ようこそ、新世界へ~Welcome to the Shinsekai~

芽吹茉衛

0-1:馬鹿と馬鹿

 ボーッと窓の外の空を眺める。勉強やら部活動やらと高校生活を満喫しているつもりが、気が付けば高校3年生の秋。周りの奴には、”もう就職先決まった”だの、”推薦で大学に入るわ”だのと、明るいであろう未来を語る奴らが居る。

 そんな奴らの中でひとり、俺、”あずま”は、何を考えるでもなく、ただこうやって窓の外を眺める。何も決まってない、曖昧な未来・・・ぶっちゃけて言えば、なーんにも決まってない進路について、思考を巡らせながら。


「おーい、東、聞いてんのかー?」

 そもそもの話、秋口に既に進路が決まってる奴の方が珍しい。進学するにしたって、大学なり専門学校なりの偏差値と、自分の偏差値を照らし合わせて、自分に合った進路を・・・

「おーーいッ!耳悪くなったのかーッ!」

「え?あぁ、ごめん。ちょっと、考え事。」

 俺の横で大声を出す、この猿みたいな奴の名は”浅田あさだ”という。いつも能天気に俺に話しかけては、馬鹿みたいな事を画策したり、実際にそれを実行に移す、いわゆるただの馬鹿だ。

「東ちゃーん、なんか様子が変じゃない。どしたの~?おねえさんが、きいて、あ・げ・よ・う・か・?」

「キモいからやめろ馬鹿。」

「キモいとはなんだキモいとは!」

「せめて馬鹿を否定しろ。」

「いやまぁ、そこは、ホレ、俺馬鹿だし。」

「自覚があったのか、お前・・・」

「だーって、お前だけじゃなくて周りの奴らにも言われるんだぜ?馬鹿だとか、馬鹿田ばかだだとか。先生にも一回そう呼ばれた。」

「先生にまで呼ばれるとは、もはやお前は馬鹿の権化だな。」

「褒めても何も出ないヨ。」

「いや褒めてないが。」


「ま、それは置いといてだ。さっきの先生の話、お前聞いてたか?」

「ん?さっきの先生の話?」

 そういえば、さっきのホームルームで何か喋ってた様な気がする。いや、実際何か喋ってるんだが・・・生憎、俺はさっき言ったように、まだ見ぬ未来の・・・いまだ見えぬ未来に憂いていたワケで。ウチのクラスの担任のホームルームは、大抵しょーもない事をペラペラ喋る時間なのだから、別に気にすることも無い、と思っていた。

「ホレ、アレの話してたじゃんか、アレ。」

「なんだよ、アレって。」

「旅行だよ、旅行。」

「旅行?どーせまた先生の旅行の思い出話だろ?」

「ちげーよ東、馬鹿だなー、お前。」

「お前に言われるのか、それ・・・」

「アレだよ、あのー・・・あぁ、修学旅行!」

「修学・・・あぁ。」

 修学旅行。学校によって、どのシーズンにどこへ行くかはそれぞれ違うのだろうが、ウチの学校では秋口に、卒業旅行も兼ねた3年生の修学旅行が予定されている。

「で?その修学旅行がどうした。」

「行先、決まったって言ってたじゃんか。」

「ふーん。で、どこに行くんだ?」

「大阪だってよ、大阪!!」


 そう。ウチの学校の修学旅行には、少し難がある。

 他の学校なら、冬の手前に北海道へ~、だとか、暖かい沖縄へ~、だとかの企画をたてられるのだが、なぜかに修学旅行に行くため、どこへ行っても微妙なのだ。紅葉シーズンには早すぎる。ゲレンデなんかは、以ての外だ。

 そうなると、行先は当然微妙な場所になる。なんでも、2つ3つ上の先輩方は、この時期に長崎へ行ったそうだ。原爆被災者の方のお話を聴き、その後佐世保周辺を散策。こんなことを言っては方々に失礼なのは重々承知だが、敢えて、イチ生徒として言わせてもらう。微妙だ。微妙すぎるんだよ。長崎は。

 そりゃ、地名くらいは出る。佐世保とか・・・佐世保とか、佐世保とか。グルメだって思い浮かぶ。佐世保バーガーとか・・・佐世保バーガーとか。

 だが逆に言えば、それだけなのだ。修学旅行、しかも卒業旅行を兼ねてるんだから、もうちょっと豪華な場所にしてくれと、そう言わざるを得ない。が・・・

「大阪か。・・・大阪ねぇ・・・。」

 秋口の大阪。なんか観光するものあったっけか?

「先輩達よかマシだろ?もしかしたらさー、テレビでよく見る芸人とか、会えるじゃんよ~。」

「いや、芸人もそんなにヒマじゃないだろ。」

「いーや、東はなんもわかってねー。いいか、確かに売れてる芸人はヒマじゃないだろうよ。だがな、売れてない芸人は・・・」

「それ以上はやめておけ。思いっきり喧嘩を売ってるぞ、お前。」

「・・・喧嘩、いくらで買ってくれるかな。大阪の芸人。」

「お前、それはマジで言ってるのか・・・?」


「まぁまぁ、本題はそこじゃねーのよ。」

「本題?」

「そ。・・・まぁ、こんな事、馬鹿仲間のお前にしか頼めないんだけどさ・・・」

「勝手に馬鹿仲間にするな。」

「そんなこと言うなよ東ちゃ~ん、一緒に行くんだから・・・ネッ?」

「一緒・・・?お前、まさか・・・」

「先生に~、もう提出しちゃったんだなぁ!市内散策の班のメンバー、俺と東ちゃんのふたりだーって!」

「何ィーッ!?」

 それを聴いて、俺は大声で叫んで馬鹿田・・・浅田の胸ぐらをつかんだ。「いいか、今すぐだ、今すぐにでもそれを”間違いでした”と撤回してこい!」

「んな事言われても~。あ、ちなみに、班のリーダーは俺だから~?今さら東が撤回を言いに行っても聞いてくれないよ~ん。」

「んな横暴な!そもそも、アレだ!ふたりきりの班なんか許されんだろ!」

「いや~、俺もそう思って、半ば諦め気味に提出したんだけどね?」


 ~数分前~

「先生~。修学旅行の班、これでよろしくお願いしマンモス~。」

「ん。」


「って、軽い返事と共に確認もせず受け取ってたよん。」

 すっかり忘れていた・・・この浅田・・・いや、この際もう馬鹿田と呼ぼう。馬鹿田は周りから余程の馬鹿と認識されきっているのだ。もはや人間の底辺扱いであり、もはや馬鹿の王様扱いされているのだった。俺の思うコイツへの馬鹿は、浅かったのだ。

 そんな馬鹿田の相手をする馬鹿なんて、この世に一人もいない。・・・いや、現に今ここにひとり居るんだが、それは置いといて。

 先生もきっと、”あぁ、また馬鹿が馬鹿な事書いてるんだろう。別にいっか。”くらいの認識で受け取ったに違いない!馬鹿の相手をする奴もまた馬鹿なのだ!・・・いや、現に今その馬鹿がここにひとり居るんだが、これも置いといて。

「しまったァァ・・・話ちゃんと聞いとくんだったァァ・・・」

「後悔先に立たずだなぁ。」

「やかましいッ!」

「来週が楽しみだな、東ちゃんよ~・・・フフフのフ・・・」

 俺の憂いが、また一つ増えた。まだ見ぬ未来どころか、まだ見ぬ来週が恐ろしい。この来週が、まだ見ぬじゃなく、もう見なくても良い来週に変わらないだろうか・・・



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