0-2:時には下を向いて歩こう

「来たぜ、大阪ーッ!」

 来てしまった。なんやかんやで修学旅行の話はスイスイと進み、今、俺たちは”関西国際空港”に居る。

「はァ・・・」

「なーによ東ちゃん、ため息なんてついちゃって。そんなに俺と回るのが嫌なのかい?ミス・アズマ?」

「嫌に決まってるだろうが。というか、だれがミス東だ。勝手に俺を女にするな。」

「いやー、でも来てみると空気って全然違うもんだなー。まだ漫才とか見てないのに、笑える気がするもん、俺。」

「それはお前がお前だからだ、馬鹿田。」

「あー!お前もそうやって呼んじゃうー!?傷ついちゃうじゃない、だから東ちゃんは女心がわかってないって言われるのよ・・・ッ」

「お前、男だったり女だったり、忙しいな。」

「お前もさっきミス・アズマだったじゃん。」

「それはお前が勝手に呼んだんだろうが。・・・はァ。」

 まだ修学旅行のプログラムで言うところの3番目くらいだのに、もう頭が痛くなってきた。この大阪という地で、おれは一生分のため息をつくんじゃなかろうか。

「そんな頭抱えてると、この後の新喜劇で笑えねーぜ、東。」

 と、馬鹿田が俺の肩にそっと手を添えてきた。掴んでぶん投げてやろうか。


 その後、俺たちはホテルに荷物を置いた後に、クラス単位で予定されていたプログラムをこなしていった。吉本新喜劇を観たり、ガイドの人の案内を受けながら通天閣を眺めたり。・・・正直、小学生の頃も中学生の頃も、高校生の今でも思うのだが、遠足とか修学旅行とかの、教師陣達が組んだプログラムというのは面白くないものだ。自由に動けないのだから。

 そうして夜になって、俺たちはホテルに帰ってきた。ちなみに、ホテルに着いてからの先生の案内で発覚したのだが、ホテルの部屋割りは後日の自由行動の班行動のメンバーと同じにしてるらしい。と、言う事は・・・

「いや~、ええとこやね、大阪。」

「染まるな、馬鹿。」

 俺と馬鹿田は、ふたりきりの同室なワケである。

「そんな事言ってもよー、どこ行ってもこの喋り方だぜ?逆に合わせない方がアウェーって奴じゃね?」

「別に、アウェーでいいだろ。面倒くさい。」

「ノリ悪いなぁ東ちゃん?俺の相方やねんから、ちゃんとしっかりせな困りますがな、えぇ?」

「はァ・・・気持ち悪いからやめろ、馬鹿田。」

「あー!だから馬鹿田はやめろってー!」


「にしてもよー、楽しみだなぁ、明日!」

「なにも楽しみじゃないが。」

 俺はホテルのベッドで横になり、頭を抱えながら寝転んでいた。その隣で、馬鹿田はベッドでピョンピョン跳ねながら話しかけてくる。子供か?コイツは。

「そんな憂鬱になんなよ、東ちゃんよ~。なんつったって、明日は朝から自由行動だぜ?」

「だから憂鬱なんだろうが・・・」

「え?どゆこと?」

「お前の馬鹿に、朝イチから付き合わなくちゃならないってのが憂鬱だっつってんだよ・・・」

「あぁ、そゆこと?」

「ニコニコしながら納得するな!」

 正直、朝から自由行動というのは、とてもありがたい。ウチの高校の修学旅行にしては、ふとっぱらなプログラムだと思う。俺だって、家族にお土産買って帰りたいし。ただ、というのが難点だ。

 この隣で、まだピョンピョン跳ねてるコイツを自由にすれば、どうなるか。想像に易いが、想像したくない。

「明日は~、まず、花月って劇場に出てる芸人を出待ちするだろ~?そんでから、今流行ってるカワイイ大阪の女芸人さん探すだろ~?んでさ~、サインもらって、握手して、連絡先交換とかしちゃってよ~、フフフのフ~!」

 ほれ見ろ。自由と聞いた途端これだ。無論、コイツの言う出待ちも、女芸人探しもやらない。やらないし、やらせない。となれば、ある程度俺が自由行動の行程を組まなきゃならない。その為に、俺は前日から用意してきたのだ・・・

「おい浅田。」

「あら、なんですやろか、東はん。」

「京都になってんぞ、それ。・・・んな事よりだ。明日の自由行動、俺たちは俺たちで独自に動くぞ。」

「む。・・・独自とは。申してみよ、東殿。」

 そら見ろ。簡単に釣れた。自由行動を独自に動くって、自由行動で自由に行動しま~すって言ってるだけじゃねーか。絶対コイツそれに理解してない。いや、できまい。

「いいか、ここに大阪にしか無いお好み焼き屋がある。」

「ふむふむ。それで?・・・まさか、お前・・・!」

「行くんだよ、俺たちでな・・・!」

「・・・東。俺はお前を舐めてたよ。お前がこの修学旅行で、こんなに俺の事を考えてくれてるとは・・・それで、続けたまえよ、心の友よ。」

 また釣られてやんの。修学旅行先でご当地の食べ物屋行きまーすって、フツーだろうがよ。やっぱ目の前のコイツは馬鹿だ。馬鹿だからフツーの事を考えられないのだ。あとつけ足しておくと、お前は俺を見直しただろうが、俺はお前の事をメチャクチャに舐めてかかってるぞ。

「その後、近辺にある土産屋である程度土産を買う。・・・お前もニュースくらいは見るだろ?」

「いや、見ないけど。」

「あ、そう、ゴメン。・・・いや、そうじゃなく。少し前に、大阪と北海道とで喧嘩になってたお菓子があるのだ。それを、早いうちに買っておこう。」

「・・・確かに、早いうちに土産を買う方が後から観光しやすい。さてはお前、軍師の生まれ変わり・・・」

 いや、逆だろう。土産を先に買ったら荷物が嵩張るからどう考えても逆だろう。テキトーに言ったのを、深く考えて納得するあたり、コイツが馬鹿田と呼ばれる所以なのだろう。

「つまり・・・こうで・・・こう動けばより効率的で・・・」

「ふむ・・・・・・おぉ・・・なるほど・・・」


「つまり、今のところは早めに寝て体力を回復させておくのが、ベストなんだよ、浅田。」

「・・・うっ・・・・・・東ぁ・・・」

「な、どうした、ばk・・・浅田。」

 急に馬鹿田が泣き始めた。しかも演技じゃなさそうである。

「俺ぁ・・・ホントに・・・グスッ・・・お前を馬鹿にしてたよ・・・・・・なのによぉ・・・お前はっ・・・お前は俺とっ・・・グズッ・・・大阪を楽しむ為だけにこんなに準備してくれてよぉ・・・っ」

「あぁ・・・そういう事か。それなら、泣く様な事じゃないだろ。」

 何故か泣きが入ってる所に、俺が追い打ちの一言をかける。「お前と一緒に楽しむ為、だろ?浅田。」

「あ、東ぁ・・・!うぉぉぉぉん!」

 馬鹿田がオチて俺に抱き着いてきた。無論、計画通りである。泣くとは思ってなかったけど。とにかく、これで俺は馬鹿田を制御しつつ、適度に大阪を楽しむことができるのである。完璧。

 それからは、馬鹿田を宥めて早めに寝た。宥めたのに、隣のベッドではまだグスングスンと聞こえてくる。だから馬鹿田は馬鹿田なんだ馬鹿田よ。すまんな。


 そうして朝を迎えて、先生が自由行動の始まりを告げる。皆が嬉々として各地に散らばって行ったのを見てから、俺と馬鹿田はゆっくりと歩き始めた。まず昨日の夜に言っていたお好み焼き屋に行って、ゆっくりと食べて楽しんだ。その後、土産を買いに行こうという事で、店を出た。

「いやー、美味かったなぁ~。やっぱ本場の味はちげーよ。フレンチもイタリアで食う方が美味いもんなぁ~。」

「色々と違うぞ、浅田。」

 そんな馬鹿な話をしている途中である。

「お。」

 と、馬鹿田が何かを見つけたらしかった。

「ん、どうした?芸人でもいたか?」

 と、俺が馬鹿田に訊くと、馬鹿田はにっこりと笑って俺にこう言った。

「いや、そうじゃないんだけどさ。東、上見てみ。」

「上?」

 そう言われて上を見た。空と雲、それのみである。

「なんもないけど。」

「いやさ、”上を向いて歩こう”って歌、あるだろ?あんな感じで歩いたら、気分って変わるのかな、ってさ。」

「んな事あるか馬鹿田。そもそも、上を向いて歩こうは・・・」

 俺がそう言いかけた途端、何故か足元がとした。

「ぶッw」

 その瞬間、馬鹿田が噴き出した。その瞬間、俺は理解した。馬鹿田に、陥れられたのだと。上を向いて歩いたのは、馬鹿田の謀略であったと。

「おまッ・・・」

 俺がそう言いかけた頃には、俺の視界は暗くなっていた。

「引っ掛かったー!」

 上から馬鹿田の笑う声が聞こえてくる。

 俺は落ちたのだ。工事かなにかしらで開いていた、マンホールの穴に。

 馬鹿田の奴に騙されるなんて。散々馬鹿田と馬鹿にしていたアイツに。そもそも考えて、上を向いて歩く奴が悪いのだ。たまには下を向いて歩くべきなのだ。

 そんな馬鹿な事を考えながら、俺は意識を手放した。

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