1-2:俺のこれから

 中に入ると、想像通りの豪華な机と椅子、そして組長席と言うべきか、ウン百万はしそうなデスクが置いてあった。そのデスクとセットであろうこれまたウン百万はしそうな椅子に、60代くらいの女性が座っている。察するに、この人が組長なのだろう。

「組長。仕事中に報告した奴を連れて来ました。」

 上新庄がそう言うと、組長の女性は俺をじろじろと見てきた。負けずに俺もじろじろと見返してみる。よく見ると、50代、あるいはもう少し若く見えるか・・・?

「アンタ、えらい肝が据わってるやない。」

 見つめ返したのが悪かったのか、組長にそう言われた。なんだかここまで来るとかえって清々しく思えてきた。やれることはやってやるぞ。

「す、すんません、コイツには黙って話聞く様に言うたんですけど・・・」

 と、上新庄が取りなす様に言ってから、「このボケ・・・!」とあのスタンプで思いっきり俺を殴ろうとする。

 それを組長が、「やめぇ。」と一言で止めた。それには上新庄も「す、すんません・・・」と勢いを弱めざるを得なかった様だ。ざまあみろ。


「東やね、名前。」

「はい、そうですけど。」

 と、組長の問いにフツーの態度で返す。もう何も怖くなくなってきた。むしろなんだかハイテンションになってきた。今ここで暴れたらどうなるんだろ・・・

「私は萩之組の元締めやってる、”西成にしなり 智慧ちえ”や。まぁ、覚えとき。」

「はぁ。」

 西成さんね、よく覚えときます。なにせ上新庄の暴力から俺を救ってくれた恩人ですから。ありがとうございます、ホントに。

「アンタ、入口んところで気ぃ失ってたって聞いたけど。」

「はぁ。まぁ、そうっすね。友達に騙されて、マンホールの穴に落ちて、気が付いたら今に至る、って感じっす。」

「なるほどなぁ・・・」

 西成さんは俺の話をちゃんと聞いて、何か考え込んでるようだった。どこぞのガスマスク乱暴男とは全然違うな、こりゃ。

「正直な話、アンタみたいなケースはまれなんよ。」

「と、言いますと?」

 俺が訊き返すと、西成さんは語ってくれた。

「ここは”新世界”。ざっくり言えば、現実世界の裏側の大阪って言うたら通じるやろか。おとぎ話みたいに思えるかも知らんけど、アンタが今ここにる通りや。夢やないのも、殴られてようわかったやろ?」

 西成さんの目線が俺の頭に刺さる。今になって、上新庄に殴られた所がコブになって膨らんでいた。

「確かに、それはまぁ・・・」

「それでや。アンタも見たんと違うかな。鎖で繋がれた子ら。」

 確かに、ここに来るまでにまるで奴隷みたいに繋がれてる子たちを見た。それでここは地獄か、と思ったんだ、忘れたくても忘れられない光景だった。

「あの子らは”苦力クーリー”って呼ばれててな。アンタみたいに、誤ってこの新世界へ来た子らとか、中国系、フィリピン系、その他諸々の組織、企業に連れ去られた・・・いわゆる、誘拐された子らがああなるんよ。」

「苦力・・・?」

 確か、その聞こえは授業で聞いたことがある。アジア系の奴隷の事を、英語圏の人がそう呼んでいた、みたいな内容だったハズ。

「まぁ、これもざっくり言うたら奴隷やね。でも、アンタは奴隷にはならんかった。」

「・・・確かに。」

 話を聴いていれば、自ずと解る。本来ならば、門番の手によって俺も苦力のひとりになっていたハズだと。となると、それを助けたのは・・・

「私な、アンタが倒れてる言うて報告受けたとき、胸騒ぎがしたんよ。その子は、ウチで保護せなアカン、いうてな。」

「・・・ありがとう、ございます。」

 新世界。話を聴く限り、数えきれないほどの犯罪が溢れかえる、文字通りのこの裏の世界で、俺を助けてくれた西成さんには、心から、素直に礼を言えた。右も左もわからずにど突かれて、黙ってついて行って、怖い怖いと思っていたが、それももう、なにも無くなった。西成さんのおかげで。

「礼を言うんやったら、今日たまたま暇にしとったそこの二人にちゃんと言いや。」

 でも、西成さんは俺をど突いたりしてきた上新庄と、まだ優しくしてくれていた井高野の二人の方へ目をやった。それを受けて、上新庄も井高野もうずうずしている。組長から行動を買われたのを嬉しがってるのだろうか。

「・・・上新庄さんも、井高野さんも、ありがとうございます。」

「え、ええんや、ちゃんと礼が言える様んなっとるやんけ。」

「今日、ほんまにたまたま暇にしてたからなぁ。組長さんも、お仕事くれてほんまありがとうございます。」

 上新庄は偉そうにしやがったが、井高野は謙虚にそう言った。部下二人を比べるだけでこんなに差が違うのか。

「・・・それで、西成さん。」

「ん?なんや?」

 俺は西成さんからの話を聴いてからずっと気になっていた事があった。それを、直接ぶつけてみる事にした。

「俺はこれからどうすれば?」

「あぁ、そうそう、その話なんよ。」

 西成さんは思い出したかのように言った。一番大事な事だろうに、忘れてたのか・・・。


「最初はな、ウチで面倒みよか思ててん。」

「はぁ。俺としても、それが助かるんですけど・・・」

「けどな、無理なんよ。」

 その一言を聴いた途端、なんだか急に見放されたような気がした。

「無理って・・・ここまでしてくれたのに、どうして・・・」

「うーん・・・そない言うけど、ここまでするのが精一杯なんやで?ウチもそない大きい組織やないし・・・」

「え?」

「・・・あぁ、これも言うてなかったな・・・」

 俺が思わず呆気に取られていると、また忘れてたのを思い出した様に言う。どうも、西成さんは大事な話とかを忘れる癖があるらしい。

「ウチ、萩之組いうてやってるけど、組員は私含め4人なんよ。」

「よ・・・え?4人?」

「そう。そこに居る上新庄と井高野、それと、ウチで面倒見てる子が一人。それで手一杯なんよ。」

「でも、事務所もこんなに立派で・・・」

「そういう維持とかにもお金かかるし、大変なんやで。ウチはな、ヤクと奴隷商売には絶対に手ぇ出さへんのよ。特例を除いては、な。せやから、稼ぎが無くてなぁ・・・」

「・・・だったら、なんで組としてのていを保ててるんですか?」

「お前・・・言うてええ事とわるい事があるやろ!」

 俺が言うと、上新庄がまた殴ろうとする。そしてまた、「やめぇ。」と、西成さんが止める。俺はもう怖くないぞ~、上新庄よ。


「その子の言うてる通りやろ?」

「せやかて・・・」

「あんな、ウチは確かに悪どい商売には手ぇ出してへん。せやけど、傘下の組織らから金が入ってくる。勿論、傘下の組織らも悪どい商売には手は出さん様言うてる。せやから、萩之組は保ててるんよ。」

「なるほど・・・」

 つまり、西成さんは否定してるものの、色んな所から出どころのわからない金を巻き上げてるから体を保ててると、そういう事か。

「あ、ほいでな、ウチで面倒見られへん言うたやろ?」

「はぁ。まぁ。」

「そんでな、アンタの面倒を見てくれる所を傘下からあてがお思てな。ちゃんと話はつけてあるから、そこに行きなさい。」

 そう言って西成さんは小さな紙に描かれた簡易的な地図を渡してくれた。この事務所からは歩いて30分程離れた所にある建物らしい。

「そこやったらアンタの面倒見てくれる。」

「・・・ちなみに、そこはどんな商売を・・・?」

「まぁ・・・ざっくり言うたら、何でも屋やね。本人は万事屋やー言うて聞こえ良うしてるけど。」

 何でも屋・・・この世界の何でも屋、ねぇ。・・・一番悪どそうな匂いがするけど・・・今はまぁ、西成さんを信じるしかないんだよな・・・。

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