4-2:それでも手を出すのが人間のサガって奴で。

「・・・」

 恵美須さんの言う、カジノパーラー・クリーナーとやらにやって来てみた。見た目は表の世界にもある小さめのパチンコ屋の様だった。店の中ではジャカジャカなりキュインキュインなり、俺にとっては雑音にしか聞こえない音がたくさん聞こえてくる。店の中にも入ってないというのに、耳がつんざけそうだぞ。・・・まぁ、入りもしないし、打ちもしないんだけどね。

 と、いうのもだ。今俺の所持金は6万円あるワケで。つまり、何もここで使う必要もないのである。まぁ、いわゆる”へそくり”ってヤツだろうか。借金取りの仕事もしたんだし、それぐらい俺にだってあっても不思議ではない。というか、ぶっちゃけ私的に使う金が欲しいのだ。いや、別に何を買うってワケでも無いよ?無いけども、あっても困らないじゃない?金って。

 というワケで。今俺は、カジノパーラー・クリーナーの裏手にあるベンチで、特に何をするでもなくただボーッとしているのである。・・・別に似てるワケでは無いのかも知れないが、リストラされたサラリーマンが、妻や子供にそれがバレないようにいつもの様にスーツを着込み、いってきますと伝えて、後は公園なりで時間まで過ごすアレと同じ様な気分だ。特に何をするでもなく、ただベンチでボーッと、後々の事を考えながら過ごす。本来なら周辺を見て歩いて、地理を覚えとくのがいいのかも知れんが、なにぶんここまで来るのに割とかかったのだ。シンプルに歩き疲れた。他人は覚えてないかもしれないが、こっちはまだ骨折明けなんだぞ。


 しかし、こうやって冷静になってボーッとしていると、この本来なら非日常と言えるような光景も、一転、フツーの日常に変わったのだなぁ、と痛感する。

 ほら、あそこで女の子が一人、手錠と足枷と着けられて売られてるだろ?露店感覚で。可哀想に、と心では思うが、今の俺にはどうしようも無いのである。あの子を助ける方法があるワケでもない。新たな世界で生きる上での、自分の無力さを改めて知る。・・・しかし、気分が悪いものだ。

 女の子は・・・見た目はまぁ・・・俺より数個下、ってところか。・・・西成さんが言った様に、記憶をいじられてる・・・というか、脳をいじられてるんだろうな。無気力な目で冷たい地面を眺めている。横に立ってる男は、カラスマスクを着けた中肉中背の男だ。偏見ではあるが、あのキツネの様に妙に細い目つき・・・中国系だろうか。少なくとも、日本語の通じる相手では無さそうである。そういえば、恵美須さんんの言うには、ここ”ごった街”のカジノやらの元締めは玉猪龍の奴ららしいから、大方その構成員であろう。・・・そう考えると、ちょっと腹が立ってくるな。

 俺はある意味、玉猪龍にはになっている身だ。少しはくらいした方が良いだろう。・・・どうせいつかは喧嘩を売る相手なのである。それが遅かろうが早かろうが、結果論的には関係無いワケで。それに、玉猪龍が人殺しなりカジノ(という名の金収集所)なりを生業にしてるのは百歩譲って別に良いのだが、人身売買・・・新世界ここで言うところの”苦力クーリー”売買は、気持ち良くないってもんだ。

「・・・あのー。」

 というワケで、俺は件の男に話しかけた。作戦なら、ベンチでボーッとしながら、心で独り言を言いつつ、脳を働かせて立ててみた。上手くいくかは別として。

什么シェンムァ?」

 やっぱり、日本語の通じない相手だった様で。無論、向こうの言葉・・・多分中国語だろう。それが俺に通じるワケもなく。

「・・・キャンユースピークイングリッシュ?」

 と、返すしかないのである。つまりは、とりあえず言語的に意思の疎通ができれば、それで良い。

アァ、・・・ニホンゴ、スコシダケ。」

「オーケーオーケー。えーっと・・・この子、少し、見せて。」

アイ!ショウヒン、不許碰ブゥヤォパァン!」

 ・・・大方、”商品に触るな!”と言っている感じだろうか。急に興奮しだすから、こういう手合いは厄介だ。

「ノーノー。見る、だけ。アイ、ウォッチ、ディス、レディ。オーケー?」

「・・・シー。デモ、スコシダケ。」

 ・・・どうやら許可は得られたようだ。言った通り、俺は女の子を見る。手錠は・・・使いまわされているのか、血と錆びで古びている。足枷の方も使いまわされている様だが、頑丈な鉄の塊が足に着けられてて壊し様は無さそう、と言ったところか。女の子は・・・怯えた目で俺を見ている。そうだろうな。怖いよな、突然俺みたいなのがジロジロ見てきたら。剰え、自分がなんでこんな奴隷扱いされてるかも知らないで。まぁそれも、もう少しの話だから。多分。


「・・・ンー、あー、このコ、使えなさそう・・・だけど?」

「是。」

 ん?ダメもとで言ってみたら案外図星だったらしい。コイツにとって、この子は商品でありつつ、どうやらとっとと在庫処分でもしたいくらいの扱いらしい。

「・・・ハウマッチ?」

「啊~・・・10マン?」

 ほぉ、10万とな。そりゃまた、人の命に安く値段をつけたもんだな。まぁ、こっちとしては助かるんだけど。

「オーケーオーケー。・・・10万、どうぞ。」

 と言って、俺は男に”6万”の札巻きを投げ渡しながら、女の子を担いだ。ロクに食ってないんだろうな。痩せ細っててヤケに軽い。

「・・・・・・!?ウェイ!カネ、タリナイ!」

 件の男がそう叫んだ頃には、俺はもうこの子を担いでカジノパーラー・クリーナーの方へ逃げ去っている。まるで俺がこの子を6万で買った様な絵面だが、これもこの子と玉猪龍へのの為。許してくれ、女の子よ。

 とはいえ、こんなチープな作戦でも、割と通るもんなのだな。”10万”っつーハッキリとした安めの額が提示されていたから余計助かった。札を巻いてる奴を、そのまま渡すんだ。向こうは輪ゴムととって態々札を数える必要がある。勿論相手は金が足りない事に気づく。で、俺に声を掛けるだろう。だが金の枚数を数えようとした時点・・・俺があの子を”担ぐ時間”を作った時点で、お前の敗北なのだよ。後は俺の俊足を活かして、逃げ去ればいい。・・・これを作戦と呼んでいいのだろうか。

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