第17話 逆ハーメンバー登場

 私が庭園の見事さに感動していると、何処からか声が聞こえてきた。


「──……おい! おいってば!」


 聞いたことがない男の子の声に、近所の悪ガキが潜り込んできたのかと思い、周りを見渡すと、三人の少年がいた。


「やっとこっちに気付いたか……。ずっと声かけてたのに、早く気付けよな」


「……すごい集中力だけど、もう少し周りに気を向けた方が良いと思う」


「ふーん? この子がリュシアンを追い出した子? 随分とちっちゃいね」


 ご丁寧に順番で喋ってくれたのは、もちろん王子の取り巻きメンバーだ。


「あら、失礼いたしましたわ。初めまして、ミシュリーヌ・ランベールと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 私はにっこりと微笑んで、優雅にカーテシーする。ベアトリス様のカーテシーを見て、自分はまだまだだと感じた私は、この一週間で完璧なカーテシーを会得したのだ。


「俺はクロヴィス・ブルダリアスだ! よろしく頼む!」


 クロヴィスは赤く短い髪に、青い瞳の活発そうな美少年だ。四人の中で一番体格が良く運動神経がすごく良さそう。実際スポーツが万能だと思う。


「……僕はエドゥアール・ファルギエールです。よろしく」


 エドゥアールは少し長めの黒髪に、緑色の瞳をした大人しそうな少年だ。一歩間違えたら陰キャに見えてしまうけど、その美貌が全てをカバーしている。


「ボクはノエル・クレージュだよ。よろしくねっ」


 ノエルは金髪碧眼で、くせっ毛がある髪のいかにもやんちゃそうな少年だ。よくイメージする天使なんかがこんな感じではないだろうか。


 とにかくいずれの少年も超がつく美少年で、それぞれタイプが違うのも如何にも攻略対象だなーと言う感じである。


「自己紹介も終わったし、お茶会を始めましょう」


 今回はシャルルが取り仕切ってくれるのだろう、声を掛けられた子供達は大人しく従いそれぞれの席についた。


 ちなみに私の席は既に決められていて、ベアトリス様とシャルル様に挟まれた形となった。


(ベアたんの隣……!! 距離が近い……!! 嬉しい……!!)


 本当なら正面にベアトリス様が座り、その花のかんばせを心ゆくまで堪能できたかもしれない。それはそれで至福だけれど、こうして隣同士というのも距離が近くてドキドキする。


 私はお茶を一口飲むと、用意してきた手土産を取り出した。


「あの、ベアトリス様! これ、約束していたお菓子です! お口に合えば良いのですけど……」


 数種類のお菓子を用意して貰っているのに、手土産にお菓子も失礼だと思う。けれど、二人と約束したのなら、命に代えても守らなければならない。


 私は喜んで貰えるかドキドキしながら箱を開ける。

 すると、箱の中を覗き込んだベアトリス様とシャルルが「わぁ……っ!」と歓声を上げた。


「これ、ミシュリーヌ様が作られたんですの……?! すごく可愛いです!! こんなお菓子初めて見ましたわ!!」


「すごい……!! まさかこれをお一人で?」


「いえいえ、アイデアは私ですけれど、我が家の使用人たちにも少し手伝っていただきました」


 私が手土産に持ってきたもの──それは、クッキーだ。


 たかがクッキーだと思うだろう。しかし私が作ったクッキーはそんじょそこらのクッキーとは訳が違う! クッキーはクッキーでもこちとらキャラクタークッキーでい!


 私はこの世界にない可愛いキャラクターのクッキーを作るために、ランベール家お抱えの鍛冶職人に、私のイラストを元にクッキー型を作って貰ったのだ。


 名工と呼ばれる、職人気質の親方にファンシーなクッキー型を頼むのはとても気が引けた。断られることはないだろうと思っていたものの、気が進まないだろうなぁと、やりたくもない仕事をさせることに罪悪感を抱いたものだ。


 ところが意外なことに名工は喜んで手伝ってくれた。鍛冶職人の腕が鳴る、と。


 そうして完成したクッキー型はさすがの完成度で、名工すごい!と職人の偉大さを目の当たりに出来たのはいい思い出だ。


 クッキー型が完成したので、お試しに作ってみようと考えた私は、厨房へとその魔の手を伸ばす。


 私は気弱そうなパティシエに、最高級の素材を用意するように依頼した。……予算は度外視で。正に悪魔の所業である。


 私はクッキーの風味を良くするためにも、バターは有塩ではなく発酵バターを用意して貰った。

 発酵バターはクリームを乳酸発酵させてから作るバターで、一般的なバターよりも芳醇な香りがする。


 小麦粉は1等粉で、他のランクの粉と比べて色が白くてキメ細かく、良くふくらんでくれるのだ。しかも調理した後の色つやが良いとくれば、1等粉一択だろう。


 そして砂糖は、生産地が限られ手間も時間もかかった、歴史ある製法で作られた品を取り寄せた。癖がないまろやかな甘さで、口に含むとすっとしたきめ細やかな口どけを感じられる一品だ。


 最後に卵である。ストレス無く最高の環境で育てた鶏から生み出された卵は、生臭くない分、甘みやコクがあり、なめらかな舌触りで生食が可能な超一級卵だ。


 これらの材料を無駄にしない為にも、私は気合を入れてクッキーを作った。


 厨房の誰もが固唾を飲んで見守る中、遂に奇跡のクッキーが完成する。


 私がクッキーで作ったキャラクターは、以前おじいちゃまが言っていたキラー・ベアーだ。要は前世の世界でも定番のくまさんクッキーである。


 くまの顔にはこれまた手作りのチョコペンで顔を書き、色んな表情のくまを作った。


 五歳児の身体なので身長が足りず、踏み台を用意して貰ったりと迷惑をかけながらも、前世の記憶の賜物か、ほぼイメージ通りのくまさんクッキーが完成した。


 実際のキラー・ベアーは凶悪な顔をしているから、かなりデフォルメしたけれど。


 私が作ったクッキーは神の舌を持つ料理長も絶賛するほどで、名工の親方にお礼として持っていったら、涙を流しながら食べてくれた。


 そして当然、父さまとおじいちゃま、母さまにも試食して貰った。


 勿論感想は大絶賛で、母さまはくまさんが可愛くて食べるのが勿体ないと言ってくれたほどだ。

 私は可愛い物好きの母さまからお墨付きをいただいて安心した。これならベアトリス様も喜んでくれるだろう、と。


 ──そうしてお披露目したくまさんクッキーは、子どもたちの目にも珍しく見えたらしく、とても喜んでくれた。


「へぇ……! キラー・ベアーを選ぶとはお前中々やるな! キラー・ベアーはすごく強い魔物なんだぞ!」


 赤髪のクロヴィスがキラー・ベアーに食いついた。

 確かクロヴィスは近衛兵団団長の息子だけれど、王族を守るために王宮から離れられない近衛兵を嫌がって、騎士団に入団するぐらい魔物好きだ。魔物好きと言っても愛でる方ではなく、狩る方だけど。


「……これは珍しい。こんな意匠は初めて見たよ」


 陰キャ一歩手前のエドゥアールは珍しい物好きで、優秀な魔術師を代々輩出してきた家門の嫡男だ。例に漏れずエドゥアールも魔法の才能に恵まれており、将来は間違いなく筆頭王宮魔術師になるだろうと言われている。


「魔物を愛らしく変形させるなんてすごいねっ! これなら魔物も怖くないねっ!」


金髪のノエルは大神官の息子で、見た目通り天使のように天真爛漫だ。楽しいことが大好きで、神官にいたずらしては困らせているという。だけど何処か憎めない性格らしく、神官たちにとても可愛がられている。


 取り巻き三人組みが私の作ったクッキーを見て称賛してくれた。王子と違ってこの子達は素直でいい奴らだった。

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