第18話 餌付け
私が作ったクッキーがかなり珍しいらしく、私は子供達から質問攻めにあってしまう。
「このクッキーの形はどうやって作ったのですか?」
「これはすっごく腕の良い鍛冶師にお願いしてクッキー型を作って貰いました」
「キラー・ベアーの退治がやりにくくなるな!」
「危険なので遠慮なく退治して下さい」
「……凶悪な顔を簡略化するとは……術式に応用できそうだ……」
「あ、いや、これはそんな大層なものではなくてですね……」
「キラー・ベアーが随分可愛いけど、こんな絵が載っている本なんてあったっけ?」
「あ、これは私が描いた絵で……」
「まあ! ミシュリーヌ様が?! 素晴らしい才能ですわ!!」
「……ベアトリス様っ!! そんな勿体ないお言葉……!! 嬉しいです!」
好き勝手に話す子供達はとても可愛らしいけれど、とにかく煩い。まあ、その分話題提供出来たということなのだろう。
しかもベアトリス様に褒められた私は、好意的な反応の数々に有頂天になってしまう。
「あの、味の方も頑張ってみましたので、よければお召し上がりください!」
私はクッキーの箱を差し出して、子供達に一枚ずつ取って貰った。
クッキーを手にした子供達はじーっと眺めたり、角度を変えて見たりと興味津々だ。
「ふわぁ……! 食べちゃうのがもったいないですわ!」
「俺は食うぞっ!! ……おっ! うめえじゃん!!」
「……これは良い素材を厳選して作られている……うむ、バランスも良い……」
「うんっ! とっても美味しいねっ!!」
「とても美味しいです。ミシュリーヌ嬢はお菓子作りがお上手ですね」
男子達はクッキーをぺろりと平らげたけれど、ベアトリス様はまだ手に持ったままだった。くまさんクッキーを可哀想だと思っているのかもしれない。
「ベアトリス様、また作ってきますから、どうぞお召し上がり下さい」
「本当に……? また作っていただけますの……?」
「はい! お約束します! 次はホーン・ラビットのクッキーを持ってきます!」
ホーン・ラビットも魔物の一種で、うさぎの見た目に角が生えている。これまた凶暴なうさぎだけど、肉はとても美味しい。
「何?! ホーン・ラビット、だと……?!」
クロヴィスがホーン・ラビットに食いついた。どんだけ魔物が好きなんだよ……。
「……次はどんな風に簡略化されるか……興味がある」
エドゥアールはクッキーを魔法の効率化と結びつけようとしているのか、その目は研究者のそれである。
「へぇ! どんな魔物も可愛く出来るの?!」
ノエルは魔物のデフォルメに興味があるようだ。魔物を可愛く表現するのが珍しいらしい。
「魔物にもよりますけど、獣型の魔物だったら出来るかもです」
(まあ、この世界はSD(スーパーデフォルメ)みたいな概念も無いみたいだし。ぬいぐるみですらリアルだからねぇ)
私はくまさんクッキーの反応を見てひらめいた。再び頭の中でピコーンと電球が光るのを感じる。
(子供達のこの反応……! もしかしてデフォルメした魔物の絵のグッズを作ったら売れる……?)
サブカルの国、日本で生まれ育った私はオタクでもある。しかも萌えを搾取する方ではなく提供する側──つまり創造する側の人間だ。
(魔物を可愛くデフォルメしたグッズだけでなく、ベアトリス様をSDキャラ化すれば……っ!! イケるっ!! イケるぞっ!!)
創作人間だった知識や経験がこんなところで役に立つとは思わなかった。
科学技術の知識チートみたいに格好良くはないけれど、サブカルの知識チートでもいいじゃない。
思い付いたが吉日、家に帰ったら早速父さまとおじいちゃまに相談しよう。そしてベアトリス様をモデルにしたキャラクターをグッズ展開するのだ。ゆくゆくはベアたんの薄い本(全年齢)を作りたい。
ただベアトリス様に喜んで貰おうと考えた末のアイデアだったけれど、それがビジネスチャンスに繋がるとは思わなかった。
将来に備えてお金はいくらあっても多すぎることは無いのだ。
(それに──……)
私は今この場にいる王子の側近達を見渡した。
原作では彼らは将来、入学した学院で絶大な権力を誇っていた。
ミシュリーヌが<魅了>しなければ、それぞれがその得意分野で素晴らしい業績を上げていたかもしれない、そんな逸材達なのだ。
そして彼らはとにかく顔が良い。
この四人組は十分トップアイドルになれる素質がある──! と、ドルオタではない私でもわかる。
彼らをプロデュースする知識と経験がないことを残念に思いつつ、だがしかし、と思う。
──ベアたんを萌キャラ化するなら彼らも一緒に萌キャラ化すればいいじゃない。
しかも彼らはこの国にとってかなりの影響力を持つ家門の出だ。そんな彼らが私のキャラグッズを気に入ってくれたなら、その宣伝効果は計り知れないだろう。
きっと世のご令嬢方が喜んで購入してくださるに違いない。
「今回はお試しで作ってみましたが、気に入って貰えて嬉しいです!」
思わぬところでマーケティング調査も出来たし、この三人が来てくれて結果オーライである。邪魔者扱いしてごめんね!
「俺もホーン・ラビットのクッキー食いたいっ!!」
「……僕も興味ある」
「ボクもボクもっ! ホーン・ラビットがどう可愛くなるか見てみたいなっ!」
心の中で謝罪したのも束の間、ベアトリス様と約束したつもりだったのに、三人組までクッキーが食べたいと言い出した。
「こらこら、ミシュリーヌ嬢を困らせたらダメですよ」
困っている私をシャルルが庇ってくれる。この歳でこの気遣い……! 正に小さな紳士!! 萌えるっ!!
「えー、シャルルはベアトリスの兄ちゃんだからいいけどよー。俺らはそう簡単に会えないじゃん!!」
「……独り占めは良くない」
「幸せは皆んなで分かち合わないとねっ!!」
「うっ……」
予想外の反撃にシャルルが戸惑っている。
……コイツら、そこまでしてクッキーが食べたいのか。
「え、えっと、また皆でお茶会を開きましょう? 場所は持ち回りでいかがですか?」
簡単にお茶会と言うけれど、その家の使用人にとってお茶会は一大イベントだと思う。自分達の能力とセンスが問われるのだ。ある意味家門代表的な意味合いもある。
準備もかなり大変だし、労力は皆で分かち合わなければならない。
「おう! いいぜ! じゃあ、次は俺んちな!!」
「……僕もそれでいいよ」
「それは平等でいいねっ!! ボクもいいよっ!!」
三人は快く承諾してくれた。話せばわかる良い子達だ。
こんな良い子達が原作ではあんなに悪者になるなんて……ほんとミシュリーヌの罪は重いと思う……って、その黒幕が私なんだけど。
(絶対<魅了>なんて使わない……っ!!)
私が<災厄の魔女>として覚醒さえしなければ、大丈夫だと思うけれど……。覚醒条件が『孤独と絶望』なら原作の内容が変わった今、心配はいらないかもしれない。
(まあ、注意するに越したことはないよね。何がきっかけになるかわかんないし)
「日にちはいつにする? 二週間後か?」
「……僕はいつでも良いよ」
「ボクもっ! 予定合わせるよ!」
「ミシュリーヌ嬢はそれで大丈夫ですか?」
皆んな私のクッキーが目当てだから、私の準備がどれぐらい掛かるかによって、予定が変わってしまうのだけれど。
「はい、大丈夫です」
今回のクッキー制作で段取りや分量などは把握できた。後はホーン・ラビットの図案と抜き型だけだから、十分間に合うだろう。
(それにしてもシャルルってホントお気遣いの紳士だよね。さすが未来の宰相! 細かいところによく気がつく!!)
正直、取り巻き達四人組が良い奴らだったので、私もこのお茶会を楽しく感じている。ベルジュロン家のパティシエが作ってくれたお菓子もめちゃくちゃ美味しいし。
「それにしてもリュシアンを屋敷から叩き出したって聞いて、どんな傲慢な女かと思ったら全然良い奴じゃん」
私はクロヴィスの言葉にあ、と思う。
そう言えば、コイツらが強引にお茶会に参加した理由を聞くのを、すっかり忘れていた。
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