庶民の叫び


「……なんでしょう……?」

「さあ……」


 近づいてくる声に、わたしとアンは首をひねる。


 

 でも。

 わたしは思い返す。


 クリスに背負われて見た、第一要塞から連行される司令官を両側から群衆が囲む光景。


「こ、ろ、せ!」

「こ、ろ、せ!」


 あのときと、同じだ。

 たくさんの人々が、口々に同じことを叫ぶ。

 その光景は、まるで皆が何かに取り憑かれているかのような。



 わたしはバルコニーから外を見渡す。



 

 

 ……奥の通りが、人で埋め尽くされていた。


 あそこは目抜き通りのはずだ。馬車が何台もすれ違えるほど道幅も広く、両脇には立派な門構えの商店が並んでいる。昨日までは、昼夜問わず多くの人々が行き交うのも見えていた。


 その道が、今は人の頭で覆われている。地面は全く見えない。

 たくさんの人々が、全体として少しずつ右から左へ、王都の中心部へ向かって歩いていく。


「パ、ン!」

「パ、ン!」

「や、さ、い!」

「や、さ、い!」


 見ると、服装からしてほぼ庶民だろう。

 口々に食材の名を叫びながら、整然と、でも熱気を伴いながら歩いていく。

 中には棍棒や護身用の剣を持った人も多い。少し離れたこの場所からでもわかる、近づくことさえためらわれそうな異様な雰囲気。


 

「アリア様、これって……」

「……デモ行進……」


 

 わたしは前世で、テレビのニュースで見たことしかないけど。

 これだけの人が道を埋め尽くす光景。スポーツの優勝パレードか、なにかのデモか、そのどちらか。

 そして、どちらであるかはまあ明らかで。



「パ、ン!」

「や、さ、い!」



 途切れること無く人の波は続く。

 いったいどれだけの庶民が、これに参加しているのだろう。


 そして、何より心配なことは。




 

 ――これも、革命の計画の一つのうち……なの?



「アン、これは、平民たちが望んだことなのかしら……?」

「わかりません。ですが……街の人々の間で不満が高まっていたことは、確かです」


 そうだ。それをなんとかするための革命だった、はずなのだ。


 もしこれが誰も想定していなかったことなら、これではまるで、革命が上手く行っていないと示されているようじゃないか……




 

「……あれ?」


 そのとき、わたしの目に一人の人間の姿が入ってきた。

 ゆっくりとだが、このマゼロン侯爵家の門へ向かって、走ってくる、あの黒いフードの男……



「クリス!」

「……アリア様?」


 わたしは反射的に駆け出していた。



 ***



「おい、なんだお前?」

「俺はお前らの敵じゃない。中にいる者に話を通せ」

「なんだ、怪しいぞ!」



 わたしがお父様と一緒に玄関のドアを開けると、門のところで守衛が揉めている。


 守衛二人の妨害をかいくぐろうとしている、黒いフードから覗く整った顔立ちは、久々に見ても間違えようがなかった。


「クリス! どうしたの?」

「……アリア様? ……子爵様!」


 守衛がわたしたちに気づいて声を上げる。


「その者は我々の敵ではない。入れてやりなさい」

 

「……はあ……」



 お父様の言葉で、守衛が手に持った剣を下ろす。

 それと同時に、クリスがこちらに向かってきた。


 ……よく見ると、黒い服はところどころ傷が付き、擦れた土がいたるところに付いている。

 歩いてくるその顔も、若干引きつっているような。


「クリス、もしかしてまた戦って……?」




「…………討たれた」



「……え?」


 消え入りそうなぐらい小さいクリスの声。

 わたしは思わず、背伸びをしてクリスの顔に近づく。




 

「……マゼロンが、討たれた」


「……侯爵が!?」


 ……え? なんで?

 飛び出したその声とともに、わたしの脳内を覆い尽くす?の文字。


 たくさんの護衛がマゼロン侯爵にはついていた。

 いくら治安が悪化しているとはいえ、そう簡単に襲われることはない。

 第一、侯爵をなんとかしたところで何になるんだ。


 ……いや、そんな理屈、今は通じないのか。

 未だ混乱が続くこの王都においては。


「おい、それは本当か!」

 お父様が、クリスの襟のところを乱暴に掴んで引っ張り上げる。その顔には困惑の表情が浮かび、心なしか額から汗が滑り落ちていく。


「……こんなところで嘘をつくわけないだろう。あんなことになっているんだぞ」

 クリスは後ろを指差す。その向こうには、声を揃えて歩き続ける止まらない群衆。


「ねえ、クリス。今起きているのは……あなたたちの計画通りなの?」

「それよりも、早くマゼロンの元に行ってやれ。手遅れになっても知らんぞ……」



 

「……」

「……お父様、クリスは嘘をついてません」


 わたしとお父様の目が合う。


「そう、か……?」

「クリスには、嘘をつく理由は無いですから」


 クリスにとって、わたしたちは味方ではないだろう。

 でも、敵でもないはず。


 そして、嘘ついてわたしたちを騙したところで、得られるものは多分無い。



「……分かった。おい、誰か馬車を回せ!」

「はい!」


 お父様の声で、後ろにいた使用人が走る。


「ねえクリス、いったい何があったの? どうなってるの?」

「落ち着け。焦って動いても、良いことはないぞ」

「でもあなた、服は傷だらけだし……」

「俺の心配なら不要だ」


 ……と、クリスは言う。



 でも。

 もう会わないだろうと思っていた人にもう一度会えて、その人が見た目からして傷だらけだったら、心配しないわけがない。


 

「クリス……久しぶり」


「ああ……最も、再会について考えてる時間は無いぞ」



 お父様が呼んだ馬車が、ちょうどやってきた。



 

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