4-3:素晴らしき哉、ご都合主義

站住ヂァンヂゥ!カエセ!」

 男が追ってくる。ここまで作戦がうまくいったのは良い。良いんだが、ここからが問題である。・・・ぶっちゃけると、逃げた後の事を考えてなかったというだけである。よくよく考えてみれば、ここら一帯は玉猪龍が勝手に仕切ってるんだった。件の男と共に数人の男が一緒になって追いかけてくる。仕方ないのでとにかく担いで走り回り、気づけば元のカジノパーラー・クリーナーの裏手のベンチ付近、換金所らしい場所に来ていた。

你没法从那里逃走ニィメィファーツォンナァリィタォヅォゥ!」

 俺を追ってくる奴らが口々にそう叫ぶ。なぁんとなくニュアンスで何言ってるかはわかる。”もう逃げられないぞー”、的な事だろう。

 確かにそうだろうな。だって、騒ぎを聞きつけたらしい向こうのお仲間が、俺の後ろにも居ますもんね。でもまぁ、このまんま捕まるワケにはいかないのだよ。

「スゥー・・・」

 と、俺は大きく息を吸い込んだ。そして、

「キィィェェェェェェェッ!!」

 と、金切り声を挙げて”ドンッ”と一歩、前に踏み出た。それを見て向こうが一瞬”ビクッ”としつつ後ろに下がった。今できるのはこれくらいなもんである。

 不甲斐ないなぁ、俺は。一瞬の考えで目の前の女の子を救おうとして、愚策を弄し、結局窮地。最後の悪あがきも、格好悪いもんと来た。これじゃ助かっても恵美須さんや西成さん、旭とかに合わせる顔も無いや。

 担がれてる女の子は、イマイチ何が起こってるかわかってないのか、それとも意識がはっきりしてないのか、俺の金切り声にも反応せずにボーッとしている。なんなら、さっきから口から漏れ出てるよだれが背中を伝う。気になってしょうがない。

死了心吧スゥルゥシィンパァ!」

去死吧チュィスゥパァ!」

 もうなんかなんて言ってるか考えるのも面倒くさくなってきた。相手はナイフやら警棒やら・・・まぁ、今から俺は痛めつけられるんだろうな・・・。ごめんな、恵美須さんたち・・・

 と、俺が心の中で諦めた瞬間だった。

「なンやとボケェコラァァッ!」

 という、太い男のどギツい大阪弁での怒声と共に、カジノパーラー・クリーナーの裏口の戸が勢いよく蹴り破られたのは。


「なにが1発も無いじゃアホンダラが!俺ァあの台で2万発出したんやぞ!それが引き換えられへんやと!?ナメとんかおのれァ!」

 そう叫ぶ男は、カジノパーラー・クリーナーの従業員と思しき男の胸ぐらを掴んでいた。その男の文字通りのダイナミックな登場に、俺を襲おうとしてた奴らも戸惑っていた。

「で、ですから、当店はお客様にとってのが最優先で・・・」

「なにがお客様じゃ!なにが利益じゃ!お前らが仲間内で俺から金ふんだくって、ぽっぽないないしてるだけちゃうんけ!あァ!?」

 ・・・まだ二言くらいしか言っている事を聞いていないが、察するに、この男は、パチンコで勝ったハズの利益が、店側と手を組んだ誰かに盗まれた、といったところか。

「と、当店では、どんな人でもお客様でして・・・」

「それがお前らの仲間やねやろォが!魂胆はわかっとるんじゃボケェ!ぶち殺すぞ!」

 おぉ、怖い怖い。これだけ迫真の”ぶち殺すぞ!”を聴くのは初めてだぞ。

「どこじゃ!”アイツ”はどこ行きよったんじゃ!」

 と、胸ぐらを掴んで思いっきり頬をぶん殴って、男が問う。・・・公開拷問か何かか?コレ。

「や、ヤメロ!不要再做什么了プゥィャオヅァイヅォシェンムゥルァ!」

「あァ!?」

 本来ならば、今にでも俺を袋叩きにしてたハズの連中が、矛先を変えて男にカタコトの日本語と流暢な中国語で叫びつけるも、ガンを飛ばしながらの”あ”だけでそれを一蹴する。ある意味すげぇな、この男。

「お前らもどうせグルなんやろ?わかっとるんじゃボケェ!そもそも日本語で喋れや!何言うとんかなんもわからんわ!殺すぞ!」

 いやほんと、ある意味すげぇな、この男の人。この辺が玉猪龍の仕切ってる所だって、この男の人も知ってるでしょうに。日本語で喋れとは。

 しかしまぁ、こんなご都合主義的好機が他にあろうか。この流れを活かせなかったら、まぁた袋叩きにされそうになるぞ。なんとか・・・この流れをモノにするんだ・・・

 ・・・ん?なんかこっち見てニヤニヤしながら去って行くヤツが居る。さも、”ざまぁみろ”と言わんばかりの顔である。もしかしたら・・・

「あの!アイツ!」

 と、俺は咄嗟にソイツを指さした。すると男が、

「あァ?・・・あァッ!!」

 と、”あ”としか話してないものの、探してるものを見つけたようにそう言った。・・・もしかしたら。個人的にパチンコとかには興味は無いが、俺は運の良いなのかも知れない。

「お、追いましょう!」

「おォ!お前も来いや!」

 男は女の子一人担いでる俺を見て確かにそう言って走って行った。そのすぐ後ろを、俺が追って走る。

 出来事が重なりすぎて呆気にとられたのだろう。元々俺を追っていた連中が、すぐ後ろで「あァァッ!!」と叫んでいるのが聞こえた。すまんな、もう追っても遅いよ。


 件のニヤニヤした男は、こっちに気づかれたと知ったのか、すぐに慌てて逃げて行った。それをあの男の人と一緒に追う。女の子を担ぎながら。・・・この人、俺が担いでる女の子については何にも訊かないのか?

 その後ろの方・・・既にもう結構離れた所から、「站住!!」と叫びながら、元々俺を追いかけてた奴らと、それに加えて俺の前に居る男の人を咎めようとしてる奴ら・・・総勢約20名といったところか。が、追ってくる。しかしこっちも必死に走ってるもんで、なかなか追いつけないらしい。

「お前、何者なにもんや!」

 男の人が走りながら俺に訊いてきた。

「通りすがりの者です!」

 と、俺が走りながら咄嗟に答えた。そろそろこの子を担いで走るのも疲れてきた。

「そういう意味やないわい!苦力なんぞ担いで、何をしとったんや!」

 あ、やっぱり気になります?この子。手錠と足枷見りゃ、苦力ってわかるんだな、やっぱ。まぁ、隠す事も無いか。

「玉猪龍に!ちょっと用がありましてね!」

「ほォ!その話、後で聞かせてくれや!」

 男はニヤッとしながらそう言った。目線は逃げている男をそれはもうどギツい眼力で捉えているが。

「ええ!いいですとも!お互い、無事でしたらね!」

 俺はそう返しながら走る。走りながら、こう思った。

 ”こんなフィクションによくあるご都合主義が続けばなぁ”と。

 心のどこかで、まぁそんなに上手くはいかないよなぁ、なんて諦めの気持ちもあったが、なぜか何かに対して期待を膨らませている自分が居た。

 そしてその声は、その期待に応えるかの様に響いた。

「大丈夫かァ!東ァ!」

 雑居ビルの裏路地から飛び出してきた・・・いつものパルクールで近道をしてきたであろう、旭の声が。


「旭ぃ!」

 これほどまでに旭の登場がありがたいと思った事はない。旭なら、何とかあの男を捕まえられる。今なら、心からそう信じれる。

「アイツだ!頼んだ!」

 俺が旭にそう言うと、色々と察したらしい旭が、

「了解!」

 と叫んで、まるで空でも飛んでるかのように、軽やかに跳びながら走って行った。

「おいお前、あの女はお前の仲間か?」

 それを見て立ち止まった男の人が俺に訊いた来た。

「え?あ、はい!万事屋の・・・」

「細かい事はどうでもええ。」

 俺がワケを説明しようとすると、男の人はそう言って後ろへ振り返った。

「アイツはあの女がどないかしてくれんねやろ?ほな俺らの相手はこっちや。」

 後ろには俺たちを追いかけてくる連中が、まだ諦めずに走って追いかけて来ていた。どいつもこいつも、ゼェゼェハァハァと息を切らしている様だが。

「でも俺・・・」

 と、俺はそう言って担がれたままの女の子を揺らした。相変わらず、女の子に反応は無い。

「けッ、しゃーないなァ、ほなここは・・・」

 男の人は笑いながら言った。

「俺に任せときィ。」


 その後の事は、それはそれは容易かった。約20名が武装しているにも関わらず、男の人は、パンチで、キックで、頭突きで、全員を完璧にブチのめしたのだ。

「これやから甘い蜜ばっか吸ゥとるアホどもは・・・」

 拳に、足に、頭に返り血が付いたまま、男の人が言った。

 ・・・何気に初めてかも知れない。新世界に来て、ここまで他人の男性が、かっこいいと思えたのは。

「おう!終わったみたいやなぁ!」

 俺が男の人を”すげー・・・”の一心で見ていると、後ろから旭の声が聞こえた。どうやらこちらも事を終えたらしい。

「旭、お前、よく来てくれたな!」

「ん?あぁ、東を実験台に新兵器試そ思て、恵美須屋に帰ったのに、お前居らんかったから。恵美須さんに訊いてここに来たんや。そしたら・・・」

 と言って、旭が俺の肩の上の女の子を、顎で指しながら言った。

「なんや厄介事に巻き込まれてたみたいやったから。」

「・・・すまん。」

 ・・・・・・いや、ホントにすまん。むしろ巻き込んでるのは俺の方なんです。

「・・・で?コイツはどうすんねや。」

 旭がグタ~ッとしている男・・・俺たちが追いかけていた奴の胸ぐらを掴んで言った。どうやら気絶しているらしい。・・・なぜか時々ビクンビクンと痙攣している。

「お、ようやったな、嬢ちゃん。」

 旭の声に気づいたらしい男の人が、旭にそう言った。旭が”お嬢ちゃん”、ねぇ。まぁ、助けてくれた今は、文句は言うまいよ。

「俺ァ、ソイツに用があるんじゃ。こっちに渡してくれんか。」

「ん?ええで。」

 旭がそう言った。が、男を差し出そうとはしない。

「・・・ほれ、早うこっち渡せ。」

「でもまぁ、条件っちゅーもんがあるわな。」

 急かし始めた男の人に向かって、旭はにんまりと笑いながらそう言った。喧嘩売るのはやめといた方が良いと思います、俺は。

「あァ・・・?条件・・・?」

「せや。何や知らんけど、アンタはコイツ追っとったんやろ?せやから、コイツ差し出す代わりに、ウチらの・・・恵美須屋の話も聴いて貰おやないか。・・・下手したら、アンタが玉猪龍の木っ端のヤツかも知らんしなぁ。」

 旭は怯まずに堂々と立ってそう言った。肝が据わってんなぁ。殴られても知らねーぞ、俺・・・。

「あァ・・・?・・・・・・アーッハッハッハッ!!」

 旭の条件を聴いた男の人が、急に笑い出した。感情の起伏が激しい人・・・なんですかね。

「お、俺が”玉猪龍の手先”?ンなわけあるかいな!逆や逆!」

「あ?逆?」

「今お前にひっ掴まれて死にかけとるソイツが、お前の言うとる玉猪龍の木っ端じゃ!」

「・・・コイツが?」

 旭が詳しく事情を知らないのも無理はない。だって、俺だって今さっき知ったんだもの。コイツが男の人の金を盗んだ犯人だって。

「あの、とりあえず・・・」

 俺は女の子を担ぎなおして言った。

「恵美須屋に帰りませんか。」

 だって疲れたんだもん・・・この子担いで走るの。

「詳しい事は、ちゃんとお話ししますんで、今の所は・・・ね?」


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