第19話 噂
くまさんクッキーで盛り上がっていたのですっかり失念していたけれど、王子の側近三人組がこのお茶会に参加した理由をまだ聞いていなかった私は、彼らに直球で聞いてみた。
「あの、皆さんが今日参加されたのは、私の噂を聞いたからですか?」
「まあな! リュシアンに喧嘩売ったのがどんな奴か見たかったんだ!」
え、ちょっと待て。喧嘩って……。そんなもん売った覚えはないのだが。
「あの、私喧嘩なんて売っていませんけど?」
「……でも、リュシアンがお茶会に行ったら無礼な態度を取られて追い出されたって」
「いやいや、無礼なのは王子の方でしたよ?」
「あれれ〜? ボク達が聞いていた話と違うねぇ?」
(あんのクソ王子!! さては、自分の都合の良いようにデマを流しやがったな!!)
私は出席者全員にお茶会で起こったことを洗いざらいぶち撒けた。もちろん、父さまから伝えられていた条件もだ。
「なるほど。そのような条件があったのですね。確かに、あの時の王子の態度は褒められるものではありませんでしたね」
当事者であるシャルルが私の味方になってくれた。
あの時はシャルル達にも条件を伝えていなかったから、私の厳しい対応に驚いていたのだそうだ。
「あの時の殿下は大声で怒っていましたし……。わたくしとても怖かったですわ。それなのにミシュリーヌ様はとても勇敢で……格好良かったですわ!」
(ベアトリス様が格好良いって……?! え、私?!)
まさかベアトリス様に格好良いだなんて言われる日が来るとは……! 嬉しすぎてテンション上がる!! どうしよう、ここは可愛い系から格好良い系にジョブチェンジするべき?!
「……そんな……っ! ベアトリス様にそんな事を言われたら照れてしまいます……!」
私が顔を赤くしてくねくねしていると、事情を理解した側近四人組が怒りだした。
「リュシアンの奴! 嘘ついてんじゃん!!」
「……人としてどうかと思う」
「さすがに嘘はダメだよねぇ」
「王子として許される所業ではありませんね」
……まあ、約束を守っていて、ちょっとハメを外した程度なら私も追い出したりはしなかったと思う。だけどアイツは初めからクライマックスでフルスロットルだったのだ。
「皆様の誤解が解けたのなら良かったです」
私は側近四人組にもし噂が嘘や誇張で広がっていたら、話題が出た時に正しい内容を伝えて欲しいとお願いする。
「わかりました。ミシュリーヌ嬢が誤解されないよう友人達に伝えておきます」
「俺も帰ったら家族に話すぜ! 父ちゃん呆れるだろうな!」
「……僕も、姉上達に話しておく」
「神殿は暇だから、神官達も喜んで話を聞いてくれると思うよ!」
側近四人組ネットワークぱねぇっす。
味方だったら心強いけど、絶対敵に回したくない。
「皆さん有難うございます! またお礼させて下さい!」
私はこれからもこの側近四人組とは良い関係を築いておいた方が良いだろうと考える。そのためにはコイツらが喜びそうな賄賂を用意せねばなるまいて。
「じゃあ、俺ドラゴンクッキー! ランベール卿は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だし、丁度良くね?」
「んん? 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)? ……え? 父さまがっ?!」
私は初めて他の家門の人から聞く父さまの話に驚いた。
「あれ? お前自分の父ちゃんから聞いてないのか?」
「はい、騎士団長としか聞いてないです」
「……ランベール卿のお陰で貴重なドラゴンの素材が手に入って、王宮魔術師達が狂喜乱舞しているらしい」
「ボクはランベール卿が聖獣を従えてドラゴンを倒したと聞いたよ」
「ええ〜〜……」
父さまが以前話してくれた「強力な魔物」って、ドラゴンのことだったんだ……。そう言えば聖獣様に助けられたって言ってたっけ。
その話が何故か聖獣様を従えたことになっているけれど。
「あの、ノエル様、その話ですけれれど……」
私はノエルに父さまから聞いた話を教え、噂が間違っていると訂正した。
「ふうん。そうなんだ。でも聖獣様が助けてくれたことには変わりないんだね。ただでさえ滅多に姿を現さないのに、人間を助けるなんて前代未聞だよっ」
(え、神殿的にはそれでいいの? ……良さそうだな。うん)
「ランベール卿は”聖獣の加護”を受けたと、騎士団ではかなり盛り上がっているとか。お陰で死傷者も最小限に食い止められたと聞いています」
「へぇ……! ”聖獣の加護”……! 何だかすごいですね!」
他の家門の人から、父さまを褒め称える言葉を聞けてとても嬉しい。
(うーん、そう言えば私ってこういう情報に疎いなぁ……)
今までずっとお屋敷に引きこもっていたから、父さまの評判どころか世界情勢や社交界の噂とか全く知らない。
前の世界でも”情報を制する者は世界を制す”って言うほど情報は重要だったし、今からでも積極的に情報を集めた方が良いかもしれない。
(今後キャラクター事業を展開するなら、情報収集は欠かせないしね)
事業を成功させたければ市場調査・分析、それらにもとづく商品企画・開発が必要だ。
今、顧客が何を求めているか、そしてそのニーズに答えるためにはどうすれば良いか……調べればならないことが山積みだ。
「今、俺らの間でもランベール卿は大人気だぜ! 親父が悔しがってたな!」
(な、なん、だと……?! 少年達の間で父さまが大人気?! まさか父さまグッズを作ったら売れる……?!)
「竜殺しは憧れですからね。生きている間に竜殺しが現れるとは思いませんでしたし」
シャルルの話では、竜殺しの称号を持っていた人は100年以上前に存在した人らしい。英雄として今でも尊敬され、物語にもなっているのだそう。
「へぇ……! じゃあ、父さまも物語の主人公になるかもですね!」
父さまが薄い本ではなく分厚い本の主人公になるなんて……! これは胸アツ!!
「しかも”聖獣の加護”つきだしね! 長い歴史の中でも初めてだよっ! もしかしたら聖典に追加されるかもねっ!」
「は、はぁあ〜〜?! せ、聖典っ?!」
何だか話が大きくなってきたぞぅ? そんな話が出るほどすごいだなんて、父さまもおじいちゃまもぜんぜんそんな素振り見せなかったのに。
とにかく、父さまがすごい人だというのは良くわかった。そして情報を得るためには今回のようなお茶会、もしくは舞踏会のようなイベントに参加する必要があると。
(とりあえず、これからはもっとお茶会に参加して、慣れてきたらもっと人脈を広げられるようなパーティーの開催を考えなきゃね)
前世オタクの私だけれど、友人が主催する二次創作のオンリーイベントを手伝いをしたことがある。あの時はお忍びで原作者が来たりアニメ監督が来たりとすごいサプライズがあったっけ。
予想以上の入場者でスタッフ全員パニックだったけど、あれはあれで楽しかった。
美味しいお菓子を食べながら、色んな情報が手に入ったお茶会はとても有意義だった。色々勉強になったし。
しかし、本日のメインイベントはまた別にある。
それは──ベアトリス様自慢のバラ園散策だ。
バラを育てるのはとても難しいと前世でも聞いたことがある。我が子を育てるように手間がかかるとも。
私は側近4人組が魔物の話題で盛り上がっているスキに、こっそりベアトリス様と抜け出そうと考えた時──。
「……ミシュリーヌ様、良ければ一緒にお散歩しませんか? 以前お話したバラ園にご案内いたしますわ」
──なんとびっくり、ベアトリス様から魅惑的なお誘いがっ!!
これが天使のささやき?! いや、悪魔の誘惑?! どっちにしろ、ベアトリス様に誘われて断るなんてありえない。地獄の底でも深淵でも何処へでもお供させていただきます!!
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