激しようものなら……さあ、こっちだ」


 群衆から見えない死角の位置で、クリスは馬車を止めさせる。


 一本路地を入ったところの建物の外に、マゼロン侯爵がもたれかかっていた。



「侯爵様!」


 お父様が大声を上げて近づく。

 侯爵の身体は血だらけで、特に腹部のところは服が引きちぎられて見ているだけで痛々しい。

 さらに身体のあちこちに殴られた痕や引っかき傷が残り、何があったのか容易に想像はついてしまう。


「……おお、来てくれたのですね……アリア嬢も……」

「侯爵様! 喋らないで、安静にしていてください!」


 その侯爵の隣で魔力を込め続ける使用人。おそらく、侯爵に治癒魔法をかけ続けているのだろう。

 しかし、これだけの重傷だと正直魔法も焼け石に水の感がある。

 


「これは……刺されたのですか?」

「はい。行進の先頭にいたリーダー格の男と、侯爵様が会話を試みたのですが、突然群衆の中から魔法を放った者がいたようで……」


 使用人によると、風魔法を受けて侯爵がよろめき、護衛の注意が逸れた瞬間に、群衆に飲み込まれたという。


「我々も侯爵様を守ろうとしたのですが、多勢に無勢と言いますか……」

 気づいたときには、侯爵の腹に料理用のナイフが突き刺さり、傷だらけの侯爵を何とか群衆から脱出させて運ぶのが精一杯。



「申し訳ありません、侯爵様……」

「大丈夫だ……私はまだ死んでいないし、それに自らの失敗の報いを受けて平民に倒されるならば、それも仕方ないというものだよ……」


 侯爵は、か細い声で、しかししっかりとした目で喋る。


「侯爵様、失敗なんて……」

「だって、そうだろう……? 議会が停滞してたから、平民の不満が爆発したんだ……我々の目的は政治体制を変えることじゃない、国をより良くすることだ」



「……そのとおりだな。今、俺たちは失敗している」

「クリス!」


 よりによって、侯爵様のいる前でそんなこと言わなくてもいいじゃない。


「そしてこのままだと、これからも失敗し続ける」

「……でも、どうするの? あのまま、あの人達を宮殿に行かせるの……?」


「そんなわけにはいかない。あれは危険だ。放置してたら、大聖堂の時のお前みたいなのがたくさん生まれてしまう」



 大聖堂の時……クリスが助けてくれなかったら、なすすべもなく男たちに殴られ蹴られ最期を迎えていただろう。


「……だから、俺はあいつらを止めに行ってくる」

「ちょっと……そんなことできるの?」


 立ち上がったクリス。


 ……本調子には見えない。


「なに、やるにしても時間稼ぎだ。偉い奴らが妥協案を思いつくまでのな」



 ……そう言って、クリスは駆け出した。


「あっ……」


 声にならない声が漏れる。



 クリスは確かに、戦い慣れているのかもしれない。

 しかし、あの群衆を止められる気は到底しない。


 

「待って……」


 

 今度こそ本当に、クリスと会えなくなるような気がして。



 

「待って!」

 そう声を発するのと同時に、わたしの足が動いていた。



「アリア!」

 後ろからお父様の声が聞こえたけど、気づかないふりをする。


 

 どうしてだろう。

 なぜ追いかけているのだろう。


 一ヶ月近くクリスに会えなかった間、わたし、変にこじらせちゃったのだろうか。

 時々、クリスが優しくしてくれたから?


 ……いや、優しいというか、あれは、そう、感謝していただけでは?



 ……ああ、馬鹿だわたし。

 きっとクリスがすごくイケメンだから目がくらんでるんだ。うん、きっとそう。


 だって、あんなのと一緒にいて、平穏を得られるわけ無いもの……



 ***



「……なんでお前、ついてきたんだ」

「だって、クリスが心配なんだもん」

「何回言わせるんだ。お前なんかに心配されるような筋合いはない」


 ――そう言いつつも、クリスはわたしを強引に帰そうとはしない。

 


 まあ、無理もないか。

 今わたしたちがいるのは、宮殿正門の目の前。堀に架かる跳ね上げ橋は上がり、その向こうの正門は固く閉ざされている。

 さらに、堀に沿った道と目抜き通りがぶつかったところは大きな広場になっており、隠れられるような物陰もない。


 そして……



「食料をよこせ!」

「庶民のための議会だろ!」

「王家の贅沢をやめさせろ!」


 行進から聞こえた大合唱は、行き止まりに達したところでそのエネルギーが散らばっていくかのように、口々に別々の主張へと変わり、宮殿の方へ向かっていく。


 武器を持った庶民たちと堀の間には、革命勢力の兵士たちが剣や槍を構えている。

 ……が、その数は庶民に比べたら、多勢に無勢、それ以下だ。



 何か、ちょっとしたきっかけさえあれば、たちまち兵士たちは蹴散らされるだろう。

 さらに堀と宮殿の正門まで突破されるかはわからない。が、宮殿から黙って見過ごせる範疇は、とっくに通り過ぎている。



 ――で、わたしたちは広場の端っこ、放置された移動式屋台に隠れて、様子をうかがっている。


 

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