信用と幻想


 わたし、お父様、クリスが乗った小型の馬車は、人のいない道を選びながら走る。

 あのデモ行進のお陰で、中心の目抜き通り以外の道には明らかに人が少ない。


「ねえクリス、いったい何があったの? なんで侯爵様が……」

「そもそも今は何が起きているんだ? これもお前らの仕込みか?」


「落ち着け。ここで焦っても結果は変わらない」


 クリスは座ったまま、真っ直ぐ正面のお父様を見据える。



 その射るような視線は、やはり変わっていない。


「それより、クリスは大丈夫なの?」

「問題ない。少し急いだから、服が汚れているだけだ」


 クリスはわたしの隣で、服の裾を直す。

「お前こそ、ついてきて良かったのか」

「だって、クリスが心配だもの」


「お前……成人したとはいえ、危険な場所に飛び込んでいくことになるんだ、わかっていないのか?」

「でも……」


 クリスは、まるでわたしを諭すかのように言葉を続ける。

 お父さんじゃないのだから。


 

「お父様とクリスだけじゃあ、どうなるかわからないもの」

「その通りだ。お前は、アリアのことを信用しているようだからな」


「……」


 一瞬、車内が沈黙する。

「クリス?」


 わたしが声をかけると、クリスはぷいとそっぽを向いた。


「アリア、お前は幸せ者かもな」


 お父様、それはどういうこと……?




「……何があったか、だな」


 顔を戻したクリスは、ポツポツと話し始める。


「今朝、王都の東端から庶民の行進が始まった。理由は……言うまでもないな」

 わたしとお父様は首を縦に振る。


 食料品の価格高騰。国中で起きている農民たちの暴動。

 それに対し、従来権力を握っていた宮廷貴族を追い出したものの、未だ有効な手を打てない議会。



 ……そう考えると、この状況は必然に思えてきた。

 

「確認するけど、クリスたちにとってもこれは予想外なのよね?」

「ああ。上のやつらは、『俺らが不意打ちを受ける形になるとは……』とかうろたえていた。なかなかに滑稽だったぞ」


 滑稽という割に、クリスの顔はものすごく真面目だ。

 

 ……もしかして、クリスには薄々こうなることが読めていたんじゃなかろうか。

 議会が何も決められない様は、貴族が幅を利かせていた頃から変わっていない。


 なら、その結末もきっと……



 

「で、マゼロン侯爵は……」


「ああ。庶民の行進の目的地は間違いなく宮殿だ。議会に乗り込むのか、王家を襲うのか分からないがな。こちらとしてもすぐ兵を宮殿に待機させた。……だが」


 だが?


「……相手は庶民だ。今までとは訳が違う。やりたい放題やってた貴族連中相手なら、容赦なく武力行使に出ていただろうが」


 ……農民に対して武力行使をなかなか出来ない、それと同じ理屈だ。

 元々平民のために起こした革命なのに、その平民を攻撃するのは話がおかしい。理屈が通らない。


「じゃあ、あれは止められない、ってこと?」

「今のところはな。ただ、かと言って黙って見ているわけにもいかない。それで、最後に議会に到着したマゼロンが、代表で話を付けてくると様子を見に行ったのだが……」



 

「お前ら何とかしろ!」

「どうせ宮殿に食料はあるんだろ!」


 見つかったマゼロン侯爵たちが、民衆に取り囲まれるまではあっという間だったという。


 護衛の人たちももちろん対抗したが、数の力にはなすすべもなく。


「侯爵様!」

「やっぱり貴族は皆殺しにすべきだったんだ!」

「なんとかしろよ!」

「侯爵様、大丈夫ですか!」


 クリスが危ないと群衆の中に飛び込んだときには、すでに侯爵は重傷だったという。

「それで、侯爵は?」

「今のところ命までは大丈夫だ。治癒ができる奴を呼びにいかせたが、状態が危ないのでおちおち動かすのも難しい」


 ……それ、結構やばくない?


「クリスは、それを伝えるために侯爵家の屋敷に?」

「ああ。お前ら子爵家がまだ帰らずに滞在していることもわかってたからな。もし万一のことがあった場合は、マゼロン侯爵に代わって子爵家に議会権限などの代理を一時的に任せる……とかなるかもしれない」


「そ、そうか……」


 お父様の顔色が変わる。

 無理もない。家としての格も規模もはるかに違うマゼロン侯爵の代わりをやれ、というのだ。


「……まあ、そんな形式張ったことに捕らわれているから、なかなかうまく行かないんだ。別に一人ぐらい抜けたところで話し合いぐらいできるだろうに」


「クリス、何言ってるの!」

 まるで侯爵がもうダメだ、というクリスの言い草に、少し腹が立った。


「……別に俺はマゼロンの敵ではないが、味方でもないからな。前も言っただろう」


 

 ……そうだった。

 クリスはそういうことを言う人間だった。


「……話し合いで飯は食えないんだ。そういうのは、金持ちの幻想だ」



 またしても、クリスの言葉が刺さる。



「……いっそのこと、あまりいろんな事情に詳しくない、知識の無いやつを連れてきてトップに据えてしまえば良いんだ」

「詳しくない……」


「ああ。ちょうどアリアみたいなのを」



 ……へ?


 なんで!



「わたしなんか、そんな難しいことは……」


「だから面白いんじゃないか。お前は、いい意味で貴族らしさが無い。新鮮で素敵だ」



 素敵って何?

 どういうこと……?

 

 そういうクリスは、ほんの少し微笑んでいた。


 いや、というより、不敵な笑みを浮かべていた。


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